表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/79

23 閑話 とある小さな国の小さな勇者のこと

 天空神パラスは、不安げな表情で下界の様子を見守っていた。何もない空間に大画面テレビのように下界の風景が映し出され、彼が手をさっと動かすと、別の場面に切り替わった。そうやって彼が見ていたのは、凶悪な魔物たちが跋扈する二つの場所だった。


 一つは、ランハイム王国をはじめ、五つの王国と一つの公国が存在するオルドア大陸の大陸の西北端にある魔物の支配する土地、通称『デッドエンド』。

 ここに隣接するガーランド王国は、このデッドエンドとの境界線に巨大な城壁を築き、代々、補修と増築を繰り返してきた。ここを突破されれば、ガーランド王国はもちろん、オルドア大陸全体が存亡の危機にさらされる。だから、周辺の国は常にガーランド王国に支援のための金銭と人材派遣を惜しまなかった。


 もう一つは、オルドア大陸と海を隔てたゲールランド大陸にあるヒューイット公国という国である。ここは小さな国だが、実はこの国を治めているのは〝真祖の吸血鬼〟であるヒューイット伯爵だった。

千年以上前、ここにあったゲール王国の貴族だったヒューイット伯爵は、実直で正義感溢れる人物だったが、それを当時の王族や取り巻きの貴族たちは疎ましく思っていた。そこで、彼を陥れ、失脚させようという悪企みが、とある貴族から国王に提案されたのである。

 その企みは非常に残忍なものだった。彼に名産品のワインを王に献上させ、ワインの毒見をした侍従が毒で死んだことで、彼に罪を着せ、彼の一族を全員火あぶりの刑に処したのである。もちろん、ワインに毒など入っていなかった。侍従は、密偵が仕込んだ毒で殺されたのだ。

 ヒューイット伯爵は、怒りと絶望に支配され、代々禁忌とされていたヒューイット家の墓の地下室に封印されていた悪魔を解き放ち、悪魔と契約を交わした。その契約とは、王族の血を悪魔に捧げることで、吸血鬼となり、悪魔とともにゲール王国を支配することだった。

 そしてそれは実行され、以来ここは吸血鬼が支配する国になった。



 天空神は、〝近い将来、魔王が誕生する〟という女神クローラの予言を受け取っていた。ただ、どこに魔王が生まれるのかについては、不明ということだったので、可能性のある二つの場所を監視するとともに、将来、魔王に対抗し、これを打ち破る存在を、その二つの場所の近くに誕生させていたのである。


 その一つが、オルドア大陸の中央にある小さな国、プロリア公国だった。その昔、ランハイム王国が、王族同士の身内争いで三つに分裂し、それが独立して三つの国になったのだ。

 プロリア公国は、その争いの時、第三王子とその後ろ盾のプロリア公爵が打ち立てた国だった。第三王子は、最後の戦闘で討たれて死に、危うく国も第一王子が後を継いだ現ランハイム王国の支配下に陥る(おち)ところだったが、背水の陣で臨んだ公爵軍が第一王子の軍を打ち破り、見事独立を守ったのである。

 以後は、両国間の争いもなく、いつしか平和的な交流も盛んになって、友好の絆を結ぶほど良好な関係になっている。


 このプロリア公国にあって、宰相として国政の重責を担って(にな)いるのが、ユアン・セドル伯爵だった。まだ、二十代後半の若さでありながら、王からの信任も厚く、四方を大きな国に囲まれて、いつ攻め落とされるか分からない小さな国の難しいかじ取りを見事にやってのけているのである。


 このセドル伯爵は、正室フィローネ夫人との間に、五年前一人の男の子を授かった。最初の子が女の子だったので、待望の跡継ぎの誕生に伯爵は大いに喜んだ。

 その男の子の名前をリオンという。そう、本編の主人公リーリエの魂は、本来、このリオンに入れられる予定であった。(この入れ違いの事情は、プロローグと第八話に詳しく書いたので、そちらを読んでいただければ幸いである)


 ともあれ、リオンには別の魂が入れられたのだが、この魂は、前世でも勇者として生まれ、強大な魔王に勇敢に立ち向かったのだが、あと一歩力及ばず無念の死を遂げた男のものだった。

 リオンは、その前世の勇者そのままに、才気に溢れ、正義感の強い男の子に育っていた。ただ、一つだけ弱点があった。それは、気の弱さだった。

 剣の稽古では、指導役の近衛団長も舌を巻くほどの才能を見せ、魔法でも教師を圧倒するほどの素質を見せたが、実戦で罪人を相手に人を切り殺す体験をさせようとすると、とたんに怯えて逆に殺されそうになったり、放たれた兎の魔物ミラージを魔法で倒す試験も、可哀想だと言ってできなかったりなど、「優しい」という評価の裏で「気持ちが弱い」というマイナスの評価も受けていたのだ。


 父の伯爵は、リオンの優しさを愛おしく思いながらも、この厳しい世界で生き抜くためには、冷徹さも併せ持たねばならない、と考えていた。ただ、どうやってそれを息子に身に着けさせるか、頭を悩ませていたのだった。


 そんなある日のこと、王宮で執務に携わっていた彼のもとに、門番の兵士が、彼に会いたいという教会のシスターが来ていると伝えにきた。彼は訝し気に思いながらも、そのシスターを応接室に通して話を聞くことにした。


 彼女によると、昨夜、天空神パラスを祀る神殿の巫女が、パラスからの〈神託〉を受け取ったという。現在、巫女は《御籠り》の期間中で神殿から出られないので、シスターが代わりに伝えに来たらしい。


「ふむ、それで〈神託〉の内容とはどのような?」


「はい、お言葉をそのままお伝えします。『水龍の紋章の家に、当代の勇者が立ち上がる。彼には必要なものがある。それは、忠実にして無二の友たる従者である。されば、ランハイム王国の辺境にそれを求めよ。ただし、勇者本人の力で探し出すべし』……」


 セドル伯爵は、それを聞いて思わず立ち上がった。というのは、水龍の紋章というのは、伯爵家の紋章だったからである。自分の家に当代の勇者が立ち上がる、それは紛れもなく、現在五歳になる息子のリオンを指しているに違いなかった。しかも、このところずっと彼を悩ませていたことへの解答を与えられた気がした。


(そうか、あの子は友に支えられ、友のために強くなるのだな……)

 それは、勇者としての理想の姿の一つに思えた。


 圧倒的な力で何もかも蹴散らしていくのも、勇者らしい姿と言えるが、往々にして、そういう勇者は身内に敵を作り、足元をすくわれる傾向がある。

 リオンは、リオンらしく、優しさをうちに秘め、無二の友とともに、支え、支えられながら、悪を打ち倒し世界を救っていくのだ。


 神殿への多額の寄付金を自分の懐から渡して、シスターと別れた伯爵は、執務室に帰ってからも湧き上がる喜びに笑みを抑えるのに苦労した。


(ただ、最後の言葉が少し厄介だな……ランハイム国の辺境に、あの子の無二の友となる子がいるらしいが、広すぎて見当がつかない。しかも、リオン自身で探し出す必要があるという……)


 今のところ、ガーランド王国から『デッドエンド』の関する新しい情報は来ていない。リオンが十歳になるまで平穏であれば、あの子をランハイム王国へ留学させよう。あの国で学びながら、多くの人脈を作るのは将来のためにもいいことだ。そして、件の(くだん)「親友」を探させるのだ。

 ランハイム王国には、〝辺境〟と呼ばれる場所が三か所ある。北のエルベール辺境伯領、東のボルム辺境伯領、そして西のランデール辺境伯領だ。リオンの将来の友であり、従者になる子は、おそらくこの三つの辺境伯領のいずれかにいるはずだ。

 私も裏で少し情報を集めてみよう。ただ、神は、リオンが自分の力で探し出さねばならないとおっしゃった。それは守らなければならない。


 セドル伯爵はこの日から、忙しさの中に充実した喜びを感じながら日々を送ることになったのだった。



♢♢♢


「これで、しばらく様子を見て見よう。魔王誕生はまだ当分先のようだからな」

 天空神パラスは神託を下ろした後、そうつぶやいて、大きな玉座にゆったりと腰を下ろした。


 さて、ここまで読んでくださった読者の方々は、天空神の思い描いたシナリオを、すでに予想されて、にやにやされているかもしれない。はたして、それが当たるかどうか、今後の展開を楽しみにしていただきたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ