21 イルクスの街を探索する 2
両親は、思ったよりも収益が多かったので、食料を中心に大量買いをする気満々だった。
例えば、宿屋の夕食は多少ばらつきはあるものの、一人分だいたい五十から百グルでおさまる。だから、二万グルというのは、前世の日本の感覚で言うと、二十万円くらいに相当する。
あ、説明が前後しちゃったけど、私の住むこの国の通貨単位はグル。一グルがだいたい十円くらいの感覚ね。それで、一グルは銅貨一枚、百グルで銀貨一枚、千グルで小金貨一枚、一万グルが大金貨一枚というふうに、十進法が使われている。大金貨の上に十万グルの白金貨というのもあるけど、商売用につかわれるくらいで、一般市民は大金貨までしか見たことはないんじゃないかな。
さて、ギルドを出た私たちは、みんなで領都の商業地区にくりだした。先ずは当面の食料を確保しようということで、市場に向かう。
この世界は、野菜や果物、肉といった主な食材は割と豊富だ。ただ、さすがに冷凍用の魔道具は(どこかにはあるかもしれないが)ないので、魚などの海産物は、干物などの保存できるものに限られる。特に、ここみたいに辺境の土地だと、新鮮な魚といえば川魚くらいだ。
そして、何より足りないのは甘味だ。前も言ったけど、この世界のクッキーやケーキはレベルが低い。ましてや、前世の日本のようなスイーツ天国を知っている身には……。
(ああ、チョコレートが食べたい、クリームたっぷりのケーキが食べたい、アイスが欲しいいぃっ! )
「これで当分は食事の心配はいらないわね。一度、馬車に荷物を積み込みましょう」
市場で、野菜や果物、干し肉、塩、小麦粉などを買い込んだ私たちは、おのおの荷物を抱えて宿屋にいったん引き返した。
「あとは、各自が欲しいものに分かれて行動しようか。父さんと母さんが一緒で、リーリエはプラムと一緒にな。暗くなると危険だから、あと二時間以内に帰ってくること、いいな?」
馬車の荷台に食料品を積み込んだ後、お父さんがそう言った。
「プラムとリーリエだけで大丈夫? どっちも可愛いから、悪い男に目をつけられないか、心配だわ」
お母さんが、私を抱きしめて撫でまわしながら言った。それに対して、お父さんは少し苦笑しながら答えた。
「いや、むしろこの子たちは我々の方を心配していると思うよ。あはは……」
うん、お父さん、正解。
私とプラムなら、たいていの男には負けない。たとえ集団で襲われても、五人程度なら撃退できる自信はある。まあ、いきなり狙撃されたり、闇魔法を使われたりしたら、危ないけど、私たちは王族なんかじゃないから、そんな心配は無用だろう。
というわけで、私はプラムはお父さんたちと別れて、一緒に再び賑やかな商業区に向かったのだった。
「お嬢様、一人千グルずついただきましたが、どこに行かれますか?」
「う~ん……あのね、私、武器屋さんにちょっと興味があるんだ。覗きに行っていい?あとは…おばあちゃんへのお土産と……やっぱり、お菓子ね。ふふふ……」
「分かりました。じゃあ、その順番で見ていきましょう」
私たちは軽い足取りで、たくさんの人たちで賑わっている通りに向かった。
♢♢♢
「さっきの人が言っていた武具屋は、ここですね……」
プラムはそう言ったきり、店の外観を眺めて立ちすくんでいた。そこは、繁華街から少し路地裏に入ったところにあった。お世辞にもきれいとは言い難い外観で、丈夫だけが取り柄と言った感じの煉瓦と石で造られた建物だった。
「入ってみますか?」
プラムの不安とは逆に、私は少しワクワクしていた。こんな店には、きっとごつい体をした髭もじゃの、そう、今、目の前にいる、こんな強面の……え、誰?
「なんだ、おめえら、この店に用事か?」
身長が二メートル近くありそうな、筋肉だるまの四十歳くらいの男が、私たちを見ながら質問した。
「いえ、あの……」
プラムは思わず私を抱き寄せて、否定しようとしたが、その前に私が答えた。
「うん、ちょっと魔法の杖がないかなって。ここ、武器屋さんなんでしょう?」
「杖か……もちろんあるぜ。ただ、うちはちいとばっかし値段が高めなんだ。良いものしか扱ってねえからな」
「え、〝うちの〟? ってことは、おじさん、この店の人?」
私の問いに、髭面の強面男はにやりと微笑んだ。
「ああ、ここは泣く子も黙る、このゲンク様の店よ。ガハハハ……」
いや、〝泣く子も黙る〟んじゃなくて、〝どんな子もおびえて泣く〟だろ、そりゃあ。
「で、どうすんだ、入るのか?」
「プラム、入ってみよう」
私が笑みを浮かべながらそう言うと、プラムも気合を入れるように拳を握りながら真剣な顔で頷いた。
店の中は、たくさんの武器や防具が整然と並べられ、外観に反して掃除も行き届いていた。
「ほら、この辺りが杖だ。で、誰が使うんだ?」
髭のゲンクが、中の様子に圧倒されている私たちに声を掛けた。
「あ、ええっと、プ、プラムだよ。彼女は、力があまりないから、小さくて軽い杖がいいかなって……」
私は、自分が使うと言ったら、またよけいな騒ぎになると思って咄嗟にそう答えた。プラムはちらっと私を見て何か言おうとしたが、私の考えを悟ったのか何も言わなかった。
「ふむ、それならこいつはどうだ? トネリコの古木の根から削り出したものだ。ヘッドに魔石を埋め込めば、かなりグレードアップできるぞ」
(へえ、どれどれ……なるほど、確かに良いもののようだね)
私は〈鑑定〉を発動して、ゲンクさんが手にした杖を見た。
(あ、でも、あっちの杖はもっと、なんかすごそう……きっと高いんだろうな)
「ねえ、おじさん、そこの白い杖はきっとすごく高いんでしょう?」
「ん、これか? どうしてそう思ったんだ?」
ゲンクさんは怪訝そうな表情で、私が指さした杖を取り上げた。
「こいつは、確かに素材は良いものだ。スノーディア(雪鹿)の角を削ったものだからな。だが、ちょっと癖が強くてな……」
「へえ、どんなふうに?」
「……簡単に言うと、人を選ぶんだ。魔力が弱いとほとんど反応しない。逆に強いと、たまに暴発して、魔力を吸い取ってしまう。扱いが難しいんだ」
(へえ、そんなふうには見えないけどね……ちなみに、鑑定した結果はこんな感じだ)
*****
《スノーディアのホーンワンド》
【種別】 杖 【遠距離】 B
【品質】 B 【近距離】 B
【攻撃】 A 【特殊】 連弾
【防御】 D ※ ただし、魔力90~が必要
【耐久】 D 【その他】 ──
*****
たぶん、魔力が90以下の人が無理に使おうとすると、溜め込んだ魔力が暴発するんじゃないかな。あとは、耐久力がやや心配だけど、初めて使う杖としては、上等すぎるくらいだ。
「ねえ、おじさん、このまま売れないと、この子、可哀想だよね? いくらなら売ってくれる?」
髭のゲンクは、渋い表情で顎髭を触りながら、私の方をちらりと見て言った。
「こいつは、めったに獲れないスノーディアの角だ、原価は三千グルだからなあ、いくら値引きしても、四千グルはもらわないと、割に合わねえな」
ああ、まあ、そうだよね。これは、千グルしか持っていない身には上等すぎる、諦めるしかないか。
「そうかぁ……しようがない、諦めるしかないね。また、お金を貯めて、まだ売れ残っていたら買うことにしよう、ね、プラム」
「いいのですか? どうしても欲しいなら、私が旦那様に交渉して……」
「プ、プラム、しーっ……」
プラムはハッとして、慌てて口を押えたが遅かった。
「おい、ちょっと待て。どうもおかしいと思ったら、この杖に目を付けたことといい、なあ、お嬢ちゃん、ひょっとして魔法が使えるのか?」
髭のゲンクは、さすがにただ者ではなかったようだ。ここは、ごまかしは通用しないだろう。一流の職人の目は騙せない。
私は頷いて、ゲンクを見上げながら言った。
「うん、使える。ねえ、おじさん、この杖、きっと買いに来るから、あとひと月、売るのを待ってくれる?」
髭面ゲンクは、じっと私を見つめていたと思ったら、いきなり笑い出して、私をその太い腕でひょいと抱き上げた。
「わはははは……そうか、そうか、お前、ちっこいのにすげえな。それに、この杖に目を付けた眼力も大したもんだ。なあ、どうしてこの杖に目を付けたのか、理由を教えてくれねえか? 教えてくれたら、お前が今持ってる金で、この杖を売ってやる、どうだ?」
ええっ! 本当に? うわあ、欲しい、これ欲しい……う~ん、どうしよう、〈鑑定〉持ちがばれたらまずいよね……でも、この人なら、秘密は守ってくれるんじゃないかな。うん、ここは信じてみよう。




