18 閑話 女神ラクシス、動く
本日、連投します。
また、しばらく書き溜めてから投稿しますので、間が空きますがお許しください。
ある日の神域。女神ラクシスは、何やら困惑した表情でため息を吐いていた。
そこへふらりと現れたのは、天空神パラスだった。
「ラクシス、例の異端児の様子はどうだ?」
「あ、パラス様……それが、少し困ったことになりまして……」
女神は立ち上がって膝をちょっと折って挨拶した後、そう言った。
「ふむ、何があったのだ?」
主神の問いに、ラクシスは一枚のモノクロニクルを差し出した。
「それは、あの子の現在のステータス画面なのですが……」
パラスはモノクロニクルを受け取って眺めながら、驚きの声を上げた。
「ほお、わずか五歳でこのステータスか、すごいな……さすが、〈勇者〉になる予定だった魂だな……ん? おい、〝運命〟の欄に数値がないぞ、どういうことだ?」
ラクシスは頷いて、再びため息を吐いた。
「はい……おそらくアトロポスが〝寿命〟を記載する前に、手違いで発送されたのだと思います。しかも、本来なら〈勇者〉の大役を果たすために〈とても良い〉家庭や周囲の環境を与えられ、全体として〈まあまあ良い人生〉の運命だったはずですが、今、この子はとても苦労をしています。それでも、前向きに家族を励まして、私への感謝の祈りも忘れない……本当に良い子なのです」
ラクシスは思わずほろりと涙を落としそうになって、慌てて指で拭い取った。
「ふむ…それは可哀想なことをしたな……ただ、それよりも、寿命が記載されていないということは、どんな影響が出るのだ?」
「……今まで例がないので、何とも……突然の事故で死ぬとか、逆に、何が起こっても死なないとか、よく分からないのです」
「アトロポスに言って、今から寿命を書き加えることはできないのか?」
「たぶん、出来るとは思いますが、加護の付与と違って、なにしろ魂に刻まれた記録を直接書き換えるわけですから、魂に傷がつくかもしれません」
天空神は、あごに手をやってじっと考え込んだ。
「ううむ……だが、このままにはしておけぬであろう。不老不死の人間になってしまっては大変だ」
女神ラクシスは心の中で、それでもいいのでは、と考えたが、愛し子を苦しめてもいけないと思い直して、パラスにこう提案した。
「では、アポロトスに言って、この子の寿命を書き込ませましょう。ただ、万が一魂が傷を負ってはいけませんので、寿命を書き込む間、一時的に私の魂とつなぎましょう。そうすれば、傷ついてもすぐに修復できますので」
「い、いや、それは……一時的とはいえ、いったん魂がつながれば、その後、そなたは直接その子に干渉できるようになる、例のイ〇スという男のようにな。あれは、私の失敗だったと後悔しているのだ」
天空神はそう言って、小さく首を振った。
「しかし、あの時は、彼の願いを成就するためには、ああするしかなかったと思います。虐げられた民はそれによって救いを得たのですから」
「うむ…だが、そのために今日に至るまでの争いの種を作ってしまった。もっと、他にやり方はあったと思うのだ……今となってはせんないことだがな」
「今回は、大丈夫ですわ。この子はそんな大役を背負っているわけではありませんので、私もできるだけ干渉しないようにいたします」
「そうか、では、そなたに任せるとしよう。アポロトスへの連絡を頼む」
「承知いたしました」
こうして、二柱の神の話し合いによって、リーリエ・ポーデットにようやく寿命が与えられることになった。
女神ラクシスは、さっそく天使に命じてアトロポスに来るように伝えさせた。
「どうしたの、お姉さま? 私に何か用事?」
アトロポスは休憩中だったのか、少し不機嫌そうな顔でゆっくり上から降りてきた。
「ええ、ごめんなさい、急に呼び出して。実は……」
ラクシスは事の詳細をアトロポスに話して、協力を要請した。
「あらら、そんなことになっていたの? それは、ほぼ私の責任だから、何とかしなくちゃね。じゃあ、お姉さまの準備ができたら、言ってちょうだい」
「分かったわ。あの子が眠っているときがいいわね。ちょっと、下界を見て見ましょう」
ラクシスはそう言うと、アトロポスを連れて自分の仕事場に入っていった。
「わあ、なんだか前より神気が溢れてない? すごく気持ちいいんだけど……」
アトロポスは、姉の作業場が虹色の神気で満たされている様子に感嘆の声を上げた。
「ふふ……そうでしょう? この神気には、あの子とメイドの子が毎日祈りを捧げてくれる分が含まれているの。純粋な祈りで生まれる神気はとっても力を持っているのよ」
「へえ、そうなんだ。今まで私たちを信仰してくれる人間なんていなかったから、知らなかったわ」
アトロポスは少し羨まし気に周囲を見回した。
「さあ、見て見ましょう。とっても可愛い子よ」
ラクシスは水盤の神器を抱えてきて、台の上に置いた。彼女が手をかざして魔力を流すと、水盤の水の上に映像が浮かび上がってきた。
そこには、狭い部屋の中で、寝巻に着替えた五歳くらいの少女と二十歳くらいの黒髪の少女が、並んで跪き、手を合わせて祈る姿が映し出されていた。
「ああ、ちょうど眠る前みたいね……ふふ……ほら、水晶を見て……」
ラクシスは愛おし気に映像を見た後、部屋の中央にある大きな水晶玉を指さした。
「ああ、神気が流れ出てくる……きれいな虹色ねえ」
アポロトスは、水晶から立ち上る虹色の魔力にうっとりと見入った。
「まあ、まだベッドをもらえないのね。まったく、この家の人間たちは、貧しさにために、心まで貧しくなっているのよ。可哀想な子……」
ラクシスは床に横たわった幼い少女を見て、感情を抑えきれない様子だった。
「……ねえ、お姉さま、今気づいたんだけど、この子、私たちに似てない?」
アポロトスは、少女のピンクがかった銀髪や灰青色の目の色を見て言った。
「ああ、そうかも……生まれる前に私の加護を与えたし、この前も加護を強くしたのよ。だから、私の魔力が形質にかなり影響を与えているのかもしれないわ」
そんなことを話しているうちに、少女は疲れていたのか深い眠りの中に落ちたようだった。
「さて、じゃあ、下界に降りるわよ」
ラクシスの声に、妹神は頷いて、二人は手をつなぎ水晶玉の方へ近づいていった。
♢♢♢
リーリエはその夜、夢を見た。
夢の中に二人の美しい女神さまが現れ、彼女に優しく何か語り掛けた。残念ながら、その言葉ははっきりとは聞き取れなかったが、女神様たちの愛は、魔力となってリーリエの体の中に流れ込んできた。
特に、自分によく似た銀髪で澄んだ空色の瞳の女神は、リーリエをそっと胸に抱いて、はっきりとこう言った。
「これからも、ずっとあなたを見守っていますからね」
リーリエは、女神さまの腕の中でうっとりと幸福を味わいながら、感謝の気持ちを伝えた。
「あなたは女神ラクシス様ですね。ありがとうございます。これからも、ずっとあなたを信仰いたします。どうか、私と家族をお守りください」
この夜、リーリエ・ポーデットのステータス画面に、少し変化があった。今まで、傍線だけで数値の記載がなかった〈運命〉の欄に、100という数字が記載され、〈加護〉の欄に
〝女神ラクシスの愛し子〟とともに、〝女神アポロトスの加護〟が加えられていたのであった。
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