13 母の故郷 2
太陽が西の空に傾くころ、ようやく私たちはお母さんの故郷、ロマーナ村に着いた。確かにお母さんが言ったように、私の中にあった中世ヨーロッパの村のイメージそのままの、のどかな、田舎の村だった。
放牧地と畑が交互に広がり、その間にぽつんぽつんと家が建っている。家の周囲にはたいてい木が植えられ、何かの実をつけている木もちらほら見られた。
馬車が進んでいく道の先には、この世界の他の村々と同様に村を囲む木の柵と門があり、門番が立っていた。そして、その先には家々が密集している場所が見える。おそらく、村の中心で、何軒かの店や宿屋もあるかもしれない。
「止まれ。初めて見る顔だな、この村に何の用だ?」
まだ若い、お父さんより少し年下に見える門番が、槍を肩にそう声をかけてきた。
「ああ、君は初めてかもしれないが、以前に何度か来ているよ。妻の実家に用があってね」
お父さんの言葉に、門番は首を少しひねって近づいてきた。
「奥さんの実家? 名前は?」
「バローズよ」
お父さんの代わりに、荷台からお母さんが答えた。
「バ、バローズって、りょ、領主様っ、失礼しました。し、しばし、お待ちを、確認して参ります……あ、えっと、失礼ですが、何か証拠になるものを…規則でして」
門番は慌てふためきながら、ぺこぺこ頭を下げてそう言った。
「まあ、前よりずいぶん厳しくなったのね。証拠ねえ……あ、そうだわ、警備隊の隊長は、今もアロン・フェスタかしら? 彼なら、すぐに分かると思うわ」
「フェスタ隊長をご存じで? それなら、大丈夫です。どうぞ、お通りください」
こんなひと悶着があったが、私たちは無事に村の中に入ることができた。
「リーリエ、ほら、右手の丘の上、あれがお母さんの実家よ」
お母さんが指さす方向に、岩山を背景に小高い丘があり、その上に簡素な造りだが大きく立派な白壁のお屋敷が建っていた。
馬車は村の中心部の横を通り、右に曲がってゆっくりと道を上っていった。
坂の途中から、敷地と道を石垣の塀が隔てている。そして、その塀がいったん終わったところに、領主館への入り口が開いていた。馬車はその入り口から入って、館の方へ進んでいった。
館から、レザーアーマーを着けた逞しい体の中年の男と、その後ろから金髪を頭頂に結い上げ、質素なワンピースにカーディガンを羽織った女性が出てきた。
お父さんは馬車を止めて御者席から降りると、荷台の後ろへ回って、お母さんと私、プラムを順番に下ろしてくれた。
「ポーデットさん、長旅お疲れさんでした」
「ああ、フェスタ隊長、ありがとう、お久しぶり」
「アロンでいいですよ。馬車を納屋に持っていきます」
「ありがとう。じゃあ、僕のこともレブロンでいいよ」
お父さんたちは、男同士でにこやかに話をしながら納屋の方へ向かっていく。
「お母様……ただいま帰りました」
お母さんは少し緊張しながら、お母さんと顔立ちがよく似た女性、私の祖母に挨拶をした。
おばあちゃんは、微妙な表情で少しの間、娘と娘が生んだ孫娘の私を交互に見つめていたが、やがて小さなため息をついてから、ゆっくりと両手を広げた。
「ああ、やっと帰って来たね、お帰り、レーニエ……そして、お前がリーリエかい?」
「初めまして、おばあ様、リーリエです」
「そうかい、よく来たね……」
おばあちゃんはそう言うと、私を抱き上げ、お母さんと一緒にいっぺんに抱きしめて、頬にキスをした。
しばらくそうやって母娘が感動の再会をしていると、玄関にもう一人の人物が立っていて、小さな咳払いをした。
「さあ、お入り、疲れただろう?」
おばあちゃんは咳払いに気づいて、私たちを家の方へいざなった。お父さんとプラム、そして警備隊長のフェスタさんが、荷物を抱えて後に続いた。
「兄さん……お久しぶりね」
「あ、ああ、元気そうだな」
「急に来ることになって、ごめんなさい。手紙は早便で出したんだけど……」
「ああ、今朝届いた……まあ、とにかく中で話そう」
玄関に立っていたのは、この館の現当主で、お母さんの兄さん、私の叔父さんであるアレンである。
いかにも武門の家柄を感じさせる質素な造りの館の中に入ると、叔父さんは私たちを食堂へ案内した。
(う~ん、まずは部屋に行って着替えをしたいんだけどなあ。荷物の整理もしたいし……)
アレン叔父さんは、どうやら私たちをねぎらう前に、何か話をしたいようだった。その理由はすぐに分かった。
私たち(プラム以外)が大きな長方形のテーブルの片側に座ると、叔父さんは家長が座る一番上座に、おばあちゃんはなぜか上座を二つ空けて、私たちの対面に座った。プラムは、私たちの後ろに控えて立っていた。
その時、ドアが開いて、お茶のセットを載せたカートを押した年配のメイドと、その後ろからお母さんよりかなり年上に見える女性が十二、三歳くらいの男の子を連れて入ってきた。
「お義姉さん、おひさし……」
両親が立ち上がって挨拶しようとすると、少年を連れた女性は無言で手を上げてそれを制し、冷たい口調でこう言った。
「座ってちょうだい」
そして、彼女と少年はおばあちゃんより上座の二つの席に腰を下ろした。
ああ、そういうことか。この家の人間関係が、その座り方に如実に表れていた。
年配のメイドは、手伝おうとするプラムを無視して、黙ってお茶を叔父さんから順番に並べていった。
それが済むと、まず口を開いたのは叔父さんの奥さん、つまり私の叔母さんだった。
「破産したからって、急にうちに来られても困りますのよねえ……」
「おい、ミランダ、いきなりそんなこと……」
「あなたは黙ってて。言いたいことがあったら、まず、領地の収入を増やす方法でも考えてちょうだい」
(うわあ……そうか、お母さんがずっと実家と疎遠だったのは、これが原因だったのね。それにしても……怖っ! 叔父さんも黙り込んじゃったし……どうすんの、これ?)
私がごくりと息を飲みながら、不安な気持ちでお母さんたちの方に目をやると、お母さんは気丈にも、ミランダ叔母さんを正面から見つめながら微笑んだ。
「もちろん、ただで住まわせろとは言いませんわ。自分たちの食費、生活費は自分たちで支払います。ただ、もう一度レブロンが自立できるまで、住む場所を貸してほしいとお願いしているのです。どうしても、一つ屋根の下にいるのが嫌なら、私たちは納屋に住まわせてもらっても構いませんわ」
(おお、お母さん、かっこいい! そうよ、あんたらの世話にはならないわよ。納屋でも小屋でもどんと来いよ)
私がふんすと鼻の穴を膨らませて叔母さんを睨みつけると、叔母さんは悔しそうに何か口を開きかけた。
「……バカなこと言ってるんじゃないよ。どこの世界に我が娘を納屋に住まわせる母親がいるって言うんだい? あんたは、堂々とこの家に住んでいいんだよ」
「お、お母様、我が家のことは、私が……」
「ああ、アレンに家督を譲ったときに、この家のことはあんたに任せると言った。それは、今でも変わらない。あんたは、アレンをしっかり支えてくれればいいんだ。でもね、これは血を分けた実の娘の問題なんだよ。それでもこの家にとって、レーニエとその家族がどうしても邪魔だというのなら、私は娘たちと一緒に出ていくよ」
「か、母さん、そんな大げさな……」
アレン叔父さんは、奥さんと母親に板挟みになって困っているようだ。いつもこんな感じなのだろうね。
「大げさ? お前妹が困っているのに、それを助けるのが大げさだって言うのかい?」
いったいどうなることやら、私も両親も困惑していると、ミランダ叔母さんがため息を吐きながらこう言った。
「はあ……まるで私が悪人のように噂を流されても迷惑ですわ。分かりました。ただし、使う部屋は、お母様の部屋の隣の二部屋だけにしてください。それから、食事はご自分たちで用意してください。これで、いいですわね、お母様?」
「ああ、結構だとも……ありがとう、ミランダ」
おばあちゃんの言葉に、叔母さんはぷんすかしながら、息子とともに部屋を出ていった。息子は、終始意地悪そうな顔で私たちを見ていたが、席を立つときに私の方を見てバカにするように、にやっと笑って舌を出した。
やれやれ、前途多難だ。まあ、なにはともあれ、一応私たちはこの館に腰を落ち着けることになったのだった。
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