12 母の故郷 1
その日の夜、私たちは村の離れの空き地で野営をすることになった。
木の枝の串に干し肉の塊を刺して、焚火で炙って(あぶ)いた私は、隣でロナンをおんぶしながらジャガイモやトマトを細かく刻んでいるお母さんに、ずっと疑問に思っていたことを思い切って尋ねた。お父さんとプラムは、少し離れた場所で、トイレ用のテントを張る作業をしていた。
「ねえ、お母さん、どうして借金のことや新しい仕事のことで、お父さんは自分の実家に相談しなかったの?」
お母さんは、苦笑しながら小さなため息を一つ吐いて言った。
「したのよ、事件の直後にね……でも、自分の失敗は自分で始末をつけろって追い返されたらしいわ。相手が王都の大商人だから、分が悪いと思ったのでしょうね。身内でも、結局は他人なのよ……」
「そうなんだ……お父さんの身内って、おじいちゃん以外は嫌いだったから、別にいいんだけど、やっぱり冷たい人たちだったんだね」
お母さんは包丁を置いて、優しく微笑みながら私を抱きしめた。
「リーリエも大人になったら分かると思うけど、世の中の人はだいたいそんなものよ」
うん、それは前世で身に染みて知っている。でも、優しい人はたくさんいたし、まだ世の中に希望も持っていたんだよね。だから、この世界もそうであってほしいと思う。
「さあ、スープを仕上げましょう。その、干し肉を適当に割いて、この鍋に入れてね」
「うん」
私は、炙って少し柔らかくなった干し肉を手で割いて、水を張った鍋の中に入れていく。
♢♢♢
次の朝、出発する前に、私はお父さんにこんな提案をした。
「ねえ、お父さん、私とプラムで御者席に座っていい? そうすれば、プラムが魔物を遠くから見つけられるし、私の魔法で遠距離攻撃もできる。敵が近くに来たら、お父さんが剣で戦えるでしょう?」
私の提案に、お母さんはすぐに反対したが、お父さんは真剣な表情で考え込んだ。
「ふうむ……いや、レーニエ、いい考えかもしれない。私が自由に動ければ、いろいろと対策が打てるからね」
「でも……この子はまだ五歳なのよ、そんな危険な目に合わせるなんて……」
お母さんは片手にロナンを抱いたまま、泣きながら片手で私を抱き寄せた。
「お母さん、大丈夫よ……ほら、私って天才魔法使いだから、ね」
本当にこの世界の「旅」は、命がけの大変な一大イベントだなと思う。前世の日本では、新幹線で全国へひょいひょい行けたのに……。まあ、地球でも、中世まではやっぱりこんな危険と常に隣り合わせの旅だったんだろうね。
さて、お母さんもしぶしぶ納得したので、私とプラムは御者席に座って馬車を出発させた。
魔物や盗賊さえ出なければ、本当にのどかで自然豊かで、素晴らしい景色の連続だった。出なければ、ね……。
「お嬢様、六十ラリード(約五十メートル)先に怪しい人影が……」
「うん、私にも見えるよ。道の真ん中にいる人でしょう?」
「いいえ、彼の横の草むらに数人、潜んでいるようです」
「ほんとに? ちょっと馬車を止めて」
プラムはもともと〈索敵〉のスキルは持っていなかった。でも、私は彼女の特質を生かすなら、このスキルがあった方がいい(アニメやラノベからの知識だ)と考え、練習させたのだ。そして、彼女はすぐに、魔力を広範囲に流し、動くものや魔力を放つものを感知するスキルを身に着けたのだ。まだ、今のところ五十メートルの範囲がやっとだが、これから鍛錬していけば、もっと広い範囲の〈索敵〉ができるようになるのではないかと、期待している。
さて、私は前方にいるのが〝盗賊〟だと仮定して、行動を開始した。
「お父さん、六十ラリード先に、盗賊が待ち構えているみたいなの。人数は今のところ五人くらいだと思う。どうする?」
盗賊と聞いて、お母さんは小さな悲鳴を上げ、お父さんは深刻な表情で頷いた。
「運が悪いな……だが、そう言っていても仕方がない、やるしかない。プラム、ゆっくりと三十ラリードくらいまで近づくんだ。リーリエ、三十ラリードになったら、隠れている奴らを魔法で攻撃してくれ」
おお、お父さん、かっこいい。こういう時にはやっぱり頼りになるね。
「うん、分かった、任せて」
「頼んだぞ。プラム、いざという時には、レーニエとロナンを頼む」
「承知しました。命に代えてもお守りします」
お父さんは頷くと、そっと後ろから馬車の背後に下りた。私とプラムは頷き合って、ゆっくりと馬車を前に進める。
道の真ん中に立っていた男は、私たちの馬車が近づくと、にこやかな顔で手を上げて近づいてきた。
「おーい、止まってくれえ……ケガ人がいるんだ、手を貸してくれないか?」
いや、どう見ても怪しいだろう。ケガ人の姿も見えないし、そんなにニコニコしている状況じゃないはずだ。
「……そこをどけ、盗賊っ!」
プラムがいきなり言葉の剣を突きつけると、男の表情は一瞬で豹変した。
「ふっ……やはり、気づいていたか。なあに、おとなしくしていれば、悪いようにはしねえぜ、ひひひ……」
私は、すでにさっき男がいた近くの、いかにも人が隠れていそうな茂みを見つめて意識を集中させていた。その茂みを中心に直径十メートル範囲に魔力を集中させる。そして、立ち上る火炎の柱をイメージして、炎属性魔法を発動させた。
うわああっ、な、なんだああ……ぎゃああっ、熱っ、熱いいいっ……突然、周囲に燃え上がった炎に、隠れ潜んでいた男たちは、服や髪に燃え移った火を消しながら路上に転がり出てきた。
「な、き、貴様ら、何者だっ…っ!」
男が後ろを振り返って驚愕し、慌ててこちらに向き直ったとき、馬車の後ろに待機していたお父さんが、走り出てきて、男の首の付け根から胸にかけて、剣を袈裟切りに振り下ろした。男は、声もなくその場に崩れ落ちていった。
お父さんはそのまま、路上でもがいている四人の男たちのもとへ近づいていった。プラムも御者席から降りて、周囲を警戒しつつお父さんのもとへ駆け寄っていった。
「ま、待て、俺たちはもう、引き上げる、だから、見逃してくれ……」
顔がやけどでただれた男が命乞いを始めた。
情け深いお父さんが、一瞬ためらって動きを止めた時だった。
「危ないっ! 旦那様っ!」
プラムは、お父さんの背後からブッシュナイフを握った男が立ちあがるのを見て叫んだ。
「死ねええっ!」
男がやけどで動きが万全でなかったのが幸いした。
お父さんは、ぎりぎりで男のナイフを避けると、男の背中を一閃した。そして、そのまま血の滴る剣を手に、残りの男たちに近づいていった。
「や、やめ……ぐわああっ……」「うがっ!……」「ひいいっ……ぎゃああっ……」
ああ……まあ……やっぱり、現実に目の前で、人が殺されるのを見るのは衝撃だね。しばらくは夢にうなされそうだ。
この世界で生き抜くって決めた時、こういう場面にも何度も遭遇するだろうって覚悟は決めていたんだけど……人間は、というか、私はそんなに心が強くはないって思い知らされた。
お父さんは、盗賊たちの死体を道の脇に無造作に放り投げてから、馬車に戻ってきた。そして、青ざめた顔で呆然としている私をそっと抱きしめた。
「よく頑張ったな……お前のおかげでみんなが助かったよ」
「……うん……死体は埋めなくていいの?」
私は土魔法で死体を見えないように埋めたかった。
「ああ、いいんだ。放っておいても、埋めても、どうせ魔物や狼に食い荒らされるからな」
何と言うか、本当に命の値段が安い世界なんだな、とつくづく感じた。




