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10 新天地へ 1

 それから三日間、両親はあわただしく動き回って、残りの借金の返済のために家財道具や装飾品をあちこちに売りまくって過ごした。

 その結果、家の中は見事に何もなくなって売りに出された空き家のようになった。残ったのは、最低限の着替えや生活用具だけだ(私は、両親に頼み込んで何冊かの本と筆記用具は確保した)。


「プラムは、これで良かったの? しばらくはお給金も払えないよ」

 私は自分の荷物をリュックにまとめながら、掃除しに部屋に入ってきたプラムに尋ねた。彼女の気持ちは分かっていたが、やっぱり聞いてしまう。だって、プラムがいないと、これから先がとても不安なんだもの。


 プラムはわずかに笑みを浮かべた後、少し意地悪い表情になってこう答えた。

「そうですねえ……私の特技を生かして、船が沈んだことにして積み荷を盗んだ悪い商人をこっそり暗殺して、そいつのため込んだお金を奪い取る、なんていいですね。一生遊んで暮らせますよ。ふふふ……もちろん、依頼主は、お嬢様ですけどね」


 私は驚きのあまり、口をぽかんと開けたまま彼女を見つめた。


 プラムも見抜いていたのだ。まあ、そりゃあそうよね。誰が考えたって、あまりにできすぎた事件だもの。それでも、それを五歳の幼女に言い出すなんて、プラムったらどれだけ私の理解力を信用しているの?


「あ、あはは……うん、それいいね。でも、今回は我慢しよ、ね、プラム。パパは、馬鹿正直だから、考えなしに突っ込んじゃうって思うの。そしたら、相手の思うつぼでしょう?」


「ええ、そうですね。さすがはお嬢様です。私だけなら、すぐにやっていたかもしれません」

 プラムは、そう言って静かな怒りに目を細めて窓の外を見つめるのだった。



♢♢♢


「みんな、準備はできたかい、出発するよ」

 お父さんの声に、私たちは頷いて、それぞれの荷物を抱えながら玄関を出ていった。お母さんはロナンを抱えていたので、プラムがお母さんの分も馬車に積み込んだ。

 生まれて五年間過ごしたこの家とも、今日でお別れだ。


「リーリエちゃん……本当に行っちゃうの?」

 お隣の雑貨屋さんの家族が、お別れに出て来てくれた。


「うん、またいつか会えたらいいね、ううん、きっと会えるよ。フィーネちゃんが立派な商人になったら、必ず会いに来るから、頑張ってね」

 私はフィーネちゃんを優しく抱きしめながら言った。ちなみに、彼女は《神命職受》の儀で見事、希望していた〈商人〉のジョブを受け取っていた。

(実は、こっそり彼女のステータスを見たのだが、持っていたスキルは〈身体強化〉と〈弓術〉。他の多くの人たちと同様に、やはり戦闘系のスキルだった)


 フィーネちゃんは涙を流しながら何度も頷いた。

「うん…うん、きっとだよ。これ、持ってて……」


 そう言って、彼女が差し出したのは銀製の小さな翼をかたどったペンダントだった。


「こんな、高価なもの、いいの?」


 私の問いにフィーネちゃんは頷いて、涙を拭きながら無理に微笑んだ。

「うん……私のこと、忘れないでね」


 私はもう一度彼女を抱きしめて、耳元で誓った。

「絶対忘れないよ。また、必ず会いに来るから」



「リーリエ……お別れは済んだかい? そろそろ出発するよ」

 

 お父さんの声に、私は涙を拭いてフィーネちゃんに手を振った。そして、馬車に乗り込んだ。

 プラムが御者席に座って手綱を持つ。馬車がゆっくりと動き出した。私は窓から顔を出して、おぼつかない足取りで手を振りながら追いかけてくるフィーネちゃんに向かって、手を振り続けた。フィーネちゃんの姿が、そして街が次第に遠ざかっていった。


 自分の席に座った私を、お母さんが優しく抱きしめた。万感の思いに、しばらくの間、私はお母さんの胸で涙を流した。


 北の城門を通過し、馬車はついに私が知らない世界に走り出していった。


「ママの実家は、ここからどれくらい離れているの?」

 陽光に照らされた草原や森が視界に入ってくると、私の気持ちはすぐに新しい世界への興味に切り替わっていた。


「う~ん、馬車で二日だから、距離にするとどれくらいなのかしら……」


「そうだな、リーリエはもう距離の単位は分かるんだよね?」


 私が頷くと、お父さんは私の頭を撫でながら言った。

「ざっと五百リード(約四百キロ)くらいだな。王都に行くよりもずっと近いよ」

(ランハイム王国は、地図で確認したところほぼ四角形で、大きさは前世のせかいでいうと、スイスより大きくてオーストリアより少し小さいくらいだと思う)


「すごい田舎だから、きっと驚くわよ、ふふ……」


「でも、騎士爵で領主様なんだよね?」


 私の言葉に、お母さんは少し寂し気な微笑みを浮かべた。

「ええ、まあ、ロマーナとバルナという小さな二つの村のね」


 そう、お母さんは実は貴族の生まれだった。まあ、この美しさと気品は庶民の娘ではなかなか見られないから、初めて聞いた時も驚きはなかったけどね。

 ただ、騎士爵は祖父の功績として一代限りに与えられたもので、それを次代に維持するために現在跡を継いでいる長男、私の叔父さんは、かなりのお金を直接仕えている主であるランデール辺境伯と、さらにランデール辺境伯の主人筋にあたるブルトナー公爵に贈ったそうだ。

 すでに祖父は亡くなっており、実家には祖母と長男一家が住んでいる。次男とお母さんの下の妹は、家を出ていて、次男はランデール辺境伯の近衛騎士、妹は王都の男爵家に側室として嫁いでいるという。

 お母さんが、お父さんと結婚するときは、実家の猛反対で大変だったらしい。お母さんは、ほとんど家出同然でお父さんのもとへ嫁いだそうだ。だから、今回、実家に一時的にでせよ頼るのは、お母さんとしては気が重い事だったのだ。



♢♢♢


 いやあ、馬車の旅は初めてだけど、こんなに大変なものだったのね。とにかく、道が舗装されていないので、揺れがひどくて、気分は悪くなるわ、お尻は痛いわで、まさに地獄の拷問だった。幸いだったのは、ロナンがあまり泣かないでいてくれたことね。本当にいい子、大好きよ。

 一日目の夕方、野営のために道の脇に作られた広場で、やっと馬車から降りた時は、まだ体全体が揺れているような感覚だったわ。


 広場には、私たちの他にもう一台の馬車が止まっていた。行商人だという三十後半くらいの男の人と、その手伝いの十代半ばの少年が野営の準備をしていた。


「こんばんは、あなたも商人のようですが……」

 父がさっそく二人の側に行って声を掛けた。


「やあ、こんばんは。ええ、村々を回っている行商人です。あなたも、商人ですか?」


「ええ、今日は商売ではありませんが、アラクムの街で商人をしていました。レブロン・ポーデットです」


 行商人の男の人は、父が過去形で言ったのを不審には思ったものの、あえて問いただすことはせず、差し出された手を握った。

「ワイズ・ドルトンです。こっちは息子のイアンです」


 イアンはかなりの人見知りのようで、少し赤くなりながらちょこんと頭を下げると、再び夕食の支度にとりかかった。


「近くで夕食をとってもいいですか?」


「ええ、もちろん。夜の見張りも協力してもらえれば、助かります」


 こうして、私たちは行商人の親子とテントを並べて、一夜を過ごすことになった。袖すり合うも他生の縁、だよね。


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