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9 動き出した運命の歯車

本日から、できるだけ一日一話のペースで投稿していきたいと思います。

 私は五歳になった。前世なら、保育園や幼稚園に通っている年齢だ。でも、この世界にはそういった教育施設はない。あるのは、十歳から入学できる王立の学校だが、現在のところ、王都とあと二つの大きな都市にしかない。私が住むアラクムの街から一番近い王立学校は、三百キロあまり離れたエイブラム侯爵領の領都センティーナにある。

 ただ、王立学校に通えるのは、ある程度裕福な商人の子や貴族の子弟に限られる。つまり、この世界では、一般の家の子どもたちは、自力で文字の読み書きや計算を習得しなければならないのだ。


 私は幸いなことに、前世の知識があったし、本も自由に買ってもらえる環境だったから、五歳でもすでに読み書きは自在だったし、計算はもともとお得意のものだ。


(まあ、こんな世界だから、神様も子どもたちが生き残れるようにスキルを与えたり、ジョブで進路の目安を与えたりしてくれているんだろうね。

 それにしてもよ、神様、ちょっとサービス良すぎるんじゃない? 私なんて、四属性の魔法が使えて、鑑定もできて、女神さまの加護まで持っているんだよ。プラムも、二属性持ちで、二つのスキルも持っているし、お父さんもお母さんも、けっこう良いスキルをもらっている。そんなに大判振る舞いして大丈夫なの?)


 私は、今日も一人で庭に面したベランダに座って、魔法の練習をしながら、そんなことを考えていた。


 実は、この星の人々が恵まれたスキルを与えられているのには理由がある。パラスを主神とする神々が担当する宇宙区の中でも、この星を含む一帯は特に魔素が多い星域なのだ。


 魔素が多いということは、そう、体のほとんどが魔素でできている〈魔物〉が多い、ということだ。そして、魔物が多いということは、それを統率するボス、いわゆる〈魔王〉も頻繁に現れるということである。

 私は、まだ街の中しか知らなかったので、街の外がいかに危険か、知る由もなかった。



♢♢♢


 私が五歳の誕生日を迎えた日から二か月が過ぎた、ある夏の日。

 その日、父は帰りがいつもより遅かった。私はプラムに手伝ってもらって湯あみ(この世界にはまだお風呂に入る習慣がなかった)を済ませ、自分の部屋で眠くなるまで本を読んでいた。誕生日のお祝いにお父さんが買って来てくれた古書で、ローガン・ウィズリーという人が書いた「オルドア大陸探検記」という本だ。

 私はお父さんに、誕生日のプレゼントに何が欲しいか聞かれて、「この世界のことをもっと知りたい。地理でも歴史の本でもいい」と答えたら、この本を見つけて買って来てくれたのだ。分厚く、お値段もかなり高い本に違いない。


 オルドア大陸というのは、私が今いるランハイム王国を含む五つの国がある大陸のことで、この本は、ランハイム王国が成立した直後の時代に書かれたものらしい。


 本を読んでいると、いつの間にか私は睡魔に襲われて、机に突っ伏したまま眠っていた。ところが、リビングから聞こえてきたただならぬお母さんの声に跳び起きた。


「……レーニエ、リーリエが起きてしまうよ、落ち着いてくれ」


「でも、あなた……破産だなんて……これからいったいどうすれば……うう、う……」


(えっ、破産? 今、お母さん、確かにそう言ったよね? お父さん、何やらかしたの?)

 私は、前世の嫌なトラウマを思い出して、顔をしかめた。


 生きていれば、いろんなことがある。失敗もあれば、成功もあるだろう。ただ、前世だったら、失敗しても、よほどヤバい高利貸しや犯罪に関わっていなければ、救済してくれる機関や法律があったのだが、この世界はどうなのだろうか。


「……プラム、リーリエの様子を見てきてくれないか?」


 そんな父の声がドア越しに聞こえてきたので、私は急いで魔石ランプを消し、ベッドの中に潜り込んだ。

 そっとドアが開く音がして、プラムがベッドに近づいてくる。私の寝たふりは、プラムなら見破っていたかもしれない。でも、彼女は何も言わず、静かに部屋を出ていった。


 私は、それからしばらくいろいろ考えごとをして起きていたが、まだ五歳の私にできることは何もない。とりあえず寝よう。私は開き直って目をつぶった……。あ、忘れてた、お祈りしなきゃ。

(運命の女神ラクシス様、今日も無事に生きることができました。感謝いたします……

 でも、ちょっぴり運命が変わり始めたようです。家族のみんなが、これからも無事に生きていけますように、どうかお守りください)



♢♢♢


 翌朝、プラムに起こされて目を覚ました私は、顔を洗って身だしなみを整えてから、いつものように食堂へ向かった。


「おはよう、パパ、ママ」

 プラムがドアを開き、私はつとめて普段通りに元気に挨拶しながら入っていった。


 予想通り、食堂の中はいつもと違う重い空気に包まれていた。


「おはよう、リーリエ」


「おはよう、リーリエちゃん……さあ、食事を始めましょう」


 すでにテーブルの上には、スープ、パン、チーズ、ソーセージが入った容器がいつものように並んでいた。私が席に着くと、静かに食事が始まった。


 こういう時、私の性格としては、両親から切り出されるのを待つなんて、うじうじしたことは苦手だった。

 私は一つ咳ばらいをすると、二人の顔を交互に見ながら言った。


「あの、パパ、ママ、私に何か隠していることない?」


 二人は顔を見合わせると、小さく頷き合った。そして、お父さんが口を開いた。

「リーリエ、昨夜のパパたちの話、聞いていたのかい?」


 私は小さく頷いた

「うん、声が大きかったから、何だろうと思って……」


「そうか……実はね、パパは商売で大きな損失を出してしまった。その借金を返すためには、この家を売らないといけないんだ……それでも、少し足りないが、何とかするつもりだ。

 だから……この家に住めるのも、あと三日なんだ……」


 お父さんが苦悶の表情でそう言い終えると、お母さんがまた泣き出した。

「ううう……ごめんね……ごめんね、リーリエちゃん……」


 私は食べかけのパンをプレートに戻すと、少し間をおいてから口を開いた。

「そう……まあ、人生、そんなこともあるわよ。それで、失敗した原因は何なの、パパ?」


 両親は、私が悲鳴を上げたり泣き出したりしなかったことに、ひどく驚いたようで、呆気にとられた顔で私を見つめていたが、お父さんが私の問いに答えて言った。

「あ、ああ、実は、王都の懇意にしている商人のオルグさんから、大量の小麦と岩塩の注文があったんだ。それで、契約してる船で王都に運ぼうとしたら、船が途中で魔物に襲われて、積み荷諸共、海に沈んでしまったんだよ。契約書はもう取り交わした後だったから、オルグさんへの違約金と、積み荷の損失、亡くなった船員への見舞金など、もろもろ合わせると、今まで溜めていたお金がすべて吹き飛んでしまった……魔物に損害賠償を求めるわけにもいかないからね、あはは…は……」


 う~ん、なるほど……いかにもありそうな展開だけど、罠の匂いがぷんぷんするね。お父さんは、まだ若いから経験不足な所を突かれたんじゃないかしら。


「船が沈んだことを知らせたのは、誰なの?」

 私の問いに、お父さんは、なぜそんなことを聞くのか、と訝し気な表情をした。


「船長と副船長だ……あとの船員たちは、皆、海に沈んだり、魔物にやられたりだったそうだ」


 うん、ますます怪しい。普通、船長とか副船長は、最後まで残って船を守るものでしょう?それに、どうして二人だけ、魔物に襲われずに帰ってこれたの? 

 でも、これを言ったら、きっと、生真面目なお父さんは闇に中に無鉄砲に突っ込んでいって、命を落としかねない。ここは、我慢して安全策をとるべきね……すごく、悔しいけど。


「そっか……パパがその船に乗っていなくて良かった。ね、ママ?」


「え、ええ、そうね、本当にそうよね」


「うん。生きていれば、何とかなるわよ。ママも私も、それにプラムも頑張るから、皆で頑張って、借金を返そう、ね、パパ?」


 私の言葉に、ママは涙を流しながら何度も頷き、プラムもにっこり微笑んで、しっかりと頷いた。

 お父さんは、それを見て涙腺崩壊。椅子から立ち上がって、私とお母さんをかわるがわる抱きしめて涙にむせんだ。


「ねえ、それで、この家を出たらどこへ行くの?」


 私の問いに、よれよれのお父さんに代わって、ハンカチで涙を拭きながらお母さんが答えた。

「ええ、一応、ママの実家に頼ってみるつもりよ」


 あ、そうなんだ。そう言えば、お父さんの親戚とは、よく顔を合わせていたけど、お母さんの実家の人とは、生まれてから一度もあったことがない。何か、理由があるのかな?


読んでくださって、ありがとうございます。

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