プロローグ
【おしらせ】
本日より、新作『神様の忘れ物』を投稿します。
本日は、二話連投になります。
末永く愛される作品を目指したいと思いますので、応援よろしくお願いします。
ここは神界……その中の「運命の三女神たち=モイラ」の神域。
今日も今日とて、彼女たちのもとには、冥界から送られてくる「魂の記録」が書類の形でうずたかく積み上げられている。
もちろん、書類と言っても紙でできているわけではない。言わば、魂の情報がびっしりと記録された魔力体。薄く透明なA4サイズほどの板は、びっしりと神界文字で埋め尽くされ、重要な人生の場面が映像としてもきろくされているのだ。(この記録を作って送ってくる冥界の王バルデスの側も、まさに地獄のような忙しさだろうと思われる)
この記録書を初めに読んで、次の転生人生を大まかなランクに分けるのが長女神クローラの役目。
そのランクというのは、「とても良い人生」、「まあまあ良い人生」、「普通の人生」、「あまり良くない人生」、「良くない人生」、「消滅」の六つだ。前世での行いを見て、このいずれかに振り分けられる。最後の「消滅」というのは、転生さえ許されない極悪人の哀れな末路、つまり、魂そのものが地獄の業火で焼き尽くされ、消滅させられるというものだ。それほどの極悪人は、そうそういないだろうと思うかもしれないが、これが結構いる。
運命の女神たちが属するのは、我々が銀河やアンドロメダと呼ぶ星雲が七つほどふくまれる宇宙区だ。そこには知能を持った生物が住む星が何千個もある。へえ、意外と少ないなと思うかもしれない。当然だ。ある惑星に生命が生まれるというのは奇跡の近い。その中でも、知的生命体にまで進化する惑星は、それこそ一つの星雲の中に数百個といったところだ。
まあ、だからその何千個の星で死んだ者たちの魂が、冥界に、そして神界に送られてくるのだから、「消滅」させられる魂も、毎日結構な数ある、ということだ。ただ、魂というのは神の一部であり、替えが効かない貴重なものなので、なるべく「消滅」しないように、神々は、我々の知らないところで日夜努力(?)なさっているのである。
さて、ランク分けされた魂は、次にそのランクにふさわしい「才能やスキル」が付与される。その仕事は次女神ラクシスの役目だ。
魔素が少ない、つまり魔法が使えない惑星の生物には「才能」を、魔法が使える惑星の生物には「スキル」が与えられる。当然、ランクによっては何の才能もスキルも与えられない生物もいるのだ。
「魔素」は地球では「ダークマター」とも呼ばれ、観測もできない理論上だけの謎の物質だが、宇宙ではごく普通のありふれた物質だ。重力の影響もうけるので、当然、宇宙の中ではその濃度にばらつきがでる。基本的には銀河の中心部近くは「濃く」、周辺部は「薄い」。だが、ブラックホールなどの影響で、実際は複雑な濃度のばらつきになっている。
才能・スキルを与えられた魂は、最後に「前世の記憶の消去」の処理の後、「寿命」が与えられる。これは三女神アトロポスの役目だ。
まあ、基本的に「良い人生」の魂には長い寿命が、「悪い人生」の魂には短い寿命が与えられる。そんなに難しい仕事ではない。数年単位の微妙な調整がやや難しいだけだ。
こうして、「大まかな運命」を与えられた魂は、使天使たちによって、そのランクにふさわしい転生先に運ばれ、胎児が安定した時期に、その体と融合させられるのだ。
♢♢♢
来る日も来る日も魂の振り分け作業にいそしんでいる女神様たちは、さぞ忙しく、まさにブラックな職場だな、と思われるかもしれない。だが、実はそんなことはない。
結論から言えば、実にのんびりとしたホワイトな職場だ。というのは、運命の女神様たちが一日数人ほどの魂の振り分けをすれば、転生先の予約はいっぱいになるからだ。そのペースで仕事をすれば、担当宇宙の「輪廻転生」はうまく回っていくのである。(まあ、これには、神界の時間の流れが他の場所とは全く違うことも関係しているのだが……)
つまり、一度死ぬと、転生するまでにはかなりの時間がかかるということだ。
だから、女神様たちはけっこう暇なのだ。何百年先までの「モノクロニクル」は机の上に溜まっているけれど、転生先がなければ処理はできない。だから、のんびりと仕事をし、空き時間はお茶を楽しんだり、旅行に出かけたり、気になっている「転生者」の様子をうかがって、必要を感じたら、その転生者の運命にちょっと干渉したりする。
もちろん、そのためには他の神々の許可を得たり、話し合いをしたりしなければならないのだが。
♢♢♢
さて、死者の魂がどうやって「転生」をするのか、ぐだぐだと述べたが、いよいよ本編の主人公に関する「転生」のいきさつを述べてみようと思う。
実は、それは運命の女神様たちにとって、これまで一度もなかったミスによる「奇跡の転生」と言ってもいいようなものだった。
ある日、その日のノルマを終えた次女神ラクシスは、最後の「モノクロニクル」を使天使に渡して妹神のもとへ持っていくように命じた。使天使はかしこまってそれをアトロフィスの仕事場へ持っていった。
ところが、あいにくその時、アトロポスは休憩のためにその場を離れていて留守だった。使天使はしばらく待っていたが、なかなかアトロポスは戻ってこない。
その使天使は、上級天使に昇格するための試験勉強中だった。一刻も早く仕事を終えて、試験勉強をしたかった。次回の試験は、実技試験だ。「神級魔法の発動と制御」、上級になるための一番重要な試験だった。
使天使は、暇だったのでその練習をしようと思いたった。そこで、「モノクロニクル」をアトロポスの仕事机の上に何気なく置いて、少し離れた場所で、自分の得意な魔法を練習し始めた。
ところが、彼(彼女)は、魔法の制御が苦手だった。(あ、しまった!)と思った時には、膨大な魔力が辺りに漏れ出してしまっていた。そのせいで、アトロポスの机上にあった「モノクロニクル」の一部が辺りに散乱してしまった。
使天使は慌てて、散らばった「モノクロニクル」を集めて、机上に元通りに置いた(つもりだった)。だが、この時、彼(彼女)は、重大な失敗に気づいた。女神ラクシスから預かった「モノクロニクル」がどれなのか、まったく分からなくなっていたのだ。
(あ、そうだ!まだ、「寿命」が記載されていない「モノクロニクル」を探せばいいのだ)
そう気づいた使天使は、さっそく机上に積み上げられた「モノクロニクル」を調べようとした。ところが、ここでも何かの運命が作用したかのように、使天使の背後から「声」が聞こえてきたのである。
「あなた、何をしているの?」
休憩から帰ってきたアトロポスの声だった。
「それは私が転生順にきちんと整理したものよ。まさか触ったりしていないでしょうね?」
女神の鋭い視線に、使天使は思わず身震いしながら首を振った。
「い、いいえ、決して……」
「そう、それならいいわ。それで、何の用だったの?」
女神の問いに、使天使はすぐに答えようとして、ぐっと喉を詰まらせた。
正直に話せば、女神がせっかく整理した膨大な記録書をバラバラに積み重ねてしまったことがばれてしまう。しかも、その理由が魔法の練習のためというのだから、厳格で気が短い我が主である女神は、きっと烈火のごとくお怒りになるだろう。そうなれば、今回の昇級試験は絶望的だし、今後試験を受けられなくなるかもしれない。それどころか、最悪の場合、どこかの星に落とされて、堕天使として生きなければならないかもしれない。神々は、それほど恐ろしく、気まぐれなのだ。
しかし、彼(彼女)が持ってきた「モノクロニクル」は、まだ「前世の記憶の消去」がされておらず、「寿命」も記載されていない。それをそのままにして転生させたら、何が起こるかわからない。
正直に言うべきか、否か。天使としては絶対に正直に言うべきである……でも……。
時間にして一秒ほど必死に迷った挙句、使天使は答えた。
「……あ、はい。ラクシス様から、今日のお仕事は終わったとのことでございます」
アトロポスは、疑わし気にじっと使天使を見ていたが、やがて小さく頷いた。
「そう……分かったわ。帰っていいわよ」
♢♢♢
こうして、一見何事もなく、神界の一日は終わりを告げた。だが、それは後に神界に騒動を巻き起こす事件の、静かな始まりであった。