公衆電話の声援
中学二年の夏。教室。
仁科「なぁなぁ、午前0時に公衆電話から着信があったって話知ってるか?」
柏木「あー、それ俺も聞いたことある」
ツカサ「何だそれ」
仁科「ほとんどの奴は電話に出たり掛け直したりしないって言ってたな」
ツカサ「だろーな」
仁科「でも、中には電話に出た奴がいて、そしたら女の声が聞こえたらしいぞ、怖くてすぐに切ったらしいが」
ツカサ「学校の七不思議みたいなもんか」
仁科「それがこの学校だけじゃないし先生や親たちにも通知が来てるらしい」
柏木「え、じゃあ大人子ども関係ないってこと?」
仁科「うん、そうみたい」
授業中、一人の男子生徒が先生に質問をする。
「先生ー、午前0時の幽霊って知ってますかー?」
山田先生「何言ってるんだ、ただの噂だよ」
人一倍この話に敏感に反応していたのはうちの担任の山田先生だった。
いや、先生たちと言った方が正しいか。
どうやら先生たちの方が通知が来る確率が高いらしい。
山田先生「下手に騒ぎにしないこと、それと、無闇に詮索して特定される可能性がある、注意するように、分かったな?」
「はーい」
皆んな渋々返事をする。
山田先生「じゃあ、授業の続きを始めるぞ」
そう言うと山田先生は教科書のページを巡り、黒板にチョークで文字を書き始めた。
昼休憩。
仁科「なーんか山田先生隠してるよな」
柏木「俺もそう思う、この話になると妙によそよそしくなるってゆーかさ」
ツカサ「てゆーか、詮索して特定された奴なんて本当にいるのかね」
仁科「これは捜査してみる必要があるな」
柏木「けど、どうやって?」
仁科「そんなの決まってんじゃん、午前0時の着信が来たら出るのよ」
柏木「えー!本当の幽霊だったらどうすんだよ!」
ツカサ「ばーか、幽霊なんているわけないだろアホらしい」
仁科「じゃーとにかく、この三人の中の誰かにかかって来たら出て真相を確かめる、それでどうだ?」
柏木「まーとにもかくにも一度やってみるか、ツカサもだぞ!」
ツカサ「俺もやるのかよそれ・・・」
仁科「あったりまえだろ!」
しかし、噂が流れてから一か月経っても三人の中に電話がかかってくる人はいなかった。
柏木「いや、ぜんっぜん電話来ないじゃん!」
仁科「全員に来てるわけじゃないみたいだし仕方ないんじゃない?」
ツカサ「来てる人に特徴でもあるのかね」
仁科「うーん、何人か人伝いに聞いたけど何かに悩んでる時にかかってきてたって言ってたな」
柏木「何かって何」
仁科「さぁ、そこまでは・・・」
ツカサ「ってことは俺らは何も悩んでないから着信来ないってことか?」
仁科「そ、そんなことないよな?俺悩んでるし!」
柏木「俺だって悩んでるし!」
ツカサ「じゃあ何に悩んでるんだよ?」
仁科「えーと・・・晩ご飯何かなーとか」
柏木「彼女欲しいなーとか」
ツカサ「はぁ・・・それは悩みとゆーかただの欲求じゃねーのか」
仁科「じゃあ、そう言うツカサはどうなんだよ!」
ツカサ「俺は特に悩んでないよ、別に今のままでいいし」
柏木「はー、ツカサは相変わらずクールだなぁ・・・でもまぁ、ってことは俺らにはかかって来ないのかもな」
仁科「まぁ噂だしな」
ツカサ「そういうこと、放っときゃいいんだって」
仁科「だなぁ・・・」
柏木「あー、なんかショックだわ、面白そうだと思ってたのに」
ツカサ「とかなんとか言ってかかって来なくて安心してんじゃないのか?」
柏木「ば!俺はそんなビビりじゃねーよ!」
仁科「まーまー」
廊下で校長が山田先生に何やら話をしている。
校長「今夜のことなんだが・・・」
仁科は咄嗟に隠れた。
仁科"しまった、何で俺隠れてんだ!?"
校長「すまないが今日は学校に泊まってもらうことになりそうだ」
山田先生「はい、分かりました」
校長「すまないね」
仁科"ふーん、なるほどね"
柏木「え、山田先生が今夜学校に泊まる?」
仁科「おお、バッチリ聞いたぜ、これはチャンスだな」
柏木「真相を確かめに行くの?」
仁科「ああ、またとないチャンスだ」
ツカサ「おい、まさかお前ら・・・夜中の学校に忍び込む気か?」
仁科「もちのろんよ」
柏木「なんか肝試しみたいだな・・・」
仁科「柏木とツカサはどうする?俺は行くけど無理にとは言わないぞ」
柏木「仁科一人じゃ危ないって!俺も行くよ」
ツカサ「やれやれ・・・」
柏木「ツカサは?」
ツカサ「俺も行くよ」
仁科「よし、決まりだな」
午前11:30。校舎。
柏木「さすがに真っ暗だな・・・職員室は明かり付いてるけど」
仁科「なんだ、びびってんのか?」
柏木「べ、別にびびってねーし!な!ツカサ・・・ってあれ?ツカサは?」
仁科「ツカサならさっさと先行っちまったぞ」
目線の先には特に何かを気に留める様子もなくツカサがズンズンと歩いていく。
柏木「あいつ、かっけーな・・・」
校舎の中に入り、職員室までこっそりと三人で歩く。
音を立てないように慎重に。
そして職員室を覗く。
右側のドアにツカサと仁科、左側のドアに柏木がいる。
山田先生がパソコンで作業をしている。
ツカサ"こんな時間まで大変だな・・・"
0時まであと15分。
職員室にある時計がチッチッチっと無音の部屋によく響く。
三人はただだじっと待つ。
そして・・・。
23:55、23:56、23:57、23:58、23:59・・・0:00。
プルル、プルル。
柏木"うわ、まじでかかった!!"
一瞬体がビクッとなった三人だったがなんとか声を漏らさないように耐えた。
柏木は両手で口を押さえている。
山田先生「もしもし・・・ああ、俺だよ、ああ、ありがとう大丈夫だよ、まだ立ち直れてはいないけれど
死にたくはなってないよ」
ツカサ"え?死に・・・??"
山田先生の口から出た死という言葉に三人は固まる。
最初から動いてはいないが。
山田先生「また声を聞かせてもらえないだろうか、君と話していると元気が出るんだ、ああ、ありがとう」
仁科"えぇ!?まさか山田先生の電話の相手って幽霊じゃなくて愛人!?"
ガタッ!!
山田先生「誰だ!!」
柏木「いててっ、誰だよ廊下にハンカチ落とした奴・・・」
ツカサ「バカ」
ツカサは頭を抱えた。
仁科「万事急須・・・」
山田先生「お前たち、こんな時間に何やってるんだ!」
仁科「いやー、ちょっと教室に忘れ物してしまいまして・・・」
山田先生「そうか・・・とでも言って納得すると思ったのか?お前たちの教室は2階、職員室は1階、2階に行かずにこの階に止まっているということは用があるのは職員室、というより俺だな、大方、あの噂を確かめる為と言ったところか、近くに仁科がいたようだしな」
仁科「げっ、バレてたのか」
柏木「すげー!山田先生って頭いいんですね!」
ツカサ「いや、お前がアホ過ぎるだけだと思うぞ・・・」
柏木「何をー!?」
仁科「そんなことより、さっきの電話!山田先生が浮気してたなんて知らなかったですよ!」
柏木「そうですよ!見損ないました!」
山田先生「いや、あの電話は本当に知らない女性なんだ・・・」
ツカサ「どういうことなんですか?」
山田先生「その前に一つ弁解させてくれ、俺は浮気などしていない、それに妻は・・・二か月前に亡くなったんだ」
仁科「え・・・?」
柏木「そ、そんな・・・」
山田先生「ま、知らないのも無理ないな、言わないでくれって先生たちに頼んでいたから」
ツカサ「じゃあ本当なんですね」
山田先生「ああ、正直俺は妻の後を追うつもりだったんだ」
ツカサ「それでさっき・・・」
"山田先生「もしもし・・・ああ、俺だよ、ああ、ありがとう大丈夫だよ、まだ立ち直れてはいないけれど死にたくはなってないよ」"
山田先生「子どもに聞かせていい話じゃないが・・・聞かれてしまっていたなら隠す必要はないな、俺は妻に先立たれて死のうとした、
午前0時のことだったよ、電話がかかってきてね、
そしたら公衆電話からだった、
噂のことは知っていたし死のうとしていた手前、怖いものなんてなかった」
ツカサ「それで電話に出たと」
山田先生「ああ、そしたら女性の声で俺を励まし始めたんだ、どうか死なないで欲しいと・・・何となくだがこの世の人ではないと分かったよ」
仁科「何でそう思うんですか?」
山田先生「死のうとしている人間にはどうやら霊的なものが見えるらしい、妻が亡くなってからずっと色々な幽霊が見えていたからね」
柏木「なんか俺寒くなってきた・・・」
仁科「大丈夫か?」
柏木「お、おお・・・」
ツカサ「けど、何でその幽霊は山田先生を励ますんでしょうね」
山田先生「さぁ・・・思い当たることは何も・・・」
仁科「何か恩返ししようとしてるとか?」
ツカサ「けど、それなら山田先生にだけかかって来るんじゃないか?」
仁科「あ、そっか・・・」
山田先生「それに、俺は恩返しをしてもらえるような過去はないよ」
仁科「そうですか・・・」
山田先生「ところで君たち、こんな夜中に学校に忍び込んでいけない子たちだな」(ゴゴゴッ)
仁科「やーえーと・・・」
山田先生「明日は放課後、指導室で3対1でたっぷりと説教するからな、覚悟しておくように」
仁科「えー!そんなぁ!!」
柏木「こうなったら・・・一抜けぴっ!」
柏木がダッシュで廊下を駆けていく。
仁科「あ!卑怯者!!」
柏木の後を仁科が急いで追う。
山田先生「全く・・・三人まとめて明日学校で説教だな・・というかツカサは逃げないんだな」
ツカサ「ねー、山田せんせー」
山田先生「何だ?」
ツカサ「さっきの電話、その亡くなった奥さんからなんじゃないんですか?」
山田先生「え・・・何でそれを・・・」
ツカサ「やっぱり、だって前に山田先生が奥さんの話してた時とあの電話で話してる時の表情、一緒でしたもん」
山田先生「君は相変わらず洞察力が優れているな」
ツカサ「でも、何でまた知らない女性なんて嘘ついたんですか?」
山田先生「だって亡くなった妻と夜な夜な電話をしてる、なんて俺は良くても周りが心配するだろう?頭がおかしくなったとかなんとか言って」
ツカサ「あーまぁ確かに・・・」
山田先生「それにな、妻は悩んでる人の話を聞きたがる人だったんだ」
ツカサ「それで色んな人に電話を・・・」
山田先生「だから下手に詮索をしたら妻からの電話が無くなってしまうかもしれないと」
ツカサ「それで、生徒たちに釘を刺したと」
山田先生「ああ、しかし、亡くなった後も誰かの役に立ちたいなんて本当に妻は素晴らしい人だな」
ツカサ「先生、元気出して下さいよ」
山田先生「はは、子どもにまで励まされてしまうなんて俺もまだまだだなぁ」
ツカサ「ふっ」
山田先生「だが、それで反省文はチャラにはならないぞ」
ツカサ「あ、やっぱダメですか」
山田先生「お前たちはいい奴だな」
ツカサ「何ですか急に」
山田先生「電話のこと、言いふらすって言えば説教を免れられるというのに」
ツカサ「あいつらはそこまで考えてないですよ、単純ですからね、
それに、それを言うなら山田先生こそいい奴なんじゃないんですか?」
山田先生「何を・・・」
ツカサ「だって、指導室で説教って他の先生には言わないってことでしょ?反省文のことを出さなかったのも証拠を残さない為、違います?」
山田先生「全く、生意気な奴だ」
次の日。
山田先生にこっ酷く絞られた三人は幽霊捜索をするのを諦めたそうだ。
しかし・・・それから一か月後。
授業後。
山田先生「今日の授業はこれまでだ、皆んな気を付けて帰るんだぞ」
「「はーい!!」」
授業が終わり、山田先生が教材をトントンっと整えているとすぐさま前の席の仁科が椅子に逆向きに座りながら話しかけてきた。
仁科「なぁなぁ!さっきの休み時間に聞いたんだけどさ今度は学校のプールに女の幽霊が出たんだってよ!」
柏木「え!?まじ!?」
仁科「休みの日に部活しに学校に来てた奴が見かけたらしいんだけどすぐに消えちまったらしい、これは次の休みの日に確かめに行くしかないな!」
柏木「えー、わざわざ休みの日に学校行くのかよ」
仁科「しかもめちゃ可愛らしいぞ」
柏木「よし、行ってみるか」
可愛いと言う単語を聞いた瞬間、柏木の目がキラキラし始めた。
山田先生&ツカサ"こいつら全然凝りてねーな・・・"