表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

歩法

毎日、私は歩いている。

薬の効き目があるうちに、できる限り身体を動かしておきたかった。


最初は庭を一周するだけでも息が切れた。

けれど今は、三周まではなんとかこなせるようになっている。


そんなある日、私のすぐ隣を歩いていたセラが不意に口を開く。


「アリス様は……何を望んで、歩いておられるのですか?」


その言葉に、私は立ち止まって考え込んだ。


「……なにを、って言われても……」


今のところ、はっきりとした目的はない。

せめて倒れずに動ける身体になりたい。

その先には「ステータスを上げる」こと。

そして、聖女として選ばれて姉さまの“竜の紋章”を継承すること。


でも、それをセラにどう伝えればいいのか、わからなかった。


だから私は、簡単に言い換えることにした。


「……強くなりたいの。姉さまを守れるくらいには」


セラはほんの一拍だけ間を置き、こう返してきた。


「つまり、身体を鍛えるだけでなく、戦えるようになりたい……ということでよろしいでしょうか」


迷いながらも、私は頷いた。


「うん、大体そんな感じだと思う」


セラはまっすぐ私を見て、こう告げた。


「であるならば、良い方法があります」


 


次の日から、私は“歩き方”を変えた。


 


歩く速度は、これまでの半分以下。

地面に足を置く瞬間、全身の体重を意識して叩きつける。

次の足も同じように。

踏みしめて、踏みしめて、重く、ゆっくりと。


最初は意味がわからなかった。

けれど、セラが「気を整える練習」と言っていたので、私は信じて続けていた。


そんな私の新しい“歩き”を目撃したのが、姉さまだった。

彼女は、私の姿を見つけるなり、眉を顰める。


「……何をしているの、アリス?」


その声は、呆れたような、戸惑ったような響きを含んでいた。

私が何も言えずにいると、代わりにセラが前に出て応じる。


「これは、私の流派に伝わる歩法です」


「貴女の……流派?」


「はい。東方拳法と呼ばれる戦技体系です」


リリスが目を細める。

「知らない単語」に対する、軽い警戒。

だがセラは、いつになく饒舌に語り続けた。


「お嬢様は、生まれつき体が弱く、魔力量も少ないです」


「この条件では本来、日常の行動すら困難なはずです」


「ですが――アリス様は、毎日歩いていらっしゃる」


リリスが黙る。

セラは言葉を区切ってから、ゆっくりと続けた。


「それは、肉体でも魔力でもなく"気"という第三の力を無意識に使っておられるからです」


「……き?」


リリスが、困ったように復唱する。


「気は、血の流れ、呼吸、重心の移動に宿る力です」


「恐らく、お嬢様はそれを直感で理解されている」


「だからこそ、東方の“気の技”を用いた鍛錬が有効かと」


そう言うと、セラは無言で地面に一歩、足を踏み出す。

その動きには一切の無駄がなく、力みもない。

足も、ただ置いているだけ。

次の瞬間、ドスンッと音がする。

セラの足は土の中に沈み、土誇りが、風を巻くように浮いた。


「これは重心の流れ、すなわち気の流れを足で叩き込む技です」


「極めれば、身体の操作が洗練され、運動効率が飛躍的に向上します」


私は思わず口を開いた。


「すごいでしょ、セラの技!」


すると、リリスはため息混じりに言った。


「……まあ、貴女がそれでいいというなら、構わないけど」


その言葉は、普段のような冷たさとは違っていた。

あきれ顔。

そして、少し口元が緩んでいたようにも見えた。


ゲームでは決して見ることのなかった、姉さまの表情。


私は、嬉しくなった。


毎日が苦しくても。

歩くだけで倒れそうでも。


それでも“この歩き”は、意味のある一歩になっている。


姉さまに、笑ってもらえるなら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ