根性はすべてを制す
ゲームの中では、アリスの「ストレスゲージ」は極端に低かった。
ストレスゲージとは、精神的なスタミナのことを指す。
探索や会話、選択肢ひとつを取っても消耗する。
ゲージが尽きれば、それ以上の行動は取れず、強制的に「翌日」へと飛ばされる。
朝になり回復すればまた動けるけれど。
アリスには「動ける回数」があまりにも少なかった。
一方で、予知の聖女クラリスのゲージは桁違いだった。
ゲーム中、彼女だけは全日行動可能といっていいほどの容量を持ち、プレイヤーは自由に物語を進められた。
選ばれるのは当然だった。
私は、数手で崩れる「ガラスのヒロイン」
だからこそ、ベリーハードだったのだ。
だが、それは「ゲーム」の中の話。
現実は少し違うように思えた。
「お嬢様、そろそろ日が暮れます」
セラの穏やかな声が背後から届いた。
私は顔を上げて、空を見る。
沈みかけた陽が、西の空を紅く染めている。
今日も一日、終わった。
何度も休みながらではあるが、私は庭園を三周歩いた。
体には、しっかりと疲労がある。
筋肉はじんわりと重く、足も痛い。
汗が背を伝う感覚も、まだ慣れてはいない。
しかし。
「動けるって……気持ちいいんだね」
それは、生前でも今世でも、味わえなかった感覚。
汗をかくのも、筋肉がきしむのも。
どこかで、生きている実感に繋がっていた。
これも全部、姉さまがくれた抑制剤のおかげだ。
命の縁を繋いだ薬。
それがなければ、私は今頃もう。
「確かに、リリス様のお薬の力もあるとは思いますが――」
セラが淡々と続ける。
その声は、相変わらず抑揚がない。
でも。
「アリス様の根性も、なかなかのものかと」
その言葉に、私はふふっと笑った。
「……私、自分のこと根性あるって思ったことなかったな」
セラは何も返さなかった。
でも、肩を貸してくれる手が、ほんの少しだけ強くなった気がした。
確かに実感はなかった。
今日やったことは、ただ歩き回っただけ。
けれど、何をするにしても、生前のあの苦しみに比べたら遥かにマシだった。
私は今、歩いている。
明日もきっと、歩き続けられる。
「……もっと、強くならないと」
そう呟いた声が、夕焼けの中に溶けていく。
私はきっと、まだ「選ばれて」いない。
でも、それでも。
選ばれるようになるまで、私は進む。
自分の足で、できるだけ遠くへ。
姉さまを守るために。
聖女に、選ばれるために。