鍛える事にする
聖女がどんな条件で選ばれているのか。
現段階で、判断はつかない。
この世界に、もし「プレイヤー」が存在するなら。
その選択に委ねるしかないのだろう。
居るかどうかは判らないが、私は仮にそれを「神」と呼ぶことにした。
乙女ゲーム『聖女と王冠のソナタ』はネット接続が可能なゲームだった。
世界中のプレイヤーの「統計」が確認できたのだ。
「このヒロインを何%のプレイヤーが選んだか」
「誰がどこまで進んだか」
アリス・エルメロワ――私は、常に最下位だった。
ステータスも低く、ストレスゲージは脆い。
少しのミスでゲームオーバーになるベリーハードモードを選ぶ者は、ほとんどいなかった。
だから、もしこの世界に「神」がいるとしたら。
その神が「ライトユーザー」であるならば。
私以外の誰かが、聖女に選ばれる可能性が高い。
クラリスなら、選ばれても当然だ。
予知の才に冷静な頭脳、王宮育ちの血統。
誰よりも高いスペックを持っている。
ティアーナも、努力家で明るく、戦える庶民の星だ。
プレイヤーたちからの人気も一番高かった。
そんな2人に、姉さまを救うための「生贄」になってもらう?
それは――何か、違う。
「……よし」
私は小さく息を吸って、拳を握った。
私が――頑張ればいいんだ。
ステータスを上げよう。
私が聖女として選ばれる可能性が、増えるかもしれない。
生き残って、可能性を広げよう。
姉さまがくれた魔力欠乏の抑制剤のおかげで、私は今、まともに動ける。
少しぐらい苦しくても。
あの病室の痛みに比べたら、屁でもない。
まずは、軽く庭を一周してみよう。
案の定、すぐに息が切れた。
地面に膝をつきそうになった私を、そっと支える手があった。
「……メイドさん」
彼女はため息をつき、こう答える。
「セラとお呼びください」
彼女はいつも、気づかぬうちに傍にいてくれる。
何も言わず、ただ黙って肩を貸してくれる。
「ありがとう、セラ」
名前を教えてくれた彼女の手は、冷たくて――でも、あたたかかった。
そのまま戻ろうとした時。
「……何をしているの」
姉さまの声がした。
屋敷の回廊から、淡い金髪を揺らしながら彼女が歩いてくる。
私は、恥ずかしくなりながらも言った。
「……姉さまのお役に立ちたくて。身体を、鍛えようかなって」
リリスはしばらく私を見つめてから、
やや呆れたように――それでも、静かに口を開いた。
「……そう」
ただ、それだけ。
叱られると思った。
笑われると思った。
でも、どちらでもなかった。
彼女は、それ以上何も言わずに通り過ぎた。
その背中から「拒絶」は感じられなかった。
ほんの、わずかだけど。
「期待」みたいなものが、あったような気がした。
もしかしたら私の勘違いかもしれないけど。
それでも、嬉しかった。
私は、もう一歩を踏み出すことができた。
明日は、屋敷の周囲を一周。
その次は、少しだけ走ってみる。
少しずつでもいい。
自分の意志で、身体を動かす。
姉さまを救える私になるために。