メイドの務め
屋敷に移されてから数日。
私はようやくベッドから自力で立ち上がれるようになっていた。
まだ息が切れるし、薬が切れるとすぐ熱が出る。けれど、それでも生きている。
それだけで、十分だった。
部屋の隅に控えているのは、メイドだった。
塔で私の世話をしてくれていた少女。
私は彼女の名前すら知らなかった。
私が尋ねようとしても、彼女はいつも事務的に返すだけ。
「お薬は一日一回。朝食後に。水はぬるめにしておきました」
「今日の診察は午後になります。熱が上がる前に衣服は軽いものへ」
「本日はリリス様からの伝言はございません」
一切の感情を交えない、的確で正確な応対。
その声音には一片の迷いも、温かみもない。
でも、私は知っている。
私が夜中、苦しみで唸り声を上げた時。
私の髪を静かに撫でていたのが、彼女だったこと。
私が薬を飲み損ねて咳き込んだ時。
手早く抱きかかえて背中をさすってくれたのも、彼女だったこと。
私が目覚めた時、掛け布団が整えられ、薄く濡れたタオルが額に置かれていたこと。
何より、私が死にかけていた時、医者を呼んでくれたのも彼女だったのだ。
彼女は決して何も言わない。
顔にも出さない。
けれど。
「ねえ」
私は、ベッドに腰掛けながら声をかける。
「私のこと……嫌いだった?」
メイドは、ふと動きを止めた。
一瞬だけ、背を向けたまま立ち止まり――
「ただの役目です。感情など、交えたことはありません」
それは嘘なのだろう。
その声のほんの僅かな震えを聞いた。
「そう……ありがとね」
私はそれ以上、何も言わなかった。
きっと彼女も、何も返さないだろうと思ったから。
だがその日の夜、薬の瓶の横に小さなものが置かれていた。
薄いレースのリボンで結ばれた、綿のシュシュ。
肌に優しい布地で、汗を吸ってくれる。
きっと、この髪を束ねるためのものだ。
私の髪が濡れて寝苦しそうだったから――
彼女は、それを選んでくれたのだろう。
それだけで、胸が熱くなった。
彼女の名前は、まだ知らない。
でも、もうずっと前から私は――この人に、守られていたのだ。