奴隷ルートからの脱却
「……貴女、死ぬのよ?」
ぽつりと、リリスが呟いた。
問いかけではなかった。
確認でもなかった。
ただ、不思議そうに、まるで私の反応が理解できないという顔で。
「……うん」
私は頷いた。
頷けるだけの力が、まだ残っていたことが、少し嬉しかった。
「奴隷になれば、助かるのよ」
「でも、それじゃ、姉さまの妹でいられなくなる」
私は目を細めて、彼女を見つめた。
淡い光に照らされたリリスの横顔は、どこか泣きそうに見えた。
でも、涙はなかった。
彼女は決して、泣かない人なのだ。
「今日はいっぱいお喋りしてくれて……嬉しかった」
そんな言葉すら、彼女は黙って聞いていた。
私の呟きに、ただ目を瞬きもせず、静かに見つめ返すだけ。
不思議な感覚だった。
前世でも、こんな風に見つめられた記憶はなかった。
あの頃の私は、病室で一人だった。
両親は最初こそ頻繁に来てくれていたけれど、最後は……ほとんど、来てくれなかった。
息を引き取ったとき、私は本当に、一人だった。
でも今。
姉さまがいる。
私のそばに立っている。
もし、このまま死ぬとしても。
その瞬間を、彼女が見届けてくれるなら。
それはきっと、前世のどんな瞬間よりも。
温かい。
静かに、時間が流れていった。
何時間が経ったのかはわからない。
呼吸が荒くなっていた。
血が冷たくなっていく。
生前に感じた、命が潰える前触れ。
もう、何も怖くはなかった。
私はぽつりと、最後の言葉を漏らした。
「ありがとう、姉さま」
視界がかすむ。
その時だった。
リリスが、動いたのが見えた。
目を開けたとき、私は死んでいなかった。
苦しみが、消えていた。
魔力の流出も、痛みも、喉の渇きも、すべて。
私は、まだ生きていた。
上体を起こすと、ベッドの脇にコロンと音を立てて転がったものがあった。
空になった、小瓶。
その前に、リリスが立っていた。
いつものように無表情で、けれどその瞳は、どこか違っていた。
「……姉さま?」
声をかけると、リリスは静かに言った。
「私の妹でいるために、命を捨てても構わないと感じているなら」
その声音は、いつかゲームの中で聞いたような、けれど決して出会えなかった。
もうひとつの可能性だった。
「貴女は、奴隷には相応しくないわ」
「貴女は、私の共犯者として……生きなさい」
私は、言葉を失った。
これは、ゲームでは決して聞けなかった台詞だった。
奴隷として見えざる鎖につながれ、破滅へと導かれた「あのルート」では、絶対に。
それが彼女の「救い」になるかどうかは、まだわからない。
わかっているのはひとつだけ。
私は、彼女の妹でいることを、選べたのだ。