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悪役令嬢の妹

私はアリス・エルメロワ。


双子の姉「リリス・エルメロワ」と同じ日に、同じ母から、同じ血を分けて生まれた。

だが、何故だろうか。

私には何もなかった。

まるで、全てをリリスに吸い取られたかのように。


魔力も。体力も。気力も。

そして、生きる力さえも。


「一族の恥だ、表には出せん」


鳴き声を上げる事さえできず苦しむ私を前に、父と母はそう言ったらしい。

私の生存よりも、貴族としての誇りを優先された。


誰にも見せられない、使い道のない出来損ない。

その結果として、私は離れの塔へと送られた。

遠ざけられ、隠され、忘れられるように。


私に言葉をかける者はほとんどいない。

必要最低限の世話をこなすメイド。

そして時折、ただ私を見に来る姉さま。


姉さまは、いつも無表情だった。

私を見る時間はほんの数秒。

何も言わず、何もせず、ただ見つめてから立ち去る。

まるで私の死を待っているかのように。


「姉さまは、私の命すら欲しいのかもしれない」


そんな風に思ってしまうのも、仕方のないことだと思う。

私の存在には、それほどの価値も理由もなかった。


十歳の春、私は起き上がる事さえできなくなった。

魔力欠乏症。

体を巡る魔力が枯れ、生命活動すら維持できなくなる病。

夜半に訪れた医師は言った。


「数日中に、激しい痛みとともに命を落とすでしょう」


だから、何をしても無駄だ。

医者は、暗にそう言っていた。


私は何も答えられず、まぶたを閉じる。

上手く息が出来ない。

眠ったまま死ねたら、楽だろうなと思った。






夢の中。

とある病院の、とある病室。

壁際に設置されたモニターの向こうから、彼女の声がした。


「私が作ったこの薬を飲めば、魔力欠乏を一時的に抑えられるわ」


「その代わり、貴女は今日から私の奴隷になりなさい」


その画面を見ながら、私はぼうっと見惚れる。


私は、生まれつき病弱だった。

その殆どを、痛みの中で過ごした。

血液の流れが、痛みを産む病気。

1日のうちの殆どを痛みに苦しみ過ごしたが、穏やかな時間もあった。

そんな時は両親が与えてくれた、このゲームをやっていたのだ。


乙女ゲーム『聖女と王冠のソナタ』


その間だけは、私は苦悩を忘れられた。


毎日毎日、繰り返しプレイしていた。

その中で、私が好きなキャラクター。

それが、この台詞を語っている少女。

悪役令嬢リリス。


皆が幸せになるゲーム中で、リリスだけは不幸だった。


「まるで私みたい」


不幸な出来事で、歪んでしまった彼女に感情移入した。

私だって、同じ状況ならそうなるかもしれない。

こんな子が不幸なままで終わるのは、悲しい事だった。

幼いながらにそう思った。


そして、私は10歳でこの世を去る。

最後までひとりだった。






目を開けると、私はあの塔の寝台にいた。

アリスとしての記憶も確かにある。

けれど、それと同時に、前世の記憶も鮮やかだった。


魔力欠乏症の苦しみは、まだ続いている。

けど、生前の病に比べれば、幾分楽な気もした。

私は気を静めて、息を整える。


その時、扉が開いた。


静かな足音。

姿を見せたのは、リリスだった。


今日はいつもと違う。

彼女は立ち去らず、私の傍らまで歩み寄ってくる。

その手には、小さな薬瓶。


淡く輝く、青い液体。


わかる。

これが何か、私は知っている。


魔力欠乏症の進行を抑える薬。

ゲームの中で、リリスがヒロインに差し出した「運命」だ。


ゲーム中の回想で、アリスはリリスの問いかけにこう答えた。


「助けて、そのためなら妹であることを捨ててもいい」


きっと。

それがリリスの人生を狂わせる始まりだったのだと思う。

この薬を差し出したとき、リリスはアリスを試していただけなのかもしれない。

けど、本当に奴隷になってしまったから。

きっと、それで何かのタガが外れてしまったのだ。


それが真実かどうかは、彼女にしかわからない。

でも、私は。

私は彼女を、そういう人だと思いたかった。


たとえ誰に否定されても。


「私が作ったこの薬を飲めば、魔力欠乏を一時的に抑えられるわ」


「その代わり、貴女は今日から私の奴隷になりなさい」


姉さまは、ゲームと同じように私に問いかけてくる。

けど、私の答えは決まっている。


「姉さまの妹でいられなくなるなら……」


「そんなお薬、いらないの」


私は微笑んだ。

痛みで震える唇を、懸命に持ち上げて。


それが、リリスの胸にどんな言葉より深く届くと、どこかで信じていたから。

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