9話 目覚め 1
「庶務のブルーナは変なことになってるし、ハルバジャンじゃむさ苦しいし、ロニーはエアグライダーで哨戒だっけ? あんた歳は近いし、茶坊主だからねっ。これ、タグパス!」
「うッスっ」
「任せたぞぉーっ? はっはっはっ」
作業機整備の手伝いも一段落して、もう1眠りしようかと思ってたら、ぽっちゃり系の船のコック長チュンさんに捕まった俺は給仕の格好させられ、茶と茶菓子と軽食を乗せたワゴンを押して姫と艦長達が改めて会談するらしい船室に行くことになった。
「俺、歳近いのかな??」
ボヤきながら船室まで来ると、首から紐で提げたパスで入った。
「失礼します。お茶と菓子とサンドウィッチです」
船の制服の姫、侍女服? のブルーナさん、きっちりと通常制服を着たガーラン艦長と秘書のオンディーナさん、それから白い正装制服のミコがいた。
茶は既に出され、艦長とミコは帽子を取り席に着いていて、オンディーナさんとブルーナさんはそれぞれ艦長と姫の側に立って控えている。
「ザリデ君、インターフォン使いなさいな」
「少年、知らない警備と人だと撃たれちゃうよ?」
「え? 了解ッス」
ブルーナさんとミコに注意され、オンディーナさんにも「早く」と小声で急かされ、俺は慌てて、倒れそうだからとテーブル中央に近かった艦長に手伝ってもらってケーキスタンドを置き、
「ありがとう」
「うッス」
姫にお礼を言われながらワゴンの側に引っ込んだ。姫、可愛いけどミコの正装もいいな、なんて思ったりしながら。
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席に着いたばかりだったガーラン艦長は改めて背筋を伸ばした。
「姫殿下、御身体の方は?」
「問題ありません。わたくしばかり質の良いアムリタ液を使わせてしまって···」
「いえ、御身には重責があります。侍従や臣下の方々は然るべき時に弔いましょう」
「はい」
涙ぐむ姫をブルーナが気遣った。···なお、この船の経理と庶務は若手職員2名に丸投げされている。
「こちらを」
話が情緒的に流れる気配を牽制し、オンディーナがスティック端末を台座に差してテーブルに置き、3名の人物と簡単なプロフィールを姫と艦長の方向に2面、映像表示させた。
オンディーナの性急さに艦長とミコとブルーナは鼻白んだが、艦長は本題に入ることにした。
「情勢はブルーナから御聞きになられましたね?」
「砂海はどこも無政府になってしまったのですね」
「人口が減り過ぎました···この者達ですが、姫の後援者候補です。残念ながら姫は単なる難民では、あらせられません」
「はい。理解しております。続けて下さい」
「向かって左のターバンの男。アスマイール・モガリア・ジュカ。滅びたモガリア朝の血を引く中ではエアギルドに近い方で、王族としての早期の」
「お断りします。ジュカ氏の子孫ですね。私は権威付けの為に結婚することになるでしょう。ジュカ氏は、あの戦いで東部連合と西部連盟双方に国とバド氏を売って隣国に早々に逃げた者達です。またわたくしは王族としての身分には拘りはありませんっ」
エルマーシュ姫の目は怒りで燃えるようであった。
「そう、ですか···御身分はともかく、公式の歴史や公文書とは実情が随分違ったようですね。あっ」
ミコが立体映像を操作して即、イスマイールの画像を消した。呆れる艦長。
「はい次!」
「続いて、ツーブロック···おほんっ、この短髪の女性は」
「エアギルドと近い有力なこの地の活動家の方ですね。お断りします。この方は東部連合や旧反乱軍系の勢力と近過ぎるようです。優位な立場を得られても生きた心地がしないことでしょう」
「はい消えたーっ!」
有力活動家画像も消してしまうミコ。
「そう、ですね···最後の方は私の閥の直属の上司に当たる。エアギルド・ザハキア大陸局、局長。ヒロシ・オールドフォックス氏です。公正な方ですが、正直後ろ盾としては弱いので、ザハキア大陸のギルド本部で一旦御身の安全の確保して頂き、モガリアの文化財保護や公式史の修正交渉、旧モガリア民の生活支援等に力を注いで頂くことになるかと···」
高齢のオールドフォックスの画像は聡明そうであったが、淡白な様子もあった。
ここでオンディーナが画面をさらに操作し、小さめの表示で一気に数十名の人物の画像を出した。
「一段格落ちしますので、個別の条件次第では他にまだ多数後援候補者はいます。静かに暮らされたいのであれば、むしろ目立ち過ぎる方は避ける、ということもあり得るかと」
「オンディーナ、先走り過ぎだ」
「失礼しました」
艦長に注意され、オンディーナは下がったが、興奮した様子であった。
「姫殿下、申し訳無い」
「いえ、艦長。わたくしはヒロシ・オールドフォックス氏の後援を受けたく思います。しかし、その前に、西に、行って頂けないでしょうか?」
「「「西?」」」
艦長とミコ、それから聞き入っていたザリデが思わず聞き返した。
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真夜中に、重力環で空中停泊していたリュウグウクランのグリルポークIIが突如、西、へと進路を取り出し、哨戒していたエアグライダーも西へと去って索敵外となると、地上の砂丘の陰の砂中から出ていたワームカメラの底から、1機の陸戦ステルス型鉄鋼機が上半身を出した。
近くにいた砂蟲、オオサソリモドキ数匹が慌てて逃げていった。
東部連合の砂漠地帯仕様のゼゥムンIIの改修機であった。カーキャラバン『サーレッハ商会』のロゴが記されていた。
「こちらゼゥムンII改、041。エアギルドの船は西、ヤァデ渓谷方面に向かいやした。データ送りやす。引き継ぎを。あ、変わらずエアグライダーとドローンを交互に飛ばしてやすね」
パイロットの男が音声で通信していた。砂漠には密かに中継ドローンをキャラバン本隊まで数機、埋め込んでいた。
「怪しいな。こりゃ商売のニオイがするぜっ」
ガーラン艦長が最初に報酬を受け取ったキャラバンの長、サーレッハは通信機の前で不敵に笑った。