8話 エルマーシュ姫 2
グリルポークIIは依頼人の元で向かい出していた。先にカーキャラバンの方に行くらしい。
俺は入口の脇に『ジェム姐は勝手にロック解除しないこと!!』と兎の絵に✕印付けたのも添えた張り紙を貼った自分の船室に戻ってた。
もう2時間休んでから作業機の整備手伝うように言われてる。
「ええっと、モガリア朝。なんかあったよな···」
部屋着でベッドに寝転んで、手首に通したストラップの先のスティック端末の立体映像を操作する。
俺は歴史、の項目で検索してなるべくシンプルなのを開いたが凄ぇ文章量! 文圧っ。
「読み難っっ」
俺はざっと解読した。
モガリア朝は80年くらい前に滅びた(どの時点で滅びたとするか正確にはまだ定まってないっぽい)、中立王制国。
存続期間は170年程で大戦前の国ってことになる。元々はエル教を信奉する脳波感応器の技術者達が放棄されたオアシスベースに住み着いたのが始まりらしい。
末期は過激派民主化勢力が東部連合の後援でクーデターを起こしそのまま内戦化して、国は壊滅! 人口の4割は死に、5割は難民になり、残り1割は東部連合支持者と西部連盟支持者に分かれてこのヴァズン地方の方々に散って今でも自警団やカーキャラバン、マフィアとして威嚇し合ってた。
「うはぁ、メンドクサそっ。というかモガリア朝の破綻て、俺が中等教養試験受けたとこでも史学と地政学のカテゴリーでやっぱあったよな」
現在進行系で揉めてる上に、俺の活動地がヴァズン地方の隣の隣、くらいだったからオブラートかつ端的だったが、あるにはあったと今思い出した。
「···ガーラン艦長、どうするつもりなんだろ? ま、売りはしないだろうけどさ」
そう口には出してみたが言う程艦長のこと知らなかったりもした。が、俺にはどうしよもない。
「寝よ」
寝れる時に寝る。これに関しちゃ原石採集業やってる時から変わんないぜ。
俺はベッドでコテっと眠ることにした。
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砂漠の、低温の夜となっていた。
ガーラン艦長は秘書のオンディーナと護衛のハルバジャン、四輪バギーモービルの運転手のロニーと共に自警団トドル警備社が、公的な蟲避けの野営地を勝手に占拠拡大した拠点を訪れていた。
グリルポークIIは見える位置の砂丘に着陸し、ほとんどの蟲が反応しない、暗い色調のグレイライトをこれ見よがしに照らして存在を誇示している。
カーキャラバンの方は谷を埋めたことを怪しみはしたが、実際の経費とは関係無く最低額の経費請求で支払いを済ませ、引き下がらせていた。
「なぜ? 俺達を後に回した。エアギルドは商人どもを優先するのか?」
わざわざ水煙草を吹かしてみせる社長の肩書きの頭目が面子の方を口に出し、ガーランはむしろ安心していた。
「カーキャラバンは遅らすと難癖を付けて値切ってくる。うんざりでな。それに、君等が近くのオアシスベースではなく、それぞれの拠点を動いてくれないから現地から近い方を回らせてもらったのさ」
それ自体は事実であったが、ガーランはよりうるさ方ではあっても年中近隣オアシスベースやカーキャラバンに集ってる自警団と違い、資金力とネットワークも強いカーキャラバンを優先した。
「ふんっ。それならいいが、あんな金の亡者と同列に我らを考えるなよ? そもそもヴァズン地方の主権は我々革命的な」
講釈が始まり、ガーラン艦長は閉口させられたが、どうにか話はつけ、ロニーに見張らせていたバギーモービルで艦への帰途につけた。
トドル警備社の拠点を出て、オンディーナは端末で車内の密閉と遮音、車体への監視機器取り付けを再確認すると、
「私語、結構です」
と宣言し、他の3人を安堵させた。
「大抵の自警団は化石のような連中だが、今回はさすがにだよ」
「カーキャラバンのヤツらは掘り返すやもしれませんぞ?」
「シェルター船の強度と劣化具合と、ハイナパームも使わせた。質量は疑うだろうが、溶けたピザを掘り返すだけだ」
「今回、大変な赤字です。旧王族の方の扱いを含め、エアギルド内の的確な閥との交渉が必要です」
「艦長、ミコがいる時点でウチは絡まれがちだしよぉ、気を付けようぜ?」
「···オンディーナ、リストアップしておいてくれ」
「かしこまりました」
制帽までは被っていなかったが、着崩していなかったガーラン艦長はボタンを緩め、砂丘を漕ぐように走るバギーの揺れに顔をしかめた。
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私の知識と、検索結果と、ジェムが解析したオートボットのメモリーから、それらしい装束を衣料調整室で作ってもらい、試着してみた。
「あら〜? 辛気臭くない?」
「そんなことないわっ!」
「ええ〜?」
奇抜な格好の衣料調整員のボミミに猛反論し、手縫いの調整や衣料製造機での色調変更を断り、私は衣料調整室を出て足早に通路を進んだ。
「でよ〜、カーキャラバンのヤツらわざわざこっちのバギーの隣に輸入高級クラシックバギー停めてマウント取ってきやがってさぁ」
「爆破してやりゃいいんだぞっ! そんな、おおぅっ? ブルーナ??」
「ごきげんよう」
私は向こうからドーナツ齧りながら行儀悪く歩いてきたロニーとジェムに優雅に会釈してみせた。
「「ごきげんよう??」」
完全再現! な、モガリア侍従服と作法に度肝を抜かれた2人とすれ違い、私は『とうとうお仕えできる本物の姫様』の船室のインターフォンのブザーをうやうやしく押して差し上げた。
「は〜いっ、誰〜? てっ、ブルーナ! なにそのコスっ?! あはははっ!!」
インターフォン画面に出て爆笑する、だらしない部屋着のミコ! 私は速攻で部屋に飛び込んだっ。
「ミコ!! なんて雑な人間なのあなたはっ!」
「いや、今、休憩中だから···」
「ふふ、ミコさんはわたくしとお話に来て下さったのです。ブルーナさんもお茶にしませんか?」
ジェムの制服を着てらっしゃる姫が手ずからお茶の支度をして下されりて候ごじゃりますればっっ??
「エルマーシュ姫殿下様! お茶等、私が淹れますからぁ〜〜っっっ」
私は俗なミコがドン引きするのを無視して、感涙しながらお茶の支度を始めたっ!
工学遺物学は就職の為に学んだけど、私の心は史学部・王宮女性文化学科と共にあるのだから!!