72話 Re:universe
気が付くと俺とアンゼリカは水平線まで続く湖の上にいた。立ててる。凪の海なのかもしれない。
遠くで銀色のガラス細工のような巨大な蟲が水面から上がり、また水中に潜っていっていた。
昼間の景色だが、空にはうっすら銀河が見えた。
「またか」
「共振は攻撃でない、という判定なのでしょう」
俺もアンゼリカも保護スーツは着ているがメットは被っていない。
そして、いることはわかる。
「バドアトン、出てきなよ」
水面から、両足を失ったシルエットまま、しかし全身を無数の人骨で覆われたバドアトンが覆われた。
(改良され、私にはバドリーラを上回る性能があった。13番目のラルヨーシュも私を扱う適性があった。仮に最大出力を引き出せる御子エルマーシュが搭乗しても、今の私はあなた達に勝てたはず)
「当然てすよ? 私とザリデの最大最強最速ですから」
肩を組んでくるアンゼリカ。気付いてないだろうけど、段々ミコっぽくなってきてんな···
「バドアトン、ジガIIはお前を人を許さない人の意志と言っていた。確かに敵意は凄かったけど···俺は少し違う風にも感じた」
肩組まれたまま真面目に話すのやり辛っ。テレパス共振でもいい匂いするし!
(いい匂い?)
「そこ拾わなくていいからっ」
「なんです、ちょっと···」
距離取ってくるアンゼリカ。当たり屋だろっ?
「とにかくっ、お前は···悼む心、なんじゃないか?」
(···心)
骨だらけのバドアトンの全身が光る粒子になって徐々に崩れだしていた。
(御子達は、歴代の神官どもの狂気と人類の虚しい有様を、受け入れていた。私は、零号、バドリーラに宿ったそれらを見詰めて現れた自我を引き継いだ。あるいは、不完全な私の開発に消費されていったラルヨーシュ姫達を見続け、私は現れたのかもしれない。いつか、虚しさに掻き消されてしまったが)
崩れてゆくバドアトン。両腕も失われる。
(闇は、深かった。私は、結局、オドカグヤに満たない、旧式だったか)
(違いますよ)
激しい光と共にエルマーシュ姫と似た、より幼い、いやXIIIの生き写しのような古風な王族の衣服を着た少女が中空に現れた。
「初代、ですね」
「ラルヨーシュ姫?」
たぶんエルマーシュ姫の妹。逃れられなかった人···
浮遊するラルヨーシュ姫は崩れゆくバドアトンの頭部に身を寄せた。
(私はあなたの怒りにずっと護られてた。あなたが私を見失った後も)
(姫···せめてラボのあなたのサンプルだけは連れてゆきましょう)
認識できた。東部首都やバドアトンの母艦にあった全てのラルヨーシュシリーズのサンプルが結晶化して砕け散っていった。
(ありがとう、バドアトン。ありがとう、ザリデ、アンゼリカ。バドリーラ。それから、姉様···)
ラルヨーシュ姫は笑って、光に還っていった。
(戦士達よ、XIIIを預ける。既に身体はE級に安定化させたが、深い眠りの中にいる。私が見逃せた姫は、2人だけ、だ)
バドアトンは頭部まで崩壊し、俺達は···
バドリーラは、光る粒子の渦の中、コクピット缶以外は粒子化して崩れてゆくバドアトンを前にしていた。
コクピットの真下に取り付けてあった核弾らしい自爆装置も消滅させる。
「開けるよ?」
「大丈夫でしょうね?」
ハッチを消滅させ、結晶だらけのコクピット内で、しかし身体の結晶化は見られないスーツを着た小さなXIIIが気を失っていた。
こっちのコクピットを開け、固定ベルトを消滅させ、慎重に粒子で包んでこちらのコクピットまで運んだ。
「起きて暴れる可能性を考慮し、後部席で保護します」
「頼むよ」
あっちのコクピットの向こうに結晶に埋もれたバドリーラとそっくりな感応器が見えた。
「皆、いるから。バドアトン」
バドアトンは完全に光の渦に消えた。
「···この渦どうする? XIII説のルールだと吸収したらバドリーラ強くなり過ぎるんだろ?」
「嫌ですよ、私達まで御神体みたいにされるの!」
光の渦の扱いに俺達が戸惑っていると、
「「っ!」」
猛烈な熱弾の連射が光の渦を襲った。全て弾かれたが、渦とリンクしてる俺達は認識できる。艦砲だ。
バドアトンの母艦の小艦隊がこっちに迫っていた。手に取るようにブリッジの様子がわかった。
「ナハハハハっ! まさに超越的! モガリアの信仰が体現されているじゃないですか!! 核を撃ちなさい! 先程の艦砲が無効なら削る程度ですっ。重エアグライダー全機の出撃も用意ぃっ、なにを置いても! サンプルを手に入れますよっ?!」
騒いでる技官だかなんだかがめちゃくちゃ言ってるよ。
(なんか使い切るのにちょうど良さ気なの来た)
(Dr.マルキは始末した方がいい気もしますが、さすがに失脚するでしょうから···ま、いっか)
バドアトン母艦隊の核弾連打を光の奔流で消し飛ばし、ついでにその艦隊の武装と推進機構を全て削り取って無力化した。
「ナハぁーーっっ??!!!」
うん、脱出ランチに乗っとけ。
今ので渦は4割は使った。この調子で後退しながらちょこちょこ余剰な粒子を使っていけばいい感じに使い切れ···
「ザリデ!」
「ぅお?!」
使ってはずの粒子が削った質量やエネルギーを巻き込んでバドリーラを中心に戻ってきてしまった。
より強化された光の渦が逆巻きだす!
周りの東部機や、離れた東部艦が恐れて砲撃してくるが、そのエネルギーを吸収してさらに渦が拡大する!!
「これ解除できないか?!」
「永久機関じゃないですか···」
こっちから吸収しなくても拡大する渦に呼応し続けるだけでバドリーラの力は高まり続け、失った左腕や損傷も粒子で復元し、全身も初期のバドリーラような装飾過多な神像のように変化しだした。
マズいぞっ、これはっっ。もうそういうシステムが起動してる感じだ!
(理論上の物理限界を)
急に声がして、光って透けた古風な王族服を着た女性が俺の側に現れて後ろか抱くようにマニュピレーターを持つ俺の両手に両手を添えてきた。温かい。
「急に女が来ましたぁーっ! コイツ、絶対パイロット! すぐわかる女のパイロットですっっ!!」
アンゼリカ、うるさい···
(ちょっと失礼しますね。私はエルマーシュの前の御子です。差し迫っているので詳しくは省略します。あなた達は軽々と神官技師達が夢想したバドリーラの到達点に至ってしまいましたね。この子を自由に扱ったのはあなた達だけでした。思えば、神秘の境はいつもすぐ側にあったのかもしれません)
「いいからその手を離しなさい。さっきからもうっ、このコクピットは怪奇現象フリーではありません!」
(私は透けていますが足を頭部にめり込ませるのはやめて下さい···)
「ごめん、話、進めてほしい。アンゼリカもちょっと黙って」
「ガルルッッ」
(はい、戻します。バドリーラは力が高まり過ぎて物理的にこの宇宙に存在できる限界に達しつつあります。このまま、神に等しい存在になるか? または力を使い切り、全ては叶いませんが、この宇宙にいくらかの変化をもたらしますか? ここに至ったあなた達には選ぶ権利があります。私はそれを介する、モガリアの御子)
俺はベルトを外し、後部席で簡単に固定したXIIIを抱えたアンゼリカを振り返り、頷き合った。
「俺は」
「私は」
御子に、バドリーラに、俺達は願った。
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全ての粒子を吸収したバドリーラは激しい光を放ちました。
ザリデは両方どうにかしようとしたけど、今吸収した限りのパワーで感覚的に無理だとわかりましたし、これ以上の渦の拡大吸収は制御不能になることでしょう。
規模は大きくてもしょせん、ただのサイキック。私は過去のテレパス拡大実験で脳が破裂した旧型の私達の記録等も見ています。
光は、
各所のラボ等のモガリア機体のコピー感応器の類と主なデータを破壊してゆきました。
バドリーラはジェムと火星オババ2人の頭の中にあるだけのデータで十分でしょう。イカボットは念の為に全て消してしまいましたが···
(アンゼリカ! モガリア系の培養兵達もっ)
光の中で裸のザリデがXIIIを抱えた裸の私に言ってきます。
(担当機体を失えば私達がS級調整されることはなくなります。新型の売り込みはいつも後ろがつかえてます。ロートルの私達は時間差で消えてゆく。それは苦痛ですが、この世の範囲でしょう。巡り合った人々がきっと、少しずつ変えていってくれます。私や、XIIIや、Ⅻのように)
(···わかった。じゃあ、最後は)
(ええ、どちらかと言えば、横入りしたのは私達ですしね)
私達は手を月に差し伸べ、残った光を放ちました。
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「はぁはぁ···」
さすがにしんどいっ。
ユニクスII改の右脚と頭部ももうなかった。武装はレイライフル1丁とレイキャリバー1本とシールド、有線ボット1基、あとは特殊弾少々···
バドリーラの方はもうなんだか凄いことになってたけど、経験者は語る! S型機でどんだけスーパー現象で大活躍しても、その後のガタガタの機体で撤退がマジで地獄だからっ。
「いい感じで荒れてきてくれてはいるけど」
後方ではリュウグウクラン艦隊に加え、西部軍が混乱に乗じてガンガン前に出てきてくれてる。
このルートもそこそこ敵機を払えてる。ま、バドリーラの撤退路って把握できないと意味わからんとこで単騎で居座ってるヤツってのもあるけど。
···と、お? だよね? よっしっ!
渦と閃光の収まった宙域から、バドリーラの機体コードの高機動パックのリーラII風の機体(どゆこと??)がちょいちょい東部機に絡まれながらこっちに来る!!
コードもだけど、気配でわかる! というか、また保護対象増えてない?
「そゆとこあるよね、少年達さ」
『帰還、実行、姉、有用』
光信号を打って狙撃で援護を始めた。
んーっ、帰るよ!!




