68話 炎の名前
使えないでもなかったが、木星のガス資源の活用は現在では禁止されている。
技術革新に加え木星系スペースピープルの貴族化、及びその圧政、際限もない軍拡、が最大の理由だった。
2億人を越えた木星系スペースピープルは西部連盟、東部連合、宇宙公社の共闘による木星星団軍の壊滅によって命運が尽き、あらゆる司法を無視したライフライン遮断と当時の無法者達の木星圏への大量追放で、わずか7年で全ての現地スペースシェルは滅びた。
「お、やっぱ富裕層エリアは剥がしがいあるな」
スペースシェル残骸をさらに砕く、艦船をはるかに上回る長さの巨大破砕アームのオペレーターの男。ペアで作業するのは巨大捕獲アームのオペレーターだったが、通信は繋いでいてもドワーフチェスの名勝負の解説音声を流すばかりで無言だった。
回収しているのは木星圏のとあるスペースシェルの残骸。装飾華美な建材や調度品あるいは凍り付き水分の抜けた漂う死骸の扮装は、中世のような文化に傾倒していたことが伺えた。
この部位の貴重品はドローン探索で回収されているはずなので、捕獲後は大まかに分解分類され、リサイクルに回される。死骸もただの有機物で、船内の農園か公園の肥料原料か飼料原料か、土構成材として使われる。
「···来月の慰問、モリンちゃんかぁ」
モリンシリーズはE級培養兵であるが、木星圏では貴重であった。現在78体が運用されている。
「一晩200万ロッコで抱けるってホントか?? 200万···ギリいけるっ!」
宇宙海賊とコメットドワーフ上がりのオペレーター2人はそれなりによそ事に気を取られながら、栄華を極めたスペースシェルの残骸を砕き、回収していった。
両者は宇宙公社の超大型資源解体回収艦エンブリオIIIの非正規船員であった。
エンブリオIIIがこの宙域で運用されだして21年が過ぎていた。船員達は通常艦で数年おきに交代している。
船に長距離高速航行能力はなく、木星で建造され、補修改修を受け続け、最後は完全なスペースシェルにリサイクルされる予定であった。
「···現着時、変に荒れたり巻き返そうとしださなければいいがな」
表示した降格前の尊大な顔付きの画像のスレイマンの資料をチラ見して、すぐ閉じる艦長。
「噂の提督殿ですか? 我々が定年するまでに来ますかね? たらい回しでしょう」
「すれ違いはするだろう?」
「はは」
エンブリオIIIの艦長と副艦長は着任から一度も交代していなかったが、さすがに木星圏を去る時が近付いていた。
艦長はふとカメラを向け拡大すると、木星は今日も泰然とそこにある。
「そう言えば、前回の帰還団の過激派の連中はどうなったんだろうな? 向こうで紛争中なら舌舐めずりしだしそうなもんだが、まだ着いていないのか? ヘリウムの盗掘団とも合流してるはずだが···」
「途中でガス事故を起こし、纏めてくたばってくれていれば宇宙も少しは静かになります」
「···ヘリウム事故の後処理等、目も当てられんよ」
もう少し若ければ、木星圏から出す前に処理に動けたのかもしれないと思いつつ、一方で世界を都合よく変えられると思い込んでいる愚かな若者達を、どこか羨ましくも思える老いたエンブリオIII艦長であった。
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我々、木星憂国優越血統星団軍は次の制圧···もとい、解放目標地を腐敗し切った東部の小型スペースシェル・アコヤIVと定めた。
「木星の旗を掲げろ!」
大将軍メルジア閣下の号令に我々は歓喜と勝利の確信に震えた。
「「「再びの栄光をっ!!!」」」
我々の機体を牽引する5隻の戦略移送艇ユピテルランスは気高き我らの心臓たる新星団軍を離れ、目標軌道を目指した。
「ふふふ」
私は微笑みながらスーツ内の芳醇な天然ラベンダーの香りのガスを吸い、約90分の安定スリープに入ってゆく。
我ら新星団軍は下等な地上商圏の小型スペースシェルを既に5基掌握している。現時点で総人口は400万人を越えた! 愚劣な国内抵抗者も数十万は出る見込みだが目減りしても、誤差の範囲であるっ。
そもそも新たなミックスクローンの素材は8万人程度であと4世代は問題ない···
「1000年王国ではないかっ」
私は確約された勝利と栄光の事実にまたしても感涙し、静かに眠りを落ちた。
(···母さん、父さん!)
(ハハハ、ご覧、我らが母星、木星の雄大さを)
(たくさんガスが取れるから安心ね)
(そうだね! ずっと一緒だねっ)
(((アハハハッッ)))
極めて希少な純血の木星系ミックスクローンである我々の世代には父母がいない。
よって、サイコセラピーによるこの共通の、あるべき木星の家族の記憶こそが、我らの故郷!!
父さんっ、母さんっ、取り戻してみせるよ! 木星の栄光をっ!!! 灯すよ、革命の火を!!
(···寝込みではデータが取れない。起きろ、燃えカスの出来損ないプロパガンダコピー体どもっ!)
子供の思念?!
我々は慌てて起きて、アンモニアガスの気付けで意識をはっきりさせてゆくっ。
ユピテルランスからの警告音も鳴り響く。
斥候ドローンは全機破壊されたが、最後のデータ送信では相手は1機だった。
スプライトガスを高濃度散布させる。
「単騎だと?! ···各自テレパスアタックに備えろ! アンノンウンはS型機と想定!!」
他の4隻にも光信号で伝え、効果はシュミレーターでしか体感できないテレパスシャッターを最大値に上げ、ユピテルランスを減速防衛モードに切替えさせ、迎撃ドローンをバラ撒く。
我々の鉄鋼機ネオ・ユノーはユピテルランスとの接続を解き、隊列を組んだ。
小型スペースシェルを制圧可能な戦力だ! データ取りだと? 培養兵特有の非常識だなっ。戦争は論理的に行うものだろうが?! 思考の足りないヤツだ!
···相手は留まっている? いや、接近! 速っ、な??
(なんだ?)
闇が、迫ってくる?? 前方から、あらゆる観測が効かない黒い渦? のごときガスが迫っていた。
「撃てぇーっ!!!」
パックを含め、全弾放つ! 迎撃ドローンにも撃たせたが、ガスは止まらないっ。推進力は?! ジャマー効果のスモークを放出したのか? いや指向性が??
我々は迎撃ドローンを特攻させ、一旦ユピテルランスの側まで下がりだしたが、ドローンは分解誘爆させられ、有機的な触手状に変形した黒いガスは加速して我々の隊を襲い出し、ユピテルランスも呑み込みだしたっ。
「うぉおおおっっ??!!!」
ガスの暗黒の中から黒い機体が噴出し、全ての武装と四肢を分解された私のネオ・ユノーの頭部を掴んだ。接触回線が繋がれた。子供の声が響く。
「最近バドアトンが大喰いになった。歓べ、本物の炎の足しにしてやろう」
黒い、発光現象っ??!!! 機体が、いやっ、私自身が結晶化してゆくっ!!
「悪魔めっ!!!!」
完全に結晶と化した私はしかし意識があり、砕かれ、なにか、黒いモノに吸引され、私は闇の一部となり、やがて私は私は···私? あ、あうおあめんあもももぅよよ······
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俺達はアステロイド帯のビルボベースに戻ってきていた。ゼンモンベース崩壊の影響もすっかり落ち着いた様子だった。
「点火を」
ビルボベース艦隊の司令官がスティック端末のマイク機能で呼び掛けると、俺達は葬送トーチてここでは呼ばれてる先端に火を灯す物に火を灯した。
使用は親族、艦隊関係者、参列宗教者の内教義に反しない人達だけ。宇宙拠点内だから大量の火の扱いは一応デリケートだ。
参列者は全員黒か灰の喪服や喪装式服を着ていた。俺は黒。アンゼリカは、
「ピンクが浮くから」
と灰を選んでた。
エルフィンゲート戦と、できてなかったゼンモンベース戦の合同葬送式だ。俺達の被害は限定的な方だったけど、どっちの戦場でも数隻沈められてるし機体戦も無傷じゃない。
死者は900人は越えていた。船が沈むとどうしても一気に増える···
「良き鎚と、輝く火花の祝福を」
合同だから無宗教なんだが、ここのドワーフに信者が多いブラーマ神教の影響が強い感じだ。たださすがにブラーマの神官は出しゃばれないから、参列するだけ。
進行はあくまで艦隊司令官で、苦手らしく、大汗をかいていた。
髪を纏めた黒の喪装のミコは灰の喪装のビンと神妙にしていた。
「戦士達の勇敢を称え」
ノース3位とサティーはちょっとどこにいるかわからなかった。
ガーラン艦長はオンディーナさんとルーラ副艦長に挟まれて、司令官のすぐ脇の上位参列者の列にいる。この後、立場的に顰蹙を買わないように慎重に弔辞を述べなきゃならないから顔色は悪かった。
ジェム姉さんは灰の喪装で、黒の軍服ではなく古風な婦人喪服を着たゼリとキャンデと、ついでに黒いリボンを付けたイカボッドと一緒にいる。
ベニはさすがに胸元をしっかり留めたドワーフ軍の喪装をしていた。
「我らの虚空の大地に、次代の命の火の繋がれんことを」
遺族代表の夫人達が、子供達を促し、装飾されたギムリー系機に守られた祭壇中央の燈火台にトーチで火を灯した。
結構大きくなるから、係の葬送事業者の手引きで夫人達は子供達をすぐに離れさせる。
炎は派手に燃え上がった。踊るようだった。空砲が撃たれ、ドワーフの楽団がビルボベースの州歌を演奏する。
(あの炎にはどんな名前が付くのでしょうか? 私はそう言えば葬儀に参列するのは初めてです)
アンゼリカが思念で話し掛けてきた。
(もう帰ってこない、とか。特進狼煙、とか。ただの燃焼、とか。だろうけど、ジガII風に言うと)
あいつ、めちゃ強かったな。とか思い出す。
(ヘコたれないし、今日も御飯食べる、みたいなことじゃないかな?)
(御飯食べるファイアですか)
(ヘコたれないバーニングだよ)
(人間って馬鹿ファイアにも見えますね)
(そこは風呂も沸かせるバーニングだよ)
(···なにも喋らず、ただの敵の、嫌いなヤツとして倒したかったです。おちょけてるヤツだし)
(そりゃ向こうも生きてるし、生きてたぞ、て言ってくるよ)
(やっぱり、嫌いです)
それ以上アンゼリカの思念を繋げてこなかった。俺達はトーチを持って、黙って、生きてたぞファイアを見詰めていた。




