67話 月を見上げて暮らしてみれば
月の近くのシェルから、オリジナルの活動報酬と告げられてようわからんまま連れ出され、初めて来た月で、
(本物の地面や)
なんて思ってる内に、月の簡易マスドライバーでG処理の甘い貨物船で衛星軌道上の拠点アイゼンガルドIIまで飛ばされてもうた。
先月までモガリア系初号の一団がいたらしいアイゼンガルドIIで、10日くらい掛けて検疫やワクチン接種と環境適応生体ナノマシン調整なんかを受けつつ地上での暮らしのレクチャーを受け、ウチはまた貨物船で紛争拡大しまくりの地上に降下···
大気圏は無事に越えらてんけど、降下物資狩りしてる高高度仕様のエアグライダーの一団に襲われた! まぁコクピットを狙うタイプの高価な対人自爆ドローンを撒かれて撃退されてたけど。
とにかくこれで降下ポイントがガッツリとズレて、ウチらは空気と重力のある中でウスノロな降下貨物船で治安悪過ぎな砂漠を目的地まで半日以上危険地帯を避けてフラフラ移動することになったんや。
やけどっ、すぐそれどころやなくなった! 忙しないわっ! 窓の外を資料と博物館でしか見たことない蟲がっ、生きてる蟲がバンバン飛んでる!!
(うおおおお〜〜っっ?! デカい! 多いっっ!!)
囲んだ蟲達が船に体当たりしだしたんやっ。
焦るけど、忌蟲剤の散布器が降下の時か物資狩りに襲われた時か? 壊れてたみたいやった。興奮した蟲は電磁波くらいじゃ追い払えんっ。降下船は足が遅く、高くも飛べへん!
もう迎撃系ドローンはほとんど残っとらん。貧弱な降下船の武装で応戦しながら野盗を呼びそうやけどどうしようもないから救難信号弾を撃ち緊急避難用の蟲除けの野営地に向かうしかない···
これあかんかも? て覚悟しとったら、エアギルドの塗装のライドグライダーに乗ったいずれもの旧式のリーラ系とバッズ系の混成部隊が飛来しやって、マシンガンとクラスター弾であっさり蟲達を撃退してくれた。
ラッキ〜。ウチらは一旦、近くのギルドの野営地で船の修理や補充をすることになったんや。
で、なんやかんやで初めて地上の地面に立ったんやけど、
「ふぅわわわ〜〜??? 脚ふわふわするっ。広っ! 日差し強っっ、空気は···砂っぽい! ごほっ、ごほっ」
「砂漠だからさ。ははっ」
エアギルドのリーダーは左目が義眼で左の手足も義肢や。迫力ある!
「降下で消耗したなら降下地近くの野営地から電信を東部拠点に打った方が無難だったかもな?」
「以前の治安ならそうしましたが、先程の救援信号弾も賭けだったので」
「まぁな」
こっちの移送担当者になんでかバツ悪そうなエアギルド隊リーダー。ん?
「この先の公社のマスドライバー基地まで送って頂けませんか? 報酬はお支払いします」
「毎度あり。だが、降りたばかりなのにもう宇宙に帰るのかい?」
「それは機密です」
「おっと〜。へへ」
ハードボイルドかと思ったら(案外軟派な感じや)とちょっとガッカリしてたら、蟲でもない普通の蠍が足元におって、ウチが飛び上がったらリーダーや移送担当者に笑われたわ···
夜はギルド隊員達カントリーゾォズの生演奏が聴けて(最高!)やったけど、翌日には修理も補充も終わってギルドに守られながら出航。
「あの音楽好きの隊長さん、東部の資料にありますね。まぁ、エアグライダーのGに耐えられないくらいロートルになったようですし、忘れましょう」
移送担当者はそんな曖昧なことを言ってやった。
···あと数時間でマスドライバー基地に着く。『月を見上げる公社の港で働かせる』それがウチのオリジナルの願いや。目指してる港は月航路の起点になることが多いらしいわ。
「旅と少々の冒険は終わりです。荷物の整理をしておきなさい」
移送担当者に医務室でそう言われ、ウチは狭い自分の船室に戻った。
(荷物いうても)
ウチの荷物はトランク1つとシェルを出る時もらった通信ロックの掛かった安物のスティック端末だけや。
開けてみたけど、トランクに大した物は入ってへん。軍服も調整着もたぶんもう使わんし。ウチはただの若年労働者。
スティック端末を取って、硬いベッドに座る。端末には何度確認しても旧世紀のとある児童向けアニメの『傑作選』と主題歌のデータしか入ってないねん。
なんかの暗号なのかもしれん。でも判断材料がなさ過ぎてお手上げや。しばらく視聴してみたけどワクワクする以外はやっぱ意味不明で、ウチは動画を止めてベッドに倒れ込んだ。
「···」
ウチにはスペアが3体おったけど、滅多にシェルのラボには来ないDr.ナンナが来やって、淡々と眠らせたまま廃棄してもうた。ウチのことはチラっと一瞥しただけ。ウチ達の生殺与奪者はなにも言わずシェルのラボを去った。オリジナルのIIIはもう担当せえへんみたい。
溜め息が出る。ウチは月への港で、どれくらい働いたら諸々チャラにできるんかな、て。
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クレア・エレクトンは東部出身の新米労働者だった。スペースピープルだという噂もあったが、マスドライバー基地では珍しくもない。
赤髪にグリーンの瞳。肌の白さは典型的な白人だったが、顔立ちは血統のミックスがあるようでもあった。華奢だが体力はあり、ひょうきん者で、賢かった。
戸籍上の年齢は14歳。通信を含めスクールには通っておらず、しかし東部と公社の高等学校卒業資格や、作業機資格等は取得していた。
「親方、Aラックのコンテナ、積み終えたんで上がらせてもらいますぅ。今日、午後から問屋街なんですわ」
「クレア、働き過ぎじゃないかぁ?」
「いえいえ、若いんで。フレッシュ!」
「ハハハッ」
クレアはフォーク作業機を倉庫の隅のドックエリアに停め、メットを取るとシャワーを済ませ、適当に化粧水をはたく等してから、カフェイン入りの滋養ゼリー食を吸い、高級問屋街のスタッフ制服に着替え、支給のコロンを振って速度制限付きのキックエアボードで風といくらかの砂を感じながら基地内倉庫エリアを後にした。
この日のクレアの免税問屋街での業務は店舗在庫整理の補助。倉庫街と違い、手作業と補助ボットを使う。ただ信用問題がある為、まずはバックヤード作業員用の事務所に行って、管理用防水ブレスレットを貸与され装着する。
「今日は込み入ってるからスティックでよく確認してくれよ? というか、いい加減買い替えたらどうだい? 免税街では浮いてるよ、それ」
ハイブランドのヨヴ・セイヤーのスティックをテーブルに転がし、同じくハイブランドのパルシエのクラシック眼鏡を掛けてる事務所のマネージャーはクレアの安物のスティック端末を見咎めていた。
「いや、これ、思い入れ···あるんで。今は通話もできるし。へへ」
「今は? まぁいいが、モリエントのアオシリーズくらいなら」
「行って来ますぅ!」
ここの若年女子労働者が大体最初に買う汎用ブランドを勧められそうになったクレアは、逃げるように事務所を出て、行く先々で在庫整理の補助を行っていった。
手際もよかったが、補助ボットの扱いが非常に器用だった。
「あんた器用ねぇ。なんかボット懐いてない? ウチの子達、自立型じゃないんだけど??」
安くて見栄えするタウォッシュのスティックをこれ見よがしにウエストホルダーに入れた、とあるショップの古参顔のバイトリーダーの黒人の男がクレアの仕事ぶりに感心するやら不思議がるやら、としていた。
「ウチ、ボットやドローンとは大体相性いいんですよぉ。野外で暴れてんのは無理やけどっ」
「そりゃね!」
「アハハっ」
「おほほっっ」
クレアは今日も快調に仕事を終え、そのまま免税問屋街職員用の食堂で同年代の免税問屋街スタッフの女子達と連絡を取り合い、夕飯を食べることになった。
「私、バックヤードとかの下働きじゃなくて、ショップスタッフにならないか? て誘われちゃった!」
「ホンマに〜? 凄いやん」
「私、ドライバー整備工の男子と野外警備の男子と内勤補助の男子の3人から告られたんだけど?」
「選り取り見取りやんっ」
「私、レギュラーで補助に入ってる店の同性の社員さんに隙あらばにボディタッチされるんだけど···」
「それは事案やな。え? アリなん? えーっ?!」
「というか合成カツ肉さ、もうちょい頑張って肉感出してほしいわ。もろミルワームと大豆じゃん」
「今は治安がな〜。物資がアレやしな〜」
「クレア、倉庫の方の御飯ってどんな感じなの?」
「似たようなもんやけど、キッシュとかなくて、ボリュームあるわ」
他愛ないことを話しながら、クレアは合成肉と増量した遺伝子調整の温野菜の温かいハルサメヌードルをもりもりと食べていた。
···基地の休日、クレアは3級エアグライダー資格の講習を受けていた。
今日は夜間飛行訓練だった。マスドライバー基地近くの為、蟲の群や大型個体に襲われればすぐ避難できる。
半年程前ここも戦場になっていたが、戦中でも極めて貴重なマスドライバーは基本的には保護対象でそうそうあることではなかった。
件の戦闘で破壊された2本のマスドライバーも1本は既に復旧している。
「夜空が晴れた夜間飛行は気持のよい物だが、肉眼に頼り過ぎると危うい。視界のモード切替えと表示は昼間より慎重に」
「はい」
講習が進んでいる為、年配の女性の教官は後部席ではなく随伴機に乗っていた。保険として1基だけ補助ドローンも付いてきている。
指示通り、飛行課題をこなし、それなりの評価を得てゆくクレア。慣れた手付きであるようだった。
「地上の重力と空気、おもろいなぁ」
「クレア・エレクトン。集中」
「はい〜っ」
呟きがマイクに拾われてクレアは慌てた。
それから全ての課題をこなすと、指定の空域と高度でのしばしの自由飛行が認められ、随伴機は距離を取り、ドローンだけがクレアの練習機に従った。
「よし、5分だけのオンステージや!」
自分からの通信を切り、既にスロットに挿してるスティック端末のお気に入りの旧世紀のアニメソングを大音量で掛けるクレア。
肉眼視界表示も支障ない程度に拡大させる。
月光を感じるクレア。
「お金貯まったら、また宇宙に行ってみよかな? あかんやろか? 戦争、終わってたらええな〜」
アニメソングのサビに高揚したクレアはちょっとした曲乗り飛行を始め、即座にドローンの合成音声に警告され、教官にはしっかり減点もされた。




