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砂海鉄鋼機バドリーラ  作者: 大石次郎


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63話 貝の中の休日

リュウグウクラン船団と、汎用仕様艦の投入で規模の増したビルボベースの友軍艦隊は、エルフィンゲート要塞に近い中立の立場を明確に取る公社の宇宙拠点の1つリッキーベースに入港した。


小惑星の土台に依存しない大型の宇宙拠点は通常、閉じた二枚貝のようなシルエットになる。

エネルギー、資源運用、重力波、交通、設備管理、一応艦船でもあるので航行、等の効率からそうなっているが、上下が明確で住人の精神が安定し易いという事情もあった。


今では艦船としての機能の拡張で貝というより海洋生物のエイのような形状をしているが、拠点構造物としての呼称は依然スペースシェルである。


「なにっ?! リュウグウクランだと!」


オドカグヤの調整に手こずっていたDr.モノヅカは、やや珍しい華奢な黒人の男の担当秘書官を前に専用ドックで目を剥いた。


「調査、観測はどうなってるっ」


「リッキーベースは出入りが激しくなっているのと、連中は進路も度々変えています。推測ですが最後の観測地点辺りでダミーのエアギルド船団と別のドワーフ船団を使った可能性も」


結局技官に過ぎず、一通りのデータ取り終えた小規模な試験新鋭機運用艦隊であるオドカグヤの艦隊所属では、似たような立場ながら貴重な友軍艦隊を牽引する役割を担うリュウグウクランの立ち回りは許容量を超える話ではあった。


「ううっ···ズルいぞっ!」


「いやぁ、それは」


心底困り果てる秘書官。こういう人間は軍艦に乗せるべきでないと思うが、いかんともし難かった。


「協定もありますし、交戦はないはずです。戦力差も6倍はありますしね。東部港から護衛船団を組んでもらい、先に出航することになりそうです」


「···オドカグヤの子機製造能力とハッキング能力をコントロールできれば」


自分の中の思考に入り出したDr.モノヅカに一礼し秘書官はその場を後にしだしたが、一応スティック端末で艦内秘匿回線を使い、重力のある執務船室でプディングを食べていた艦長に報告を始めた。


「Dr.モノヅカに伝えました。納得はしてくれたようではあります」


「Dr.ナンナより、うるさ方だからな。ジガIIを勝手に出さないようシークレットサービスと監視を怠るな」


「了解···オドカグヤ本体はともかく、ジガIIはまだ使えるんですか? 最近は余生のような振る舞いをしてますが」


「寿命は1月はある。子機の機嫌も取らねばならん。もう一花咲かせてやるさ」


「了解です」


通話を切り、


「やっぱ棺桶部隊だ」


と小声で呟き、改めて要塞戦で生き残れたらクィンモール基地からの転属願いを出そうと秘書官は考えドックと繋がった通路の牽引レバーに掴まった。


_____



入港前にわざわざリッキーベースの知事から直接ブリッジに「東部港もあるがシェル内、領空内での戦闘禁止」を通告されたら俺達は、検疫を終え、補給や艦の調整が済むまでの2日程、自由行動になった。


ミコは値段がお高いがレベルも高いというリッキーベース聖貝(せいがい)中央病院に、だいぶ治ってきたビンの左腕の治療に付き添い。


ゼリとキャンデの婆さん達はリッキーベースにある火星自治機構支部に顔出し···


ベニ達、ビルボベースのドワーフ軍団はアステロイド帯から出るのが久し振りの人達が多いみたいで、わざわざ伝統衣装の変な帽子を被ってワイワイと買い出しや繁華街に繰り出していった。


で、チュンさんにお使い頼まれる前に護衛ドローンを連れて艦ドックを抜け出した俺、アンゼリカ、最近元気ないジェム姐さん、「ここは東部の人間も多いので護衛するよ?」と付いてきてくれたノース3位の4人は···


「ひょーっ、久し振りー!」


結構整備されてるここのフロート機用の道路で滑走していた。ドローン達も付いてくる。


俺はサンドボード。アンゼリカは砂漠用じゃないエアボード。ジェム姐さんは操縦が簡単な3輪エアサイクル。ノース3位は2輪エアサイクルだ。


全員、ピンインカム付けてる。


「ザリデはボード楽しい楽しい、て取り憑かれたように言ってましたけど、悪くないですね」


「取り憑かれたようには言ってないよっ」


「自分も! こういうのは久し振りだ!」


「···まぁ、気晴らしにはなるんだぞ」


フロート機用道路の『落下は自己責任』で感じの内容の標識を過ぎると高架ゾーンに差し掛かった。側面防壁は透過板だ。眺め、最高っ!


ビルボベースもそうだったけど、意外と宇宙拠点は緑が多い。人間は地上の環境から離れ過ぎると、耐えられないんだろな。月の川とかも。


それにしても、これだけ緑地があるのに、蟲が、概ね無害な旧世紀の原生虫類しかいないのがちょっと不思議な感じだ。大人しい自然!


「姐さん、最近元気ないね」


聞いてみた。


「···アステロイド帯でまたヒステリー起こしたりしてさ。せっかくリュウグウクランに拾ってもらってずっと旅をしてきて、宇宙に戻ってきて、なにも変わってないのかな、て。ロニーもボミミも船を降りて、ハルバジャンも置いてきちゃって。なんか、オイラだけ最後はぼっちになりそうだぞ」


「意外ですね、ジェム。私の人生は私がいる所にしかないと思ってますけど?」


「カッケーっ!」


「言うね、アンゼリカさん」


「ふふん」


「···そう、かもなぁ。まぁ取り敢えず、次の要塞戦で死なない様にしっかり機体整備するんだぞ」


お? 前向きなコメント出た。取り敢えず、午前中は景色の良さそうなとこ、あちこち回ってみるか。


てな感じで、一通り走り回った俺達は高速では走れない市街地の方に降りてきて、なんか美味しい物食べようと店を探してていたら。


(VI、こっちや。なんも情報行ってないんか? どっちが出し抜いたんかわからんな〜)


唐突に、オドカグヤのパイロットの思念を俺達は感じた。


(ジガII! このシェルに来てたのですか?)


(こっちの船は不利やからここではやらんつもりらしい。零号は反応せぇへんかったんか?)


(ずっと活性化はしてるけど、姫程は意思疎通できてないような?)


(ふん? 戦意がないからかもしれへんな。ウチのオドカグヤも、す〜ん、てしてやるし)


(カミラビはもっとシビアでしたよ?)


(お、お前ら普通にテレパシーで話してるんだなっ)


(自分もですか? あ、自分の声だ! あわわっっ)


(とにかく熱帯植物園に()。ここ、カフェもあるし。暗殺せぇへんから。根拠ないやろけど! うふふっ)


そこでジガIIからの思念は消えた。俺達は顔を見合わせた。


一応、艦に通信を送ってから、俺達は植物園に向かった。艦からはすぐに通信が入りまくったが、一旦無視。


ムッと暑い、精油や花や果実の匂いの強い園内には普通に一般客も入っていた。


調整済みのようだから本物かどうか微妙な熱帯の植物達を観ながら、園内の中程にあるカフェに向かうと大きなガジュマルの樹の側の席に、アルピノらしい真っ白な、サングラスを掛けた痩せた女の子がいた。

普通の護衛ドローンの代わりに石板のような奇妙なドローン? を1基連れていて、私服風のシークレットサービスが10人は離れた位置に控えている。


「撃ち合いになったら相打ちも難しいよ? これはっ」


小声で警告してくるノース3位。


「これまでもよくS型パイロット達と対面してたんだろう? 腹を括るんだぞっ」


「行きましょう。大丈夫、ザリデは私が守るから」


「俺、逃げ足速い方!」


ジガIIの席に着くことにした。ぎこちなく自己紹介を互いに済ませ、なんとなく石板ドローンに視線が集まった。


「私はオドカグヤ子機」


「「「え〜??」」」


「アハハっ、鉄板やな、自分!」


「事実を開示。ジョークではない」


凄いスムーズに会話してるっっ。


「なんでそんな機能乗せたんですかっ? いや、まぁいいわ。それより大丈夫なんですか? ジガII。寿命、でしょ?」


そう、彼女は砕ける寸前のガラス細工みたいだった。


「あと1回、エルフィンゲート戦には出られそうや。負ける気ないけど、よろしゅうな」


この人達はさ、


「そこまでしなくても」


「ザリデ君、優し。せやけど、ウチら、戦う為に産まれてきてん。戦って、なにもかも変えてゆく為に生きてきたんや。ウチの最後の戦いはビジネスとちゃうで? よう見ときや」


ジガIIは晴れやかなくらいの笑顔で、俺は上手く反論できなかった。


それから飲み物しか飲まない彼女と俺達はアステロイド帯や月の暮らし、フロート道路や旧世紀のアニメーションの雑談なんかをして、別れた。


艦に戻ったら、今回は意識的な独断だったから結構怒られて、揃って4時間独房に入ることになったけど···


独房から出ると、ジガII達の艦隊はもう遁走していた。

でもってジェムは「短気の使い所だぞっ」と艦長の所に元気に抗議しにゆき、ノース3位は慌てて自分の艦に戻り、俺とアンゼリカはドックのバドリーラの元に行った。


ハッチの開いたコクピットの前までエアギルドの制服の俺達は浮き上がる。

チラっと横目で見る。ピンクのアンゼリカは痩せてなくて、健康そうだった。さっきも菓子自販機でいいのがなかったからレーションの棒状糧食をガシガシ完食していた。


「···バドリーラ、わざと知らせず会わせたな?」


「オドカグヤと結託しましたね?」


なにも喋らないバドリーラのコクピット内のポット型の、案外小さいメイン脳波感応器が返事の変わりにちょっと楽しそうにうっすら発光していた。

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