60話 コメットドワーフ
ビルボベースのあるアステロイド帯は6割方を宇宙公社が管理していて比較的秩序が保たれてるそうだ。
元は9個の資源採掘や宇宙拠点の土台用の小惑星を程よい所まで牽引してきた資源係留地だったらしいけど、この百数十年で3個は別所に移され、4個は砕けちまった。
残る2個の小惑星の内の1つがビルボベースだ。
「お〜? なんか大きさよくわかんないな??」
デブリ対策で防護壁はずっと下ろされてるブリッジの等倍モニターには親指くらいに見えるが、拡大表示では歪んだコーンに乗ったジェラードみたいなシルエットだった。
「バルタンIII改がスティック端末の半分くらいじゃないですか」
「へぇ」
「アステロイド帯のスペースピープルはコメットドワーフなんて呼ばれて、アクが強い短気なヤツらが多いんだぞ?」
「ジェムはお上品な生まれなのに短気でアクが、あ痛たたっっ」
余計なことをいって姐さんに連続ジャブを腹に打たれだして、慌ててビンの後ろに逃げるミコ。
「ベース周りは掃除されてるが、依然デブリ帯だ。微速維持! 弾く時は角度注意っ。ベースに向かって弾くと素人扱いされるぞ?!」
ガーラン艦長は注意は促したが、促した側から1つそこそこの質量物がぶつかって艦が揺れた。
「か、角度に問題無し!」
「···」
激突面担当のオペレーターが砕けたデブリの角度を確認しわざわざ報告する。艦長は聞かなかったことにしたようだった。うん、まぁね。
接近するとさすがにデカい。月でも艦でもない人工物の混ざった岩の塊だから入港する時は巨人の腹に入るような? 違和感もあった。
港自体は危ないから岩の露出はなく、そんなに月の港と変わりない。まぁこっちは実務一点張りで武骨な感じだったけど。
「オンディーナ、入港手続きを。途中どこにも寄っていない。検疫は簡略化できるはずだ。ナーガポットに確認を。ルーラ···そうだな。先に書面で先方の要望等を確認しておくか。いきなり交渉するのは月で懲りた。宇宙の人々は交渉感覚が独特だ」
「進めます」
「了解」
ガーラン艦長は物言いが慎重な感じ。ほほう。
「ザリデ、検疫にゆきますよ。私、時間が掛かるから待つこと!」
「はいはい」
「ミコさんは毎回すぐ終わるよ〜」
「いちいち絡みなさんな」
「ヤベ! 仮眠取ってなかったぞ?!」
俺達はドヤドヤとブリッジを後にした。
簡易な検疫後、手続きがざっとは済んだ艦長達は随行艦の人達とビルボベースの運営と協議に向かった。
エルフィンゲート要塞の件はまだ状況が固まってないし、全体的に東部の動きを見る必要もある感じ。自治が強いビルボベースの人々に増援協力を得る必要もあるらしい。微妙なとこだ。
そして、
「このように、我々コメットドワーフは苦難の歴史を···」
ビルボベースの広報官の人が淡々とモニターを使ってアステロイド帯労働従事者の歴史を解説してる。
検疫時のメディカルチェックで、ジェム姐とずっとドックに籠もってたゼリとキャンデの婆さん達は普通に引っ掛かってサティーにヒーリングカプセルに押し込められ(これ見るの何回目だ?)、ミコとビンは察して理由を付けて急がなくていい作業に向かった結果、俺とアンゼリカと居合わせたノース3位が捕まって、啓蒙カリキュラムを受けさせられていた。
「「「···」」」
無の顔のアンゼリカ、冷や汗かいてるノース3位、実はちょっと興味がある俺。
なんだかんだで50分、ガッツリ話を聞かされた。
「プロパガンダね。文脈ごとにアステロイド事業者と労働者の立場をコロコロ変えてましたし」
「んあぁ」
「艦のミーティング、すっぽかしちゃったよ···」
「ただの確認でしょ?」
「いや、自分飛行長なんで」
「「えー?」」
というか、なら最後まで付き合わなくても。
なんて話しつつ、途中でノース3位と別れ、護衛ドローンを持ってきて市街地や鉱山の外観でも見学しようかと話してると、スティック端末に艦からメールが入った。
『デブリ回収補助を行う。飲酒していないパイロットはドックへ。手当ては要交渉』
「···バイトだ」
「交渉で誠意見せろとか言われたんでしょ? これだから僻地自治体は面倒なんですよ。豪族的!」
ま、正直殺る殺られるでドンパチするよりは性に合ってる。
「いーやーでーすっ!」
無重力だからわりと簡単に、ダルそうなアンゼリカを引っ張って牽引レバーでドックへ向かった。
着替えてドックに行くと、見知らぬ東方ハーフの白人らしい女子がいた。パイロット保護スーツの上着だけ脱いで、タンクトップ姿になってる。
やや小柄だがどっしりめの体格で胸と尻が大きいタイプ。タレ目で、そばかす、ドレッドヘアだった。
「なんですか? あの乳ドワーフ?」
「アンゼリカ、言い方」
宥めつつ、無重力だからキャットウォークから直接ドックに降りる。俺はスーツのウェストパックの簡易エアシューターで、アンゼリカは思念で呼び寄せたイカボットに掴まって位置修正。
「あんた達が噂のS型パイロットコンビ? 若っ。へぇ〜?」
覗き込まれると、谷間が···離れ乳だ···ここでアンゼリカの肘打ち!
「ぐっっ」
「相方いるのに欲求不満なの? まぁいいわ。作業参加のパイロットはこれだけ? 資料の半分もいないね。ビルボベースの親方連中気難しいんだよ?」
「あなたはここのベースの人なんですか?」
「そう。取り敢えずこの艦の作業班長。要領わからないよね? あたしはベニ・マトック。ここのパイロット。機体はなんでも乗るよ? 手引きするから」
ここで、
「お〜い」
遅れてたミコとビンも来て、俺達はベニの采配でデブリ回収に向かうことになった。
作業は鉄鋼機と作業船、中型作業ドローンで行う。
ビルボベースに近付き過ぎた、あるいは細かく砕け過ぎたデブリをドローンを使いネットやワイヤーを使って集め、集めたデブリはドローンを使ってベースの加工用ハッチに入れてく感じ。
鉄鋼機は担当ドローンへの指示と作業補助。作業船はドローンや器具の運搬と俯瞰位置からの全体指示。スプライトガスを撒かないから普通に通信も無線操作も利く作業だ。
ビンは作業船、ベニはゴツいフォルムのデブリ帯機体のギムリーII改に乗って作業に当たった。
「へへ、なんかバドリーラ、こういう作業面白がってるみたいだ」
「この子、わりと物好きですよね? 全然喋んないけど」
「え? S型って喋んの??」
「たまにですよ」
「怖っ」
「可愛いって言い直して下さい」
「···かわ、いい」
大昔、剥き出しの作業機でデブリ対策してた時代は大変だったみたいだけど、今は雑談しながら案外楽しく作業を終えた。
作業後、ベースに戻ってシャワー浴びようと思ったら『露天スパがある』とベニに言われ、さらに『露天部は水着で混浴』と告げられほぼ男ばかりのリュウグウクラン船団の作業参加パイロット達はザワつき、件のスパに直行した。
俺達男子はまずいそいそと、しかし念入りに身体を洗い。『フレッシュレモンミントコロン』を持ってきてる人がいたから「連帯だろうがっ」と全員で共有してコロンを振りまくり、持ち込んだ大体トレーニング用の水着を着て、露天部にワラワラと向かった。
「「「ふぁ〜っっっ?!」」」
やっぱ全員じゃなかったがミコ、ビン、ベニ、アンゼリカ、その他少数の女子パイロットが水着で待ち構えていた!
「ザリデ以外が3メートル以内に近付いたら叩きのめしますよ?」
「いざっ、楽しもう! スパヘヴン!!」
「見惚れてすっ転ばないようにね」
「ここの歓楽街に店、あるよ?」
女子がさっさとハーブ湯に入っていったから俺達男子も締まらない顔で続く。
俺は他の男子に押されたりしたが、3メートル以内に接近するのは自重した。
風呂からは人工陽光で照らされた緑地エリアが見下ろせた。そのずっと向こうに市街地。しっかり重力が利いていた。
側にたぶん遺伝子調整されたチェリーブロッサムの木があって設定季節と関係なく花弁を散らしていた。
「ザリデ君だっけ? ドワーフの風呂もいいだろ?」
湯の中でも際立つ迫力のベニのバスト! アンゼリカの目が三角になってるから視線の置所は注意。
そもそもスレンダーなアンゼリカ、過不足ないミコ、スポーティなビンと、全体的に視線位置が大変だ。
「うッス。は〜、極楽極楽」
地上でもこんな風流、って言うのかな? 体験したことなかった。
宇宙の大岩の中で、不思議だ。
_____
···東部のシーマ改艦隊はビルボベースから探知されない面に周り込んだ上でアステロイド帯の端が見渡せる位置で待機を決め込み、アステロイド帯出身者で固めた小型艦を一隻足したラスタ艦長達の小艦隊をデブリの中へと進行させた。
「ヤズルカンの始末からここまで少ない人員で弾丸航行できた。現地の海賊どもは話が通じるはず。クルーを交代で10時時間は休ませる」
あくまで自分達はアステロイド帯に入らない本隊配置図の実体モニターを指で小突きながらラスタは呟く。
「実質4時間仮眠ってところですね。あの子が休める設備はあるかしら?」
「大型拠点持ちの海賊は金さえ詰めばなんとでもなる。エルフィンゲートまでに金の使い所はここしかない。さて、な···」
副艦長と話しつつ、リュウグウクランの戦力情報を確認するラスタ艦長だった。
一方、ドックではズーIVのデブリ帯仕様への改修強化が進められていた。
それを東部の軍服を着たラルヨーシュⅫが見ている。
(悪くない機体だが、オドカグヤを退けた制限のないバドリーラではな。デブリを利用できそうだが、状況が不確かだ。ラスタのヤツはどうするつもりだ? 好転したのか? ここで私を使い切っても大して効果はないだろう。私はどう立ち回れば正解だ? バドアトン、もうお前の範疇から消えた私の足掻きを嗤ってくれ。···しかし)
笑みを浮かべるラルヨーシュⅫ。
「なにか、高揚する気分だ」
特別な目的もなく生存を思案すること自体がラルヨーシュⅫには新鮮で、不思議とバドリーラとの再々戦その物に恐れや、あるいは強い関心を感じなくなっていた。




