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砂海鉄鋼機バドリーラ  作者: 大石次郎


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59話 生存証明

衛星軌道上まで打ち上げられたラルヨーシュとラスタ・ヨンゾ中佐のスペースシップは、護衛船団に守られた宇宙仕様の東部大型輸送艦シーマ改によって回収された。


ラルヨーシュⅫは未確認だったオドカグヤがバドリーラと引き分けたらしいという話が確定すると俄然追撃を熱望したが、前線には出ずどこにも提供もしない物資の豊富なシーマ改に搭乗していた東部宇宙軍のお歴々は冷ややかな反応だった。


「S型もなく、都合よくマスドライバーにも乗らない零号にまた挑むつもりか?」


「デチューンしないお前の維持に金が掛かり過ぎる」


「月の連中が間抜けだから後手に···」


「あの海賊狩りもタダで使ってない。資産も隠されたな、忌々しい」


「よりにもよってラスタ・ヨンゾしか寄越さないとはっ、地上の停滞者どもが」


まるで話にならず、一先ず待機を命じられた。


ラルヨーシュⅫは打ち上げ組に割り振られたフロアの申し訳程度のラウンジ船室に寄った。


打ち上げ組用の重力のある飲食室はここだけであった為、ラウンジ室らしからぬ異常な混み具合であった。


「おいっ、御禁制の天然フォアグラのパックがあるぞ? まだ食える!」


「焼け焼け! バーガーにしてやれっ、物資独占しやがってっっ、クソ官僚船がよ!!」


「葉巻もあったぞ? マバハの天然物!」


サービスボットは数基いたが、給仕も料理人もいない為キッチンやバックヤードを荒らされていた。


喉が渇いていただけのラルヨーシュは辟易したが、一室だけある個室に元副艦長他上位クルー数名といたラスタが窓越しに手を上げてきた為、逡巡したがやむを得ず個室に向かうことにした。


「海賊の酒場のようになってる。水はあるか? 栄養剤を飲む」


「メシも食え。この個室は盗撮盗聴対策もしてる。お前の船室も外しといた」


「どうでもいい」


座ると、ずっと女だと思っていたがどうも男らしい元副艦長が差し出してきたワインのグラスを除け、アイスペールで冷やされていたラコーカの缶を抜き栓を開けて泡から飲み、まだ手を付けられていなかった合成ローストビーフの合成フルーツソース掛けの皿をフォークと一緒に取るラルヨーシュⅫ。


副艦長は目を細め、スティック端末で個室の窓をスモークモードに切り替えさせた。


「ラルヨーシュⅫ。端的に言って、お前はこのまま行くとA級に安定デチューンされ、俺達共々連中の手駒として便利使いされることになる。宇宙の東部本営は近々エルフィンゲート要塞をやるつもりだ。そこでいい感じに、俺達は使い潰されるだろう」


「···考えうる中ではマシなルートね。テロリストらしいお前達も最後は従順なんだ」


率直な感想だったが、ラスタ達を笑わせるラルヨーシュⅫ。


「衛星軌道上で民間打ち上げ船から上乗せした航行料やらを取りマフィア船を見逃してる、西部のゴロツキどもの拠点がある。それなりの武装だ。この船の連中はビビって無視するつもりだが、ソイツを俺達とS級のままのお前で仕留め、俺達のプレミア感と上がり目を担保する」


ラスタの提案にラルヨーシュⅫは疑わしげな顔をした。


「無論、より安全なA級安定デチューン後に頃合いを見てバックレる手もないではないが、そうなるとせいぜい公社バックの宇宙海賊団で小ぢんまりと俺達は上がりになる」


「勝手に戦力に勘定するな」


「惰性か自力か? 選べるぞ、ラルヨーシュⅫ」


「···」


ラルヨーシュⅫは肉を食べ、ラコーカ缶を飲み干した。


応えは1つしかない。


_____



サテライトベース、ヤズルカン。悪名高い、西部本営との交渉に失敗した西部下位国と西部系弱小企業が利用を強要される軌道上中継拠点。


現在は地上の騒乱を言い訳に民間利用は途絶えていたが、代わりにマフィア達の利用が増えていた。


シーマ改の艦隊本体は遥か後方に控える中、ラスタが与えられた宇宙戦仕様の小型強襲艦マイラギIIと警備会社や東部下位国運用の小型護衛艦2隻による小艦隊は、途中までは実在するヤズルカンと取引のある宇宙海賊団の識別コードを偽り、スプライトガスを高濃度散布せずにギリギリまで接近した。


「なんだ? ···データと違う船じゃないか??」


光学認識で虚偽が知れるとラスタは通信を切らせ、光信号で合わせた一斉掃射を放ち、防衛ドローンと警戒鉄鋼機の陣に風穴を開け攻撃面のヤズルカンの主な機体ドックとバリア展開器を吹き飛ばした。


同時にスプライトガスの濃度を上げ、ラルヨーシュⅫの機体と大量の安価な突進ドローンを放出する。


ラルヨーシュ機は重力下ではほぼ成立しない宇宙戦専用の大型エアグライダー、ズーIV。A+型脳波感応器搭載の殲滅強硬強襲機。


「ゴテゴテしいけど、単純な機体···」


不快そうなラルヨーシュⅫ。A級パイロットでは負荷が大きく、使い棄て前提の機体であった。本来シーマ改艦隊はエルフィンゲート戦での運用を想定していた。


S級培養兵のままの、それも身体強化が異常なラルヨーシュⅫにとってはやや癖のある練習機程度の感覚だった。


ドローンの撹乱に乗じ切り込み、鉄鋼機の3倍はパック装備できるズーIVの1段目を使い、入った風穴から側面を突く形で電磁爆雷もいくらか混ぜ込んだ光学認識スプリットミサイル弾で攻撃面に展開していた警戒機群と防衛ドローンをほぼ壊滅させるズーIV。


(棒立ちに粗悪なドローン。山賊のアジトね)


いくらかは出てきた迎撃機は無視して2段目の対艦パックでベースの攻撃面の無力化を成立させ、さらに限界まで加速して迎撃機群を抜くズーIV。


そのまま非攻撃面から慌てて集まってきた警戒機群と防衛ドローン群に最後の3段目のクラスター弾主体の対ドローンパック解放する。


ドドドドドッッッ!!!


衛星軌道上で炸裂したドローン群が無数の光を放つ。護衛機群も多くは無傷で済まず、あるいは怯まされた。


「脆弱で生きていられると思うな!!」


ズーIVは小破機体には直射熱線とレイキャノンを、怯んだだけの機体には機銃とほぼ直射指定の光学認識ミサイルを撃ち込み仕留めてゆき、突入線上に不用意にいた機体は大型の熱刃ギロチンで切断していった。


徐々に接近するラスタ小艦隊の艦砲と遅れて出された型落ち機体ばかりの味方機の援護が強まる。

追加で非攻撃面から出てきた機体も粗方片付け、非攻撃面の主な機体ハッチは固定砲を破壊し尽くし、ベースを支える牽引艦状構造物の1つにレイキャノンで撃ち抜き、ヤズルカンベースを降伏させた。


「···」


パージされて大気圏に落ちて燃え尽きてゆく牽引艦状構造物。多少は有人であるはず。


ラルヨーシュⅫは冷淡にそれを見下ろしていたが、A+型としてはほぼ臨界起動を繰り返した意思無き汎用脳波感応器は彼女の認識を拡大し、


「うっ」


そのシリーズに刻まれた記憶の断片を見せた。


「リリシュ姉様! エルマーシュ姉様! 母上! 父上!」


焼け落ちる王宮。


「いたぞ!」


「第3王女だけでも回収しろっ」


「魔女の因子はあるはずだ!!」


「地下の機体もコイツなら」


迫る兵達。


炎の中、満身創痍の小さな姫は泣きながら逃げ惑い、やがて麻酔弾を撃ち込まれた。


「···黙れ! 今、生きてるのは私だっ!!」


幻影を払い、意識を取り戻すラルヨーシュⅫ。ほんの数秒のことであったようだった。


ラルヨーシュⅫは荒い息でメットを取り、頭痛を感じ髪を解いて汗と涙をコクピット内に散らし、シーマ改艦隊に信号弾を撃ちながらベースにも武装解除を迫りだすラスタの小艦隊をモニターで確認した。


_____



一方、小柄なラルヨーシュXIIIは東部首都ルドラデリのラボで、蟲の返り血塗れの白兵戦スーツを着て大型の熱刃斧を手に荒い息でいた。

訓練室には数十の中型蟲の死骸の山ができていた。


「ナハっ。XIII、ちょっと休憩にしましょうか? 天然紅茶と天然卵のケーキがありますよぉ? その後ちょっと身体調整も必要かな? ナハハ」


Dr.マルキから陽気な通信がメットに入る。


「···」


バドアトンを運用するには身体性が必要とは知っていたが、異常な白兵戦訓練の頻度と負荷だった。


Ⅻは身体が成長してからこのラボに着たはずではあるが、尋常ではなかった。


(性能に問題のなかったはずのⅫを本営に取られ、未熟な私を疎んでいるのか? いや、合理的じゃない。いやしかし! ⅩIVが本命で、私は単にデータ取りの為の個体である可能性もっ)


「どうしました? ケーキ、苦手かな?」


「···いえ、頂きます」


(このまま終われない! 私と、活動報酬を受け取るデチューン個体で釣り合いが取れない。私はダシにされない。私はⅫより高性能なはずだっ。終われない終われない終われない終われない···)


内心で繰り返しながら、ラルヨーシュXIIIは洗浄滅菌室へと移動した。


_____



月面基地都市エラトステネスの港のドックの1つから、結局来た時の構成のままのリュウグウクランの船団が出航しようとしていた。


ただし、無重力のサブ管制室では簡易保護スーツのブルーナが涙ながらに見送っている。


「姫、頼んだ!」


「ずっと月にいたらいいですよ。相応しいわ」


「まぁねぇ」


「またね~、ブルーナ!」


「ここの川は見応えあるんだぞっ?」


東部のクィンモール基地に乗り込むワケにもゆかなかったバドリーラを搭載したリュウグウクラン船団は、紆余曲折を経てエルフィンゲート要塞周辺での不穏な動きに対応する為、公社の友軍として当面立ち回ることになった。


十中八九オドカグヤの艦隊の追撃があることも込みでもあったが、バドリーラのデータの全てを公社に渡し、西部にも多くを提供したことである程度放任された形となっていた。


一行はエルフィンゲートまでの中継になり、また迎撃にも適していると判断されたアステロイド帯の公社拠点ビルボベースを目指し、月を後にした。


(バドリーラ、ザリデとアンゼリカを、皆を、守ってあげて···)


脳波遮断されたはずの、特別医療室からの思念を受けたバドリーラの感応器は慈悲深い姉のように淡く発光して応えていた。


_____



側にオドカグヤ子機を従え、エアマスクを付け両手にウェイトボールを握りランニングマシンで軽く走り込みをしていたジガIIのいる重力室に、Dr.モノヅカがDr.ナンナや基地職員に軍人達を連れて現れた。

マシンを止め、マスクを取り、振動針弾を撃つ構えのオドカグヤ子機を片手で制してやめさせるジガII。


「ジガII! 喜べっ。お前はまだ戦える。機体とお前の再調整にやや手間取りそうだが、エルフィンゲート要塞に向かう艦隊にお前達を配備する!!」


「うわー、ヤッター、嬉しいわ〜」


「指摘、白々しい」


少なからず温度差はあったが、ジガIIは忍ばせたピルケースを当面使うことを避けられる見込みとなった。

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