58話 ムーンラビット
結構ボロボロにされたけど相手がS型機戦以外に関心がなかったようで下がってくれた。
俺達リュウグウクランは無事に月までたどり着けた。
近付くと巨大さと無機質さに圧倒される月の大地をなるべく安全なルートで飛び続け、公社の月面基地都市エラトステネスにたどり着いた。
クレーターをベースに完全に蓋をした構造で、梁状構造部以外は多重の遮光透過材で節約してる。
「おーっ! 全部地下かぁ」
「公社の拠点は街感がそれなりにありますね」
ブリッジで治療スーツの上から適当に上着を着た俺とアンゼリカは上空からのエラトステネス基地の蓋を見ていた。
「もういいでしょう? 思ったより損耗してなくてもっ。自力でバドリーラを臨界機動させたんですから! はい、カプセルに戻って戻って」
「「えーっ?」」
サティーに追い立てられた俺達は、船団がクレーター壁面の穴から入港する所は見れなかった。
···俺達が寝てる間に、エルマーシュ姫はエラトステネス基地の自治政府病院の要人棟で脊髄と心臓の治療を受け、脳に関しては安定化処置のみ行われた。
脳の数割の結晶化はむしろ姫の脳の活性代替化していたが、それを人類と呼ぶべきかは基地の医師達にも判断がつかなかった。
姫は脳波遮断特化の特別室で保護されることになった。世話役兼、諸権利の交渉役としてブルーナが付くことになり、公的にもエルマーシュ姫の侍従として認められることになっていた。
「なんか、観光も久し振りだ」
「場合によってここの防衛会社に就職させられそうですけどね」
俺達はジェムが運転するフライトカーでエラトステネス基地の重力の利いた市街地を適当にドライブ中。
いつもの空き時間の観光なんだが、ちょっと俺達の立場や進路は微妙なことになってる。
リュウグウクランを後援してる公社はパイロット交代後のバドリーラを用いたバドアトン、オドカグヤの撃退とデータ取得。及びエルマーシュ姫のエラトステネス基地への移送を持ってリュウグウクランの任務は完遂とすべきではないか?
て意見がかなり強くなってた。
「休みならカプセルで寝てる方が合理的だね」
「そうですね。バドリーラと姫のデータが取れないならもうとっとと火星に帰りたいくらいですよ」
後部席には護衛ドローンと一緒にゼリとキャンデの婆さん達も乗ってる。
ジェムと揃って姫にもバドリーラにも触れなくなってる。ドックで他の仕事がないワケでもないだろうけど、気晴らしだね。
客観的に考えて、エアギルドの中でもかなりの寄せ集めな俺達が貴重なバドリーラを運用し続け、東部の相当センシティブなS型とさらに交戦し続ける理由はもう、無い。
よくも悪くも姫を安全な所まで届けられたし、俺達自身やるだけやった感もあった。
「せっかく月まで来たんだ、川を見にゆくんだぞ」
「川?」
「旧世紀の月の連中は技術が足りなくて、民間の都市開発を諦めたくらいなんだけどな。資源採掘と宇宙開発の中継拠点運営自体はジャブジャブ儲かって、余った金で川を作り始めたんだ。宇宙じゃ水は資産だし、たぶん自然も恋しかったんたぞ?」
「へぇ〜」
「物好き」
「放棄都市の管理崩壊した川の跡は酷いもんだがね」
「凍って散って放射線で汚染されますからね。温度の高い所では未確認の感染リスクもありますし」
「つまり、月で管理された川はプレミアム。ってことだなんだぞ?」
正直よくわからないけど、急に暇を持て余した俺達はなんだか個性的な格好の人が多い月の街をフライトカーで走り抜けていった。
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副艦長ルーラは一礼して、済まなそうなガーラン艦長と協議室の端に他の秘書官と並んで鉄面皮のオンディーナの顔を一瞬視界に入れ、部屋を後にした。
重力を強く設定し過ぎているような? ルーラは錯覚を覚えたが、ただの疲労だった。医療部への報告を改竄し20時間勤務し続けていた。
秘書官のいない副艦長は自主的に過労死可能な身分であった。
待合ロビーの護衛員達が溜まっている所にこれ見よがしに黒服を着たミコが護衛ドローン数基といて、他の護衛員達から遠巻きにされていた。
それは滑稽な様子で、ほぼ私的に話したことのない相手であったがルーラは苦笑した。
「お疲れ様です! ルーラ副艦長っ」
「悪ふざけか? ミコ・ヒダ飛行長」
「ロニーとハルバジャンの代わりですっ。先にお戻りですか? ドックは今、公社と西部とエアギルドで張り合ってごちゃごちゃしてるので一旦カフェ等で間を取ることを推奨します!」
「眠いのだ。船室か医務室に行く」
「協議は終わられたのですか?!」
「わかってて聞いてるだろ? 私は西部寄り過ぎると公社の連中に退席させられた所だ。私がいるから西部の強硬派が手出しできないことを過小評価している」
「ザリデ少年が秘書官殿に丸め込まれた気配です! 修正を提案しますっ」
「知るかっ、小姓の管理は自分でしろ」
体裁の保ち難いヤツ、とルーラは早々に退散することにした。
「仮眠でしたらオオエドスパにレディスVIPフロアがあるようです! 店員が全員イケメンニンジャコスっ!」
「情報がうるさいっ」
邪険にしつつ、スティック端末でサービスを確認してみるルーラだった。
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···たぶん初めてくらいやな? 強い薬液の深い眠りからウチは目覚めた。このまま廃棄処分もあるかも? やったから取り敢えずセーフ。
まぁ安定デチューンされて変態に売られるコースやったらアウトやけど!
縦置きのカプセルから薬液から抜かれて、マスクやらなんやらを取る。調整スーツないパターンやったから、ラックからパパっと患者着みたいなんを着る。
「ジガII。お前の処遇はあと7時間決まらない。オドカグヤ子機同伴であれば基地内を概ね好きに動いていい。ヤツは庭園だ。それからコレを」
影みたいにヌッと実体端末から離れて寄ってきたDr.ナンナはピルケース入りの錠剤を1つ渡してきた。
「お前の耐性を考慮して造った。服用から1時間後に死ぬ。苦しみはなく、痕跡も残らない。安定デチューン化が決定した場合、容姿が特徴的なお前を欲しがる上級党員や有力者が多い。資料の限り、まともな者がいない。その場合、飲め」
ウチはちょっと困ってしまったわ。
「おおきに。ナンナ氏、そんな優しかったっけ?」
「···最初のお前と、友達だった」
「あ〜、そうなんや」
「行け。時間がない」
「よっしゃっ」
そっかそっかぁ。初代、いいヤツやったんやなぁ。
ウチは素直に庭園に向かった。
麦藁帽被った子機のカグヤ氏は手慣れたもんで、作業ドローン達に指図して、器用に庭園の管理をしとった。
「ジガII、農業服は出入り口のラックに配置。速やかな着用」
「庭はもうええねん。IIIと庭師に任すわ。それよりカグヤ氏、街行こ!」
「···了承する」
ウチはカグヤ氏とクィンモールの市街地に繰り出した! 2人だけで好きに出掛ける初めてやっ。
食欲なかったけど冷たいもんはいけそうやったから、人気のショップでアイスクリーム三段! コスモオレンジ、ルナチョコレート、メテオミント!! う〜ん。なんやようわからんけど、甘くて冷たて人工スパイスでパチパチシュワシュワピリピリしとった!
カグヤ氏に五感判定コード伸ばしてして味見してもらったら、
「過剰な調理」
やって。的確ぅ!
給料使ったことなかったから最新のファッションもチェックしたで? 月の住人は初期世代が環境適応用の生体ナノマシン使い過ぎて容姿整い過ぎて中性的で童顔ばっかし。ファッションも私服は凝ったのはばっかしや。
今は『波感』ある、さざ波系の服が流行ってやる。色々着てカグヤ氏に判定してもらったら、
「不愉快」
やって。辛辣ぅ!
その後カジノに行ったで。警備員も従業員もディーラーもめちゃ嫌そう。最初にカグヤ氏が、
「あらゆる不正は即時交戦の意思と認識」
て警告したから安心や!
ここではウチの力が大活躍!! 五感も発達してるけど、テレパスと軽い透視くらいはできるから勝ち放題やっ!
コインをザクザク稼いで、全部プラチナルナタグに山盛り換金したった。
「アッハッハッハ!!!」
兎の着ぐるみレンタルして、カジノ付きの無重力アロマVIPルームを貸切にして、山盛りのプラチナルナタグばら撒いて大爆笑!!
あちこち浮いてる天然フルーツのリンゴを1つ取って齧る。
足元にナントカペリいう地上の高い酒も浮いてきたけど、酒、飲まん。蹴ったる。
飛んできた酒を避けるカグヤ氏。ルームの壁はポヨポヨしてるから酒は端でポヨンってなっとった。
ルームの球形天井はウチの映像と音声を取り込んで合成処理してスーパー着ぐるみアイドルになったライブステージが流れとった。ダンサーのウチは立体であちこちで踊っとる。
「指摘、無益な散財」
「あー···面白かったぁ」
零号、強かったけど、庭でカグヤ氏とお喋りしながら手入れしたり、月の地表をカグヤ氏本体で試験飛行して地上を見上げたりしてるのが一番やったな。
スティック端末でライブ映像は消した。
「寄付の手続きよろしく」
「党運営から9割の返還要請」
「5割」
「了承した」
カチャカチャ当たる、プラチナルナタグの中に浮かぶ。
「カグヤ氏、次のウチとも仲良うしいや」
「初代も同じことを指示」
「じゃあ何回も言うたるわ。友達やで?」
「···考慮する」
「ふふ、来ぃや」
硬くて冷たいカグヤ氏を着ぐるみの胸に抱き寄せた。
賢い賢いカグヤ氏。
人間、嫌わんといてや?




