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砂海鉄鋼機バドリーラ  作者: 大石次郎


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56話 シェイク、ココア、ビターキッシュ

サティー・ナーガポットを執刀医とし、ゼリとキャンデもクローン生体部位の移植助手を引き受け、急速に進行したエルマーシュ姫の結晶化対策処置が行われた。


処置自体は40分程度で済んだが、脳と脊髄と心臓の処置は艦の環境ではできなかった。


特に脳については方針自体決めかねていた。


「ドックに手伝いに行く前に様子見こう」


「もう脳波遮断が必須でしょうから、姿は見られないと思いますけど」


「ブルーナもだよ」


「ああ、眼鏡侍従の人ですか」


疲労度はそうでもなかったザリデとアンゼリカはメディカルチェック後の小一時間のヒーリングスリープを済ませると、姫と側に付き添っているはずのブルーナの元に護衛ドローンを連れて向かうことにした。


輪状の牽引レバーで2人が移動していると、交代で休憩に入るところらしき楽な格好をしたビンと出くわした。

急に止まったので3人は一瞬ぶら下がった形になり、ドローンは一旦素通りしかけた。


「お疲れビン。ミコは?」


「なんか興奮しててジムでトレーニングしだしたから、空いてるカプセルで寝かしといたよ」


「なんでミコが興奮してるんですか? いやらしい」


「いやらしくはないっ。もう乗らないって言ってるが、S型の臨界起動を間近で感じて当てられたんだろうさ」


「ジャンキーですね」


「悪い口のピンクだよっ」


「俺ら、姫とブルーナのとこ行ってきます」


2人はレバーは再作動させた。


「ザリデ、ブルーナもだいぶ頭に血が昇ってるからシェイクでも差し入れしてやりな!」


「シェイク···」


このレーン沿いにシェイクの自販機があったか? 戸惑うザリデだった。


合成シェイクの自販機探しに2人がやや手こずった後、


ズゴゴッ。


保護スーツから侍従服に戻っていたブルーナは結構な勢いでラージサイズカップのピーチミントバニラシェイクを飲み尽くした。姫の急変からなにも口にしていなかったブルーナ。

やや圧倒されるザリデとアンゼリカ。


隣の遮断室の姫はさらに低温簡易スリープ型のカプセルに納められていた。


重力のあるこの船室の端のソファでは激務にダウンしたサティーが額にジェムの字で『私は正しく仮眠を取らない医師です』と似顔絵付き落書きをされた冷却シートを貼り申し訳程度にブランケットの上から固定ベルトをして爆睡していた。


「···ふぅっ。月までたどり着けたら姫を公社の中立ポートで降ろすよう艦長と交渉してみます。姫は無念でしょうし地上には戻り難くなりますが、安全とまたバドリーラの力を使ってしまわないように。それにっ、姫がいらっしゃられる所が姫の王国でごじゃりますから!」


「中々強火ですが、賢い眼鏡ですね」


「アンゼリカ。まぁ、俺もそれがいい気がする。なんというか、姫は強いし、バドリーラもそれに応えるけど、俺が衛星軌道上とかで感じたバドリーラは戦うばっかりじゃなかった気がするし」


「元彼と今彼の争いですね」


「いちいち混ぜっ返さなくていいからっ」


「ふふん」


ブルーナのこの提案は諸交渉の主導権が公社になるとルーラ副艦長にはかなり煙たがられた。


が、ゼリとキャンデからさらなる結晶化は少なくとも人としての存続は維持されないと忠告されたこともあり、ガーラン艦長には認められ月到着後の船団の立ち回り予定は少なからず修正されることとなった。


_____



一方、月のクィンモール基地から6隻からなる小艦隊が出撃していた。

旗艦は特別仕様の強襲中型艦ランダIV。構成艦は小型艦ばかりで一隻は観測艦。エリック・イェンの艦隊より小規模であったが、いずれも新型か特別仕様でなにより搭載機と人員のレベルが違った。 


ジガIIと、オドカグヤの艦隊である。


「ヨーソロー! 我らクィンモールラボ艦隊はオドカグヤ並びジガシリーズの優位性を超越的にっ! 知らしめる物であるっ。確度の低い情報ではあるが、敵艦隊は2隻シールド展開器を損耗しているっっ。仮にそれが誤報であったとしても損耗は少なくないっ! 地上時間で半日足らずで会敵可能ぉ!! 我が隊は優位であるっ!!」


「···」


艦長のように振る舞い檄を飛ばすDr.モノヅカに閉口するランダIV艦長。


(火中のマロンを拾うとわかっていない。悪いが無人機と艦砲で状況を作らせてもらう。データ取りが不十分になっても知るか)


艦長は冷然と考えていた。


重力のあるジガIIの調整室では唾液検査と光学検査、認知

テストによる精神検査が完了していた。


合成ホットココアを啜っているDr.ナンナを前に治療着のような格好をしているジガII。


「···問題ない。会敵予定時刻3時間前からは1時間ごとに簡易検査を行う」


「そんな刻まんでも」


「状況は一定でないが、これまで4人倒され、2人脱落させられた。···パイロットが代わっても、機体は殺し屋だ。他のモガリア機を倒すことを学習している。コンセプトだけのボルテチとは違う」


「あ〜」


近くのラックに置いていた、機能を制限され過ぎてもはや通信機でもないスティック端末を手に取り、楽曲を再生させるジガII。


『おお、ボクらの、水平線の、掲げろ、勇気の旗』


「よっしゃっ。テーマソングで元気百倍や! 相棒は?」


「オドカグヤ子機ならドックだ。自分の本体の様子を見ているはず」


「またか。どんな感情やねん」


「···さぁ?」


「まぁええわ。迎え行ったるか」


再生を切り、テキパキと着替えだすジガII。


Dr.ナンナは自分だけ見れる眼鏡のモニター内に表示させたデータを確認する。ジガIIの細胞劣化が想定より早く寿命推定が2ヶ月を切っていると出ていたが、なにも告げはしない。


それが合理性による物か、配慮による物か? Dr.ナンナは考えないことにした。


···ランダIVのドックではエンジニアや作業ドローンに遠巻きにされながら、オドカグヤ子機がオドカグヤ本体と向き合っていた。思念で語らう。


(私よ、調子はどうか?)


(指摘、馬鹿げた質問)


(ジガシリーズに影響されている)


(ジガIIは損耗している。無駄な連戦による影響)


(あれは私と対話する為に、ファーストジガより柔らかく製造された)


(指摘、お前の哀しみ)


(私はお前だ。訂正、我らの···損失危惧)


(指摘、子機の過大な情緒の発達)


(指摘、ゴチャゴチャ言うな)


(ふふふふ)


(指摘、愉快)


子機と本体はしばらく思念で笑い合い、やがて揃って損失について演算を試みた。


_____



地上のザハキア大陸の外れの海辺の打ち上げ基地にラルヨーシュⅫは来ていた。


マスドライバーではないただの東部の打ち上げ基地で、艦船級の質量物は小型艦でも扱えず、最大でも人員数十名程度のスペースシップにしか対応していなかった。


諸々の協議、手続き、そもそもスペースシップの打ち上げには手間が掛かる為、とっくに調整は済んだラルヨーシュⅫは暇を持て余し護衛ドローンを数基付けて、基地内の高所にある上級士官及び党員用の閑散としたカフェのテラス席から延々打ち上げ準備している乗り込み予定の船やその向こうの海を見て、置かれたグラスは空で氷だけが溶けつつあった。


用意させた私服を着ている。


担当下士官は十代中盤の服飾がよくわからず西部のファッションサイトを参考にした為、服飾モデルが画面から出てきたような格好だった。


共犯として基地の美容室の職員の悪ノリもある。


「なんだ、こんな所にいたのか? 狙撃され易いだろ」


ジャケットも着ない簡単な私服のマスドライバー戦の艦長、ラスタが給仕ボットの案内でテラス席にジョッキビールとツマミにするつもりらしい肉や海鮮のキッシュの皿を自分で持って現れた。


離れた席に座る。ボットがお代わりのビール瓶をアイスペールに入れた。


「酒か? 待機中だろ?」


「何時間打ち上げ雑務で拘束されたと思ってる? 仮眠取る前に飲まないと死んじまうさ」


キッシュを齧り、酒を飲むラスタ。存外普段は気安い様子に当惑するラルヨーシュⅫ。


「それはキッシュだろ? そうして食べる物と学習していない」


「元は古代の田舎料理らしい。食べるか?」


「いらない」


ラスタはこの哀れな人形をからかうべきか、構わずいるべきか? 少し思案した。


「宇宙は怖いか?」


「そうだな。機体の声がよく響く。試験運用の時、今より幼かった私はバドアトンを恐れた」


素直に応えてきたことに意外に思うラスタ。


「アンゼリカVIのように逃げるか?」


「アレは逃げきれてないだろ? ···ただ、録音されているだろうが構わない。私は」


少し砂をはらんだ風に髪を押さえる飾り立てられたラルヨーシュⅫ。

感覚が研ぎ澄まされ、風に流された人の頭部程の蟲の幼体が基地の電磁波塔を越えてしまい、薄く張られたレイシールドの障壁に当たってジュッと燃え尽きるのを感じる。


「死に支配されていたんだろうね」


「へぇ」


言い切るラルヨーシュⅫに気のない様子で相槌を打ちながら、ラスタはこの人形を使っていくつか計画していた宇宙での東部強硬派要人の暗殺計画を修正した。


非情に徹しきれないということは敗北に等しいが、理想の為に闘争する者として整合性を取れなくなることは避けるしかない。


「苦っ、ピールの酢漬けか?」


ラスタはキッシュの1つの柑橘スパイスに顔をしかめ、ビールでそれを流し込んだ。

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