55話 月へ
東部の月面基地クィンモールの重力フロアの一角にある温室で、古風な農業服を着たジガIIはホースで水やりをしていた。
すぐ側で石板のような形の奇妙なドローンが浮遊していた。オドカグヤの矮小な子機であった。
ジガIIは例の古代の自動アニメの主題歌をハミングしながら、随分雑に水を撒いている。
「今日8度目。通算1642回目の指摘。水の撒き方が、雑」
「大体でええんよ、大体でさぁ。あんまりチヤホヤしたら強い子に育てたんでぇ? カグヤ氏ぃ」
「不合理。庭師からのクレームは不可避」
「そこはキャッチボールやで。キャッチボールてわかるか? 大昔、ハードベースボールゆう」
「ジガII! ラボに戻れっ」
温室に白衣のラボ職員が慌てた現れた。
「なんやねん。貴重なプライベートやで?」
「指摘。ジガIIは活動報酬の前借りをしてるも同然」
「インスピレーション磨いとんねん」
「早くしろっ。いちいち妙な格好に着替えるな」
「世知辛いわぁ」
「職員に同意」
ジガIIは文句を言いつつ、先代のジガが造った温室への水やりを中断した。
東部月面軍の軍服に着替えたジガIIはオドカグヤ子機と共にラボに戻った。
ラボ責任者の寡黙なナンナと、オドカグヤの開発主任であるモノヅカが来ていた。
オドカグヤ子機を一瞥して鼻白んだ様子のモノヅカ。
子機はオドカグヤが勝手に製造した物で、機械生物と言うより他ない物であった。
排除を試みて報復を受けなかった者はいない。オドカグヤの地上運用が認められない要因でもあった。
「噂の零号がシンクレに寄港したようだ。公社もモガリア規格の掃討に関しては前のめりね。ショットポイントからそう遠くはない。途中、現地艦隊で迎え討つが抜けてくるだろう。連中が月の西部なり公社なりの勢力と合流する前に叩く! ジガII、お前はラボで調整を受け、備えておけ」
「了解や、Dr.モノヅカはん。Dr.ナンナもよろしゅうやで?」
「···ジガシリーズは調整の余地が少ないが、始めよう」
陰気に作業しだすDr.ナンナ。
「ほな、トイレ済ましとこうかな? カグヤ氏はついてきたらセクハラやで?」
「無論。ジガIIの排泄を観測する必然性はない」
「···そういえば」
オドカグヤ子機を残して立ち去ろうとしたジガIIにDr.モノヅカが口を開いた。
「ラルヨーシュⅫが宇宙に上がってくるそうだ。バドアトンはXIIIに横取りされているが」
「へぇ? なんか余裕ない子で、苦手な感じやわ〜」
「まぁ、廃棄寸前だ。会うこともないだろう。Dr.マルキも割り切った人だからな」
「こわ〜っ。ほな」
ジガIIはあっさり用を足しに去っていった。
「「···」」
Dr.ナンナが早々に会話から離脱していた為、Dr.モノヅカとオドカグヤ子機だけがその場に残された形となった。
「モノヅカ。お前の私本体の開発、運用手法の合理性について採点、評価、改善点の指摘を行う」
「ええっ?! 運用まで私が評価を受けるのか??」
「技術的超越を理想としていると理解」
「うっっ」
モノヅカはジガIIが戻るまで、かなり手厳しく子機から評価を受けることとなった。
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コォーっと、コクピット内でアンゼリカが左手で持ってるエアキャッチャーが音を立ててる。
さっきからアンゼリカが右手に持ってる最近のお気に入りガプリゴン、ていうアイス風の見た目のチョコスナックを齧っているからだ。
メットも当然外してる。
「艦長から通信入る前に食べ終えろよ?」
「忙しないザリデ。すっかり組織の駒ですね」
「別に」
「ふふん」
なんだかな。バドリーラの脳波感応器も電源切ろうがなにしようが出力が最低値でも10%切らないようになってるし、冷や冷やする。
お互いまだ打撲も治ってないし···
もうとっくに月へのショットポイントにシンクレは到着していた。
東西の牽制と、シンクレの平常業務との兼ね合いで行けるギリギリまで距離も稼いでくれてる。
ただ出航して、シンクレの安定航行宙域を出ると速攻で東部艦隊に絡まれるリスクがあった。
シンクレは隠密行動するにはデカ過ぎるし、立場上東部艦も受け入れてるからさ。
俺達はいつでもバドリーラを出せる構えを取っていた。
「ユニクスIIは宇宙の方が身軽に動けるから」
ミコ機から。ミコもフェイスガードの向こうに打撲有りだ。
「よろしく」
「また汎用機にボコされないようにして下さいね」
「お菓子大好きっ子に負けないぞ?」
通信は切られた。
「大人気ないヤツ!」
「チョコ齧ってるからだよ」
後ろからエアキャッチャーでメットを吸われた。
「やーめーれってっっ」
フェイス画面の異常表示がめちゃくちゃだよっ。
程なく、新生リュウグウクラン船団6隻はシンクレのドック港から月へと出航した。
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以前はランスロを運用していた船の艦長を務め、党のエリートコースを歩んでいたエリック・イェンであったが、現在は7隻からなる宇宙海賊掃討船団を率い不毛な日々を送っていた。
氏族の家督は氏族の評議で強制的に腹違いの弟に譲っていた。長子ではなく、弟。
露骨な結果は子供の頃、この義弟を散々イェンが冷遇ていたことが要因であった。
イェンは大いに不満であり、家督はもう取り戻せないまでも党での階位は対等の位置まで返り咲き、退役後は形振り構わず長子の出世に協力してやるつもりだった。
(それにつけてもまた零号か!)
たまたま近くの宙域で活動していたことと、交戦経験。そして義弟の差し金により、再び今度は直接再戦するハメとなっていた。
「中継光学ドローン、予備機も含め···良好です!」
「リュウグウクラン船団···出航しました! 直線コース取ってますっ」
「想定の上の殴り込みですっっ」
オペレーターの報せに左足を無重力下用のフットロックに掛けたイェンは立ち上がった。
「微速前進! 角度調整っ。連中が安定宙域を出る手前でドローン観測を元にブチ込むっ! 海賊狩りの要領でいくっ。正規軍とは一味違うことを教えてやれ!!」
「「「了解!!」」」
ほんの2ヶ月程度であったが、海賊狩りを経たイェンはやや野卑な実戦的な指揮官へと変貌していた。
第一射。熱弾主砲と大型光学認識ミサイルがドローンの観測を元にそれなりの精度で撃たれた。
これを前衛の随行艦2隻が即応はできないはずの正面レイシールドの最大展開で防ぎきって展開器を焼き付けさせた。
「なにっ?!」
初撃の射撃点を元に、リュウグウクランの他の4隻からの一斉掃射が放たれイェンの船団を襲う。
主砲全問掃射直後ということもあり、不完全なシールド展開で前衛3隻が撃沈された。
(ドローンを見切った上でわざと撃たせたかっ)
「動ける数は同数! 相手は抜けたい弱みがあるっ。散開して回し撃てっ! 機体は随時放出!!」
イェン艦隊が散開すると、リュウグウクラン船団は機体を放出しながら消耗した2隻を庇って間に挟む陣形を取りながら直進···から、艦と機体群を二手ずつに分け、四手に分かれたイェン艦隊の各個撃破の狙いだした。
「小癪なっ!!」
機体の護衛があっても小型艦一隻に対して損耗艦込みでも3隻で挑まれては太刀打ちできなかった。
リュウグウクランの機体群も7割はイェンの旗艦ではない型落ちの中型艦を取り囲むように釘付けにし、旗艦の宇宙戦仕様強襲中型艦ランダIIIにバドリーラを含む残3割の機体群が迫った。
「零号! 接近させるなっ。削れっっ」
バドリーラは機体の露払いは少ない味方機に任せ、ミコ機と共にランダIIIに迫った。
ユニクスIIの有線熱弾ボットの援護で猛烈な光学誘導弾から身を守りながら、
「シンクレまでランチですぐだ!」
「墜とさないんですか?」
対艦パックを解放し、高速推進電磁爆雷でシールドに穴を開け、対艦クラスター弾で砲門とシールド展開器を破壊、あとはバドリーラに人がおらず早期誘爆リスクのない位置を観測させレールガンで撃ち抜き、無力化させた。
「手加減? ハハッ。パイロットが代わったというのは本当らしいな···」
旗艦以外は墜とされるか無力化され、格艦の所属機と共に撤退信号をだし、シンクレへと離脱を始めていた。
「イェン艦長」
副艦長の声は固かった。
「···撤退信号を撃ち、去る者は去れ」
「艦長?」
この上生き恥を晒せば実子達が義弟一族に潰されるだけだった。
「隠し資産は上手く使ってくれ、分け前は好きにしていい」
「···」
副艦長は敬礼し、オペレーター達に指示を出しブリッジを去っていった。
バドリーラ達は警戒していたが、撤退信号が撃たれランチが放出されだすと母艦に戻る構えをみせた。
メットを脱ぎ項垂れていたイェンは、まだ生きてる艦のメインAIが乗員の6割が脱出したこと、誘爆までの8分程の時間を表示しているのを確認した。
故郷の発酵茶を飲みたくなっていた。
「ノロマの4割は付き合ってもらうか」
イェンはまだ生きてるバーニア、砲門、シールド展開器を総動員し、逃げ損なった乗員の怒号と悲鳴と溜め息を感じながら、再び航路上に集まっていたリュウグウクラン船団に特攻の構えを取った。
「零号ぉおおーーーっっっ!!!」
「マジか?!」
「だから甘いんですよ」
「機関部をっ」
(バドリーラ)
「「「?!」」」
姫の思念が響き、同室の戦闘配備で保護スーツを着たブルーナも含めて驚き、バドリーラ・リヴァイブは激しく発光した。
独りでにハイレイランスを抜き、異常なエネルギー集約で熱刃展開器を構え、突進するランダIIIに投げ付けるバドリーラ。
光の槍は焼け付く程の出力の艦船レイシールドを撃ち抜き、ブリッジを消し飛ばし艦その物に風穴を空け、誘爆させて宇宙の塵と変えた。
爆風と破片をシールドで受けるバドリーラとユニクスII。
「バドリーラ···」
「すんごいね···」
「今のコイツと対戦しなくて済んでよかったですよ···」
呆然とするザリデ達。
しかし安定はしていた姫の容態は悪化しリュウグウクランは不穏な空気のまま、月へと進路を取り直すこととなった。




