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砂海鉄鋼機バドリーラ  作者: 大石次郎


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54話 青い星

衛星軌道上まで出た俺達の船2隻は、警戒待機していてくれた宇宙公社の船団と合流できた。


地上艦と比べると華奢に見える多目的中型宇宙艦ランバトIIが率いる4隻の船団だった。


ただ月に旅行に行くならこのまま2日掛からず直行できるけど、そうもいかない。


「うわ、変な感じ」


ブレーメンIIIのハッチからバドリーラを出す。機体はフワっと浮き上がる。油断するとどこまでも飛ばされるやら、大気圏に落っこちるやら···


「元々人型機体は宇宙戦機だったそうですよ。重力下で絶対飛ばない形だから」


「まぁな〜」


機体を母艦のバルタンIIIに戻さなくちゃ、だ。


眼下の青い星の、俺達が打ち上げられた砂漠のマスドライバーはもう巨人が描いた地図の一部みたいになってる。


モニター映像は調整されていても凍り付く宇宙の暗黒と剥き出しの輝く星々は、人の世界の景色じゃなかった。


「ザリデ、アンゼリカ。着艦できる?」


宇宙仕様のほぼ微弱エネルギー粒子になるらしいスプライトガスは散布されていないから通信有効。

バルタンIIIから出てきた宇宙戦仕様のリーラIIIに乗ってるミコからだ。予備機体で、武装もレイキャリバーだけだった。


「当然ですよ? 宇宙でハイハイしてるのはザリデでけですから」


「いや、シュミレーションはしたし」


「地上を見過ぎないようにね? 吸い込まれそうになるから」


そんなもんかな? ずっと微熱がある気がするのを別にしたら、ハルバジャンや墜とされた随行艦の人達のこと方がずっと動揺があった。


マスドライバーと同じに艦撃沈はちょっと作業感があった。そんなもんかよ? て、


公社船団からも観測用ドローンが十数機と公社の汎用鉄鋼機マスカレIIが1機来ていた。


「宇宙へようこそ! 公社のノース3位です」


3位。軍だと少尉か。でも公社で鉄鋼機乗りだと身分はあやふやだ。


「この位置はすぐ東部に特定されるので、艦と機体の調整をしながら航路の取れるポイントに移りましょう。勿論皆さんのメディカルケアもね」


「そッスか」


「ザリデ、発熱してるみたい。公社よりサティーに診てもらいましょう」


「サティー・ナーガポットの本籍は公社ですよ?」


「本籍なんて当てにならないって、私に言わせましたね?」


「いやっその···」


「ザリデ君、ハルバジャンなら大丈夫だよ。相手もあの状況は長居できないし」


「はい」


言われてみればなんか頭痛くなってきたかも···


バドリーラを着艦させてから、ジェム姐が無線ボットみたいに操ったイカボットに掴まってサティーの所まで飛ばされ、チェックしてもらうことになった。

重力がないと軽い軽い。


検査後、解熱剤や鎮静剤を取って重力室でアンゼリカの隣のヒーリングカプセルに入りながら、色々グルグルと考えてたけど、疲労と薬の効果ですぐに起きてられなくなった。


眠りに落ちながら、青い星の夢を見た。


星は綺麗だったけど俺達になんか関心なくて、俺はなんだか寂しいような気がした。宇宙はとても寒いし。

でも不意に誰かが手を握ってくれた。最初はアンゼリカか、それとも姫の意識かと思ったけど、それは光る子供だった。


「なんだ、お前か」


子供は愉しげだった。星とは違う、どうしようもなく人工の光はしばらく俺と2人で星の衛星軌道をグルグルと周った。


ただ地上の営みを見詰めて。


_____



私の負担は軽かったから5時間でヒーリングカプセルから出てきた。


「う〜んっっ」


伸びをする。


「おはよ。次はジェムと艦長をカプセルに入れないといけません」


本籍公社のサティー・ナーガポットは主なクルーのカルテとケア方針の確認をしていた。


「クルー随分減ったんじゃないですか? 東部のラルヨーシュⅫは器小さいヤツだから、仕事は細かく片してゆくんですよ」


「誰が、というより状況が変わって試作S型パイロットも実務的な活動を求められるようになったんじゃないかしら? それになにも誰もかれもやっつけられた、てワケでもないし。辞めた人がいれば新しく来た人もいるでしょう」


大体のクルーにカマトトぶってるけど、メディカル対応ありきの私はお話できるモルモット。少し砕けた物言いをする、サティー。


「ふふん、ブランドショップとかね」


ザリデのカプセルを覗き込む。変わった子。こんな所にいなくていいのに。私もだけど。


「···意外とスヤスヤ寝てますね」


「それそれ! 微弱に、バドリーラから干渉を受けてるみたいです。たぶん夢を共有してる」


うげっ。


「なにそれ〜。カミラビはもっと行儀良かったですよ。やっぱり零号は様子がオカシイですね。味見、じゃないでしょうね?」


「縁起でもない。さっきまでゼリ博士とキャンデ博士に診てもらってて、攻撃的な干渉じゃなくて好奇心を持たれてるだけ、と言ってましたけど」


「それが味見でしょうに。···私、食堂に行ってきます。起きたらザリデに油断しないよう伝えて下さいね」


「キスしたらすぐ起きるかもしれませんよ?」


「医者の軽口は嫌い」


言って、速乾する水着みたいな調整着の私は適当に服を着て護衛ドローン数体を起動させて重力室を出た。

短い通路も重力はある。その先の中間室で少し重力が抜ける。普通は備え付けの椅子に座って数分掛けて無重力に調整するんだけど私は培養兵! ドローンに警告されながら、操作パネルを連打してとっとと無重力にする。


その先の無重力フロアの通路に出ると、ミコ・ヒダとビンと出くわした。


「もう起きたの?」


「ザリデならバドリーラの思念とデート中。私は食堂」


「ハルバジャンが抜けたから規定食以外はしばらく東方の大陸料理ばかりだから気を付けな」


「エアギルドに規律を期待してないです」


「これからもザリデと仲良くしてね!」


「普通ですっ」


ミコ・ヒダ。姉、友達、マドンナ。コロコロ立場を変えてる。きっとちゃんと大人になれてないんだ。才能と実績だけ。フワフワしてる。


「言う通りだわ」


私は私以外の女のパイロットは全員嫌い。


それから、今は脂っこい東方大陸料理を食べたい気分です。


無重力の私の胃袋は凶暴にグゥっと鳴いた。


_____



リュウグウクランの船2隻を保護した公社船団は、比較的近い位置に来ていた公社の巨大なドック艦、シンクレに寄港した。


公社らしく簡素な構造で宇宙艦的な構造はメインバーニア付近のみ。それ以外はサンドウィッチの断面のようなドック港が剥き出しであり居住エリアはその巨大さで隙間を使ってカバーされる。


断続的な仮眠は取っていたジェムとゼリとキャンデにガーラン艦長はとうとうサティーの逆鱗に触れ、ヒーリングカプセルに押し込められていた。


物質搬入や人員の補充は西部筋を優先しようとするルーラ副艦長と公社とエアギルド筋を優先しようとするオンディーナ秘書官のせめぎ合いで進められ、カプセルに入る前の艦長との取り決めで月までの随行艦はノース3位達の公社艦が引き続き務めることになっている。


「よっ」


力任せにボールを奪いにきたアンゼリカを器用に躱し、ミコは正確にシュートを放ち3ポイントを取った。


「いいぞー!」


「どうした怪力娘ー!」


見学のビンとチュンは気楽なものであった。


シンクレの重力フロアの貸切ジム施設で、ザリデ&アンゼリカのチームと、ミコ&ノース3位のチームで2on2のハーフコートバスケットの試合が行われていた。


フルコートバスケットはハードベースボール、ラテンフットボール、アーマーフットボール、テクニカルゲートボール、クラッシュホッケーと共に旧世紀に消滅していたが少人数のハーフコートバスケットはフィジカルエリート向けレクレーションとしてまだ残っていた。


ただし突き指対策にキャッチグローブは使用されボールも旧世紀の物より軽い。


「ミコは手が付けられないな。アンゼリカが押さえてくれ。俺がノース3位を抜く」


「屈辱ですわ!」


「落ち着けってっ」


試合はザリデ達のボールで再開。作戦通り、アンゼリカはムキになってミコを押さえ肘で小突き足を踏んだがやり過ぎてミコを怒らせ、投げられてそのまま関節技を極められ乱闘に発展し、グダグダになった。


「なにをしてるんですか? レクレーションですよ? 培養兵でしょ? 大人ですよね? 男子2人も不甲斐ないです」


「「「···」」」


結局、4人とも、仮眠を取っていたサティーを起こして手当てしてもらうことになった。ザリデとノース3位も止めに入って散々なことになっていた。


ここで艦内放送が入った。


「本艦、シンクレは母星圏を離れ、月航路を取れるショットポイントまでの航行を開始します。母なる青き星に、一先ずの別れを」


合成音声のアナウンス後、旧世紀の古典楽曲、蛍の光、が流された。


実体モニターで青き星が映し出される。


「なんで演劇みたいになってるんですか?」


「シンクレは原型機を含めると百年は中立な上に、大き過ぎて1つの星みたいな物ですからね。なにかに付けて叙情的にもなりますよ」


「ふーん」


憮然としてるアンゼリカに応えるノース3位。


「アンゼリカと力比べするのは止した方がいいッスよ?」


「考えてから行動すると遅いって、あるじゃん?」


「ええ···」


小声で忠告するが、若過ぎる回答に困惑するザリデ。


蛍の光は姫とブルーナの特別室にも響いていた。何パターンもの姫の身分に関する申請書を実体端末で書き続けているブルーナ。星を映すモニターを見るまではしない。

眠り続けるエルマーシュ姫。


ドックのバドリーラの感応器が曲のリズムに合わせ僅かに発光していた。


巨大ドック艦シンクレに簡素に格納されたリュウグウクラン船団は、古めかしく仰々しい楽曲と共に青き星から離れていった。

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