45話 黎明のボルテチ
淡い光の連なり。
東部連合、多目的戦艦ウェルデンIIのドッグ内のボルテチのコクピットで、アリムVはコクピット内の発光現象をぼんやりと見ていた。
投薬は受けていない。子供であり体質もあってアリムVは投薬限界が脆弱で薬物による強化は放棄されていた。代わりに培養時の強化を限界まで行われている。
結果、寿命は数年であり、アリムVの命は何事もなくとも残り半年程であった。
「ハバードのヤツ、もっといいもん食べさせろよな。ハンバーガーくらいしか思い出すもんないよ。つまんな」
(振り返るべき物がない者も多い)
「そうかな? ···ボルテチ、最初の僕を覚えてる?」
(上手く会話できなかった。君とはよく話せてる。私は君達を1人だと思っている)
「そっか。よし! じゃあ取り敢えず、モガリアのプリンセスくらいは連れてっちゃおうかな? へへ」
程なく、その時は来た。ハッチが開く。外部の虫除けの電磁波が強す過ぎてハッチに放電現象が見られた。
下方の空に怒り狂った蟲達が見えた。
「アリムV。相手の仕様を見誤るななよ? それから低高度で興奮状態の蟲が溜まっている。高度は下げるな。···出ろ」
「了解! アリムV、黎明のボルテチ。行くよ!!」
重装パックでボルテチは出撃した。
考え無しに短い間に同じ地域で忌蟲剤を使い過ぎたせいで、蟲達がかなり荒ぶっていた。
「領有権争いで住めない土地を増やすなんてね。ま、僕もその一部か」
向かったきたリーラIVバーニアン隊の攻撃を旋回して躱し、重装パックのクラスター弾で墜とすボルテチ。1機脱出缶を使い数機が制御不能で落下したが、怒り狂った蟲達に喰い付かれていた。
「抵抗するからだよ」
アリムVは淡々と言い、ターゲットへとボルテチを駆った。
バドリーラはオド・バッズII隊と交戦していた。
手筈通り、護衛のミコ機のマナ・リーラIV改とザリデ、アンゼリカVI機のマナ・リーラIII改はバッズIVバーニアン隊が数に任せて足止めしている。
「姫! 決闘ごっこは終わりだっ」
ボルテチは味方機と連携しだした。
旧式とはいえそれなりの反応で有線熱弾ボットを使うオド・バッズII隊の執拗な攻撃と、ハイレイシールドを貫通するボルテチのレールガンとその加速性能にエルマーシュ姫は苦戦した。
体調も優れない。
「くっ」
バドリーラact6はハイレイシールドから電磁障壁のバルキリードレスに切り替え、ボルテチのレールガンのみを警戒し大胆にオド・バッズII隊の殲滅に掛かった。
S型機の認識拡大と基本性能の差で追い詰め、バルキリードレス越しに機銃で仕留めてゆく。
地味なわりに負荷の大きな運用にイカボットを早々に1基ショートさせたがオド・バッズII隊を全機墜とした姫。
レールガンに無力なバルキリードレスから多少は効果のあるハイレイシールドに再度切り替えた。
(組み合う前に削れたのは僥倖だね!)
位置修正目的でパックのクラスター弾と電磁爆雷をばら撒き、誘い込んだ位置にレールガンで撃ち込む。
ボルテチはパック装備がなければ潰しが利かない程、単純な特性の機体であったが、接近せず高速高精度で立ち回り、ガード困難なレールガンを使用する。
確実に特性を問わずS型機を仕留める仕様の機体であった。
バドリーラは追い詰められ、緩衝ビッグクローを廃棄して軽量化を図り、距離を詰めに掛かった。遠間では背面からの2条の偏光熱線も牽制効果を発揮できなかった。
(ミコ・ヒダがもう抜けちゃうか)
アリムVはパックの残弾を全て、ミコ機とバドリーラに撃ち尽くした。
「っ!」
ミコのマナ・リーラIV改に撃たれた多種のパック弾は、いくらか自軍機を巻き込みながらマナ・リーラIV改を損耗させ、事前の手筈通り、残機のバッズIVバーニアンに、控えていた高機動パックのドメアIII十数機が合流し、さらに空域から追い立てに掛かった。
「あーもうっ! 悪目立ちっっ」
ミコは決着までにバドリーラ支援は間に合わないと見切り、ザリデとアンゼリカの機体への援護復帰をどうにか間に合わせることに、優先順位を切り替えた。
無意識にS型機を自分が扱うことを想定しているミコは、既にしばらく交戦しもう慣れたはずの相手、それもパックを使い切った単純な仕様の機体ならば十分勝てるだろうという感覚的了解があった。
しかし、バドリーラは中間距離まで詰めても苦戦していた。パックを失えば当然軽量化する。バドリーラがボルテチを学習したようにボルテチもバドリーラを学習していた。
「あと3機! あと3機なのですっっ」
疲労困憊のエルマーシュ姫は、頭痛に悩まされ、誘い込まれてネプトリスの重力波を使わされた。
イカボットをさらに1つ消耗し、下方の怒れる蟲の雲海に風穴を開けたが予期していたボルテチは最加速最大出力で重力波の端から抜けた。
機体とレールガンの砲身装甲に歪みが見られたが、
カシュッ!
ボルテチは機体と砲身の表層装甲をパージした。重力波は織り込み済みであった。耐久値は落ちたが、さらに軽量化する。
「スッキリしたぁーっ! ハハッ」
アリムVはバドリーラの最大出力の発現が3〜4回であることは把握していた。
速さを頼りに、中近距離まで詰め、レールガンに機銃掃射を交えて追い込みを掛けた。
延々続く小刻みの加速にバーニアもスラスターは消耗し、ここまで近付くとバドリーラの機銃と偏光熱線も有効であったが、耳鳴りと視界の霞みまで出てきたエルマーシュ姫では上手く対処しきれなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ····」
呼吸が乱れ、2基ある機銃の1つを破壊された。
(バドリーラ。ああ···姉様)
左足の装甲を掠るように砕かれた。
(残り2機を、あの健全な、この時代の子供達に託すことを許して下さい。私は、あなたを上手く使いこなせなかった)
右腕をハイレイライフルごと破壊された。
「バドリーラ!!」
強く発光し、出力を上げるバドリーラ。最後のイカボットがショートする。
左手のハイレイシールド展開基を棄てハイレイランスに持ち替え、サブアームを4本出してレイライフルを構えながらボルテチに突進した。
(0距離テレパスアタック狙い! 悪足掻きだねっ!)
アリムVは一方的に防戦に回って状況を作らされるのを嫌い、バドリーラのサブアーム火器の猛烈な高精度掃射に対し、ありったけの機体装備の電磁爆雷で牽制しつつ、レールガンを撃って立ち回る。
回避感度が本体より低いサブアームと既に被弾してやはり感度の落ちた左脚を撃ち抜かれたながら、距離を縮めるバドリーラ。
処理速度と出力を上げボルテチも発光しだす。負荷が増し、アリムVは鼻血を片方出して笑った。
レールガンの残弾はあったが、発熱がもう限界になりつつあった。バーニアとスラスターも機能不全寸前。一撃も被弾せずともボルテチも満身創痍となっていた。
(死んじゃって!)
必中のレールガンの一撃は大展開したハイレイランスの熱刃で受け流し、胸部装甲を削られながら避けた。
ついに格闘距離まで詰めるバドリーラ。
ボルテチは熱したレールガンを手離しハイレイキャリバーとハイレイシールドを構え、半身でハイレイランスの突進をシールドで受けきりに掛かった。
シールド展開基を持つ左腕を破壊されたが、高負荷にバドリーラのハイレイランス展開基を誘爆させその左手も半壊させた。
それでも止まらないバドリーラ。
カウンターのハイレイキャリバーの突きで頭部を破壊されてもボルテチの頭部を半壊した左手で掴み、激しく発光しながら強力な思念を直射した。
光に飲み込まれ、ボルテチは機体制御を失っていった。
「遮断しろっ、ボルテチ!!」
(アリムV。違う、これは、いけない)
「な? ああ、あっ!」
バドリーラの発光がコクピット内まで入り込み出すと保護スーツごと、手足が結晶化し始めるアリムV。
(君が情報とエネルギーに変換され、零号に吸収されつつある。未知の攻撃だ。アリムV。自爆を、推奨する)
激しい光の中で瞬く間に胸まで結晶化し、手足は砕かれ泣き出すアリムV。
「くそっ、くそぅぅ···自爆だ。ボルテチ」
(君は負けていない)
ボルテチは最大の出力で制御を一部奪還し、自爆機構を起動させた。
(ありがとうバドリーラ)
より強い破壊の光の中で、エルマーシュ姫はそう祈った。