43話 週末は雨
停滞期を幾度も挟みつつ、東ベルティカはかれこれ90年余り続いていた。
大陸中部の火薬庫であるこの抗争は西のミッドシーの騒乱と、極北の大質量爆心地の不穏化の影響を受け、20年ぶりに再活性化の兆候を見せていた。
その最中、政府主導で極東の中立地帯を介し西部に強毒のドラッグを流通させていた東部系マフィアの大幹部と、それと結託して西部にソフトドラッグの合法化を推進していた東西調停協会の進歩派の医療閥議員が相次いで暗殺された。
東部は即座に西部の諜報部門が公然と媒介機関としていた古典宗教系報道社を次々と摘発し、西部支援の著名ポップアーティストも一挙に数十名逮捕。少なからずを取り調べの過程で変死させた。
東西政府は当初は協議の場を設けたが、世論と双方の過激派やマフィアによるテロと暗殺の応酬に歯止めが利かなくなり、余剰兵器の老朽化と新規購入の鈍化を問題視した東西の兵器メーカーの意向もあり、なし崩しで戦闘は激化させていった。
最初のマフィア幹部と調停協会議員暗殺からわずか10日後。両政府は宣戦布告は避けつつ、同地域が戦争状態にあると公に認めるに至った。
その当日には、条約上の根拠不明なまま元々東ベルティカ域で示威的に試験運用されていたモガリア系S型機ボルテチが実戦投入され、絶大な戦果を上げた。
これに西部連盟は、S型機対策のセオリー通り汎用B型脳波感応器搭載の鉄鋼機の中隊をボルテチにぶつけて処理しようとした···
「エクスマナ・リーラII改隊、出る!」
5期のB型機は西部艦から宙に放たれた。
虫が邪魔なので条約違反の環境負荷の大きい忌蟲剤が散布されている。保護スーツ無しでは人も死ぬ。
対するボルテチは既に西部艦中小艦7隻の艦隊に単騎に襲い掛かり、2隻墜としていた。
ボルテチ。レールガンとレイシールドの半球展開状態での加速を特徴とした対艦対ハイエンド機に特化していると想定される機体。
想定通りの特性を発揮していたが、異常な精度と速度であった。
(俺達なら捉えられる。なにが活動報酬だ! 俺達は俺達のまま退役するぞっ)
(了解!!)
西部のB級調整兵は通常クローンではなく、一定の成果を発揮すれば本人が一般人並みの安定化調整を受けて退役することが可能であった。
健康なまま退役できる者は平時で2割弱。有事地域では率は下がるが、成果を挙げる機会は豊富となっていた。
「···脆弱な思念の群れだね。ボルテチ、狩ろう」
ボルテチのパイロットの少年アリムVは呟き、レールガンの一撃で西部のリーラIIIバーニアと中型多目的戦艦ザオウIIのレイシールドを貫いて機関部を撃ち抜き、艦を誘爆させ、自機のレイシールド半球展開による加速でエクスマナ・リーラII改隊に迫った。
相手の精確なレイライフルや有線ボットの狙撃や、光学認識ミサイルやクラスター弾や電磁爆雷の巧妙な配置の射出は当然のように躱し、淡々と適宜加速を解いてレールガンの狙撃でレイシールドや実体シールドを貫いて仕留めてゆく。
(うわぁああ??)
(見えているのか?!)
(クローンで保険掛けてるヤツなんかにっ)
苦も無くエクスマナ・リーラ隊は殲滅された。
一連のモガリア機とバドリーラの連戦データに加え、対バドリーラのシュミレーターはかなり高度に完成しており、それに完勝できるようになっているアリムVとボルテチには肩慣らし程度であった。
「保険? あんなヤツら、他人だよ。ボクの生涯はこの瞬間だけ」
まだ帰投の支持はなく、簡素な機動しかしていないボルテチの活動限界にも余裕があった。
アリムVは残存西部艦隊の駆逐を続行した。
···対処に苦慮した西部連盟は、再三、この期に及んで強制見分を申請していたリュウグウクランのバドリーラにボルテチ撃破を託すこととなった。
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今日は気分だ。滅多に聴かないポップ調のカントリー・ゾォズが鳴り響くぜぇ?
整備の済んだフェアリーテイルV改の掃除をする。操縦補助仕様だから大して役に立たないが、スピーカーにした俺のイカボットも曲に合わせて踊る。
ビンもD級感応器搭載機に乗ったから姫と整備のジェム以外でイカ使ってんももう俺だけさぁ。
安っぽい歌詞とボーカルが曲を盛り上げる。
ベイビーベイビー、金曜日だけは空けておいて
ベイビーベイビー、雨は降らないで
「ベイビーベイビー」
掃除しながら口ずさんでると、モービルチャリーに乗ってゼリとキャンデの婆さん達が来た。未だに区別がつかねぇ···
「イカの音量を下げろ。ロニー」
「うるさいですね。こっちはバドリーラに2種類調整するハメになってるんですからね」
「2種類ぃ?」
「姫の体調がいよいよ悪い」
「場合によってはザリデ坊とアンゼリカVIに乗ってもらいます。その場合は単騎ではなく総力戦となりますからね? もう見分もなにもないでしょうし」
「へぇ〜」
イカボットの音量を下げつつ、婆さん達をよくよく見た。婆さんには違いないが、目は子供のように幼い。火星で好き勝手してミコをブチ切れさせた経歴は大体把握してるけどよ、気の毒に思えてきたぜぇ。
「随分優しいなぁ? アンタらの経歴からしたら姫なんて絶好のモルモットだろぅ? 使い潰さないのかよ?」
2人はバツの悪い顔をした。
「別に。まぁ火星のマントルの中で少しは反省したさ···」
「姫はミコより優しいですしね···」
「誰がなんだってぇーっ?!」
ミコが整備補助用イカボット2基に掴まって滑空してきた。
「う、うるさいっ。お前は来なくていい!」
「アンゼリカに嫉妬してなさいっ!」
「にゃにおぅーーーっっっ??!!!」
そのまま中空から婆さん2人に突っかかってゆくミコ。
「お前ら、ドック担当交代する前に自分の仕事するんだぞっ?!」
タウンベースに寄港する前に形付けとかないと、向こうの空港やら西部の連中にあれこれ言われるからカリカリしてるジェム。なんだかなぁ。
俺はイカボットの音量を上げて機体清掃を再開した。
「ベイビーベイビー」
「「だから音量下げろぉーっ!!」」
週末は、雨降るかもしれないぜぇ?
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雨が降ってる。砂漠育ちだから、雨は不思議な気分になる。世界がギリギリ保たれてるような、許されているような。
虫も大人しくなるし、野良ボットの寿命も縮む。原石も流されて見付け易くなる。
涸れ川の鉄砲水は怖いけど、今なら水の気配も早くにわかる気がする。
「ザリデ、傘は差さんといかんぞ?」
ハルバジャンが出掛けに渡された傘を持ったままの俺に言った。
「おお、そっか。砂漠じゃもったいないからさ」
「ふむ」
傘を差すと当たった雨の音と感触にギョッとした。
「もたもたしないよ?」
「あ、ジャルマ売ってますよ」
「すぐ買い食いをするな。戦闘地域だぞ?」
「あ〜ん?」
俺は最近だと珍しく予定の空いたハルバジャンとあとはアンゼリカと、チュンさん達厨房クルーの食糧買い出しに付き合っていた。
シークレットサービスや護衛ボットは勿論同伴。
大量消費品は船で纏めて買い付けるからプラスアルファだ。
因みにジャルマは発酵炭酸飲料。結局この後買ってボットに検査させてから飲んだが、塩気が少しあって甘酸っぱくてまろやかな炭酸だった。
晴れてたらもっと美味しかったろうけど、アンゼリカは大して気にしてなかったな。
買い物を終え、俺達は船に戻ってきた。船用大型ドックの船外に置いたテーブルで編み物してたサティーとキャンデ、中でトレーニングしてたミコとビン、ラウンジで飲んだくれてたボミミとジェムとゼリ、にお土産を渡した。
ロニーは交渉に出てる艦長の護衛だ。あの人ヘラヘラしてるけどめちゃ働くよな。
「あとは姫とブルーナさんだけだな」
チュンさんとハルバジャンは厨房に行ったのと船内ではシークレットサービスは付かないから、俺とアンゼリカと護衛ボットだけになっていた。
「エルマーシュは回復槽でしょ? コスプレ眼鏡に渡すだけですね」
「ブルーナさん、な。起きてたら雨降ってた話とかしよう」
「砂漠じゃないんだから、雨くらい降るでしょうに」
「はいはい」
まず今日2人で出掛けずチュンさん達の買い物に付き合ったことからして機嫌悪いアンゼリカを連れ、俺は姫の船室に向かった。