42話 オーロラの小路
あたしのオリジナルはレーラシア大陸の極北部西岸地域に憧れがあったらしい。
この当たりは気候と、地政学的な価値の無さで、旧世紀でも今世紀でも大した被害が無く、蟲も少なく弱かった。
ただまぁ、国どころかシティーベースの1つも無かった。
砂漠よりマシだと思うんだけど、蟲が弱くて資源が無いからか、不毛過ぎてマフィアもカーキャラバンもロクにいない。
マフィアがいないのは結構なことだけど、カーキャラバンがいないってことは、配給頼りってことだよ。
「よいしょ」
こっちの近道だと配給所まで少し坂だ。身重の身としてはちょっとしんどい。オートカートに掴まって登る。
クリニックに寄ったから遅くなった。
まばらな人の流れの中で、追い越されながら進む。
錆びたような配給所に着いた。ここのビレッジベースのは一応東部の施設だけど、軍人や役人はこんなとこ来ないから自警団の連中が案内ボットの隣で骨董みたいなサブマシンガンを抱えてあくびしてた。
「今日モにこにこ、配給日和。順番ヲ守リマショウ」
うるせーボット。
並んで、順番が来たが、初見の機嫌悪そうな受付員だった。めんどくさ。
あたしは配給タグを差し出した。雑にタグをスキャンされた。
「サンボタン・スィートブレッド。ワケわからない名前だけど、妊婦タグだね? 偽装じゃないだろね?」
「腹、スキャンするかい?」
「ふん! 棄民がさっ、EP3パックっ!」
後ろの係の荷出し掛かりの若手に命じる受付員。若手は知ってる子で、作業ボットと一緒にオートカートに規定通りの妊婦用の配給パックを乗せてくれ、ついでに自分の背中で隠して粉ミルク缶も1つオマケて詰めてくれた。
「とっとと行きな! 詰まってるだろうよっ」
「···ありがと」
若手の子にだけ小声で言ってあたしは配給所を出た。
「あのババア、南のタウンベースで脱税カマしてここに飛ばされたんだってよっ」
自警団の男が言ってくる。そんなこったろうよ。
あたしはため息ついて帰りは近道は坂がキツ過ぎるから遠回りで帰る。
ゆっくりゆっくりだ。転んだらおじゃんさ。
「こちとら古典童話由来のお嬢様だぜ?」
初見のヤツには大体名前イジられるが、オリジナルが結構あれこれ指図するヤツだったからよ。
まぁ、スィートブレッドは自分で思い付きで決めたから自業自得なんだけどさ。
「ふぅー」
一回休憩。と、安物のスティック端末に着信。夫だ。
「あー、今、配給もらった。1個サービス。でも、新しい受付員がいてさー」
話しながらゆっくりゆっくり、家に帰る。
···夜中、ふと目が覚めた。喉が渇いた。夫を起こさないように、転ばないようにベッドから起き上がって、寝室を出た。
廊下に出るとカーテンの向こうから淡い光の波を感じた。気のせいじゃない。あたしはカーテンを開けて、抗紫外線窓を開け、
「よっ」
防犯格子も手動ハンドルを回して開けた。
秋でも冷たい空気。夜空にオーロラが一筋に踊ってる。
「···配給所の婆さんにはこれからもイビられそうだけど、お前、いいとこで産まれるなぁ」
あたしはちっと動くあたしの腹に呟いて、窓をしっかり閉め、キッチンで濾過水を飲んだ。