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40話 北の女

生身の人間がミュージックホールで楽器を演奏している。大昔に撮られた立体映像じゃない。


クラシカテオミュージックが鳴り響く。


演者は大汗をかいて演奏している。


(信じられないね。ボットより迫力があるって)


···ミッドシーでのネプトリス撃破後エルマーシュ姫が例によって寝込んじまったのと、異常な出力を出したバドリーラの整備に火星婆さん達がかなり手間取った。


しかたなく俺達はミッドシー北の内陸のローゼニア国にしばらく滞在し、姫とバドリーラが回復するとそれからいくつかの小競り合いを経て、大陸北部の古典芸術の都シティーベース・ブフテルベンに寄港していた。


「ボットの方が正確だし、音楽専用の培養兵もいる。西にも調整兵、てのがいるんでしょ?」


俺が感動してると、わざわざ小声で言ってくる紫のドレスのアンゼリカ。


···バドリーラの探知と、情報部の調べでは4機目のモガリア系S型機トリグラフォはこのシティーベースの遥か東の大質量兵器の爆心地跡近くで試験運用されてるらしい。


出港は西部連盟の露払いやエアギルドの各勢力の配置整理次第だが、明後日を予定していた。となると、明日は準備で忙しい。


「あとで本場のブフテルおごるから黙ってて」


「なによ」


小声で言ってやるとアンゼリカは頬を膨らませて黙った。


···俺は今日の内にシークレットサービス同伴ありきだが、アンゼリカとブフテルベンの街を見て回ることにしていた。


星の各地で元々燻っていた東西の争いの活性化が顕著になってる。

イカボットのサポートありでも、バドリーラを1人で使い続けた姫の脳の疲労もだいぶ溜まってるようでもある。

この旅は、いつ終わっても不思議ではなくなっていたんだ。


···演奏が終わり、東西やどちらでもない富裕層に混じって俺も達上がって拍手した。アンゼリカはムッツリ座ったままだ。


ロビーに出ると待機していたガードドローンとも合流した。ドレスのまま伸びをしているアンゼリカ。俺もモーニングとかいう古典礼服は窮屈だった。


「着替えたらブフテルだ!」


「ミコと行きたかったでしょ?」


「やきもちミジンコ!」


「なんですってっ!」


「オイっ、走るな!」


シークレットサービスの担当主任に怒られつつ、俺達は少しはしゃいだ。



着替えた俺とアンゼリカはカフェで千切り菓子パンのブフテルを食べた。フワッフワだ。


そこまでしなくていいと言ったのにシークレットサービスの連中がテラス席を貸切にしたから、開店前みたいになってるけど。


「これ美味しい。船にも持って帰りましょ?」


「最近体調悪いけど、姫も食べてくれるかな?」


「あの子はしばらく調整槽に入った方がいいですね。私みたいな培養兵でもS型に乗っていた時は定期的に入っていたのに、無茶よ」


そんなこと話してると、テラス席の入り口でシークレットサービスの連中がなにか揉めだして、俺達のスティック端末に纏めて主任からの着信が入った。


「東部のトリグラフォのパイロットがお付きの連中と来たっ。パイロットだけ通す! 習慣になっているのか?」


腹立たしげに言って、一方的に通信を切ってきた。んだよっ。


「お前ら絶対1回来るよな」


「私、トリグラフォのパイロット嫌いだから。黙ってますね!」


「えー」


アンゼリカがそっぽ向いてると、俺達のガードドローンに見張られてながら、1人の背の高いグラマーな白人がテラスに入ってきた。


「こんにちは、ザリデ・ブルーレイク君」


とうとう俺までロックオンか。


「あと、アンゼリカVIも、元気そうね」


「···」


「あら、ご機嫌斜め。ふふ、ザリデ君。私はヒルデIII。東部連合のモガリア系S型機、トリグラフォのパイロット。今日はご挨拶に来たわ」


「もう開戦する、って話あるッスね」 


「そうね、ミッドシーで余計なことしたぽっちゃりさんのせいで早まったようね。こうして差し向かって相手にできるのは、私が最後でしょうね」


トリグラフォ自体、極北の紛争エリアで既に何度も目撃されてるって話だ。


俺はブフテルを1つ取って、空いてた俺の取り皿に置いて、茶とは別に頼んでた水のボトルと一緒にヒルデIIIの前に置いた。


「水、まだ開けてないヤツだ。それも美味い」


「ありがとう。ずっと北部にいるけどブフテルは初めて食べるわ」


千切って口に運び、ハンカチで手と口をふき、ボトルを開けて水も飲んだ。美人だ。


「美味しい」


「···今、私達はマナ・リーラIIIの改修機に乗ってる。トリグラフォの腕一本くらい持ってきますから」


見ずにだが、結局口を開くアンゼリカ。


「頼もしいわ。···ザリデ君、姫とアンゼリカVIの騎士役。頑張ってね」


「うッス」


「ブフテルありがとう。じゃあ、ね」


ヒルデIIIは体液回収を避ける為? 水のボトルだけ持ってブフテルは残し、去っていった。


「気取ってるんですよ。私と変わらないクセに」


アンゼリカはブフテル1個に乱暴に齧り付いた。


_________



ザリデとアンゼリカVIに挨拶を済ませた約10時間後の深夜。


大質量兵器の爆心地跡近くの交戦多発エリアで、ヒルデIIIの駆るS型機トリグラフォは現役の中型多目的戦艦ウルデェンIIの後部ハッチから出撃しようとしていた。

ブリッジから通信が入る。


「ヒルデIII、機体本体は現時点での最終調整だ。データを残せ。トリグラフォは汎用型。モガリア系機であっても、お前の戦果は大いに反映される。···殲滅しろ」


「了解。いつもと変わらない」


トリグラフォは淡い発光現象と共に夜空に身を投げ出した。


寒冷地仕様の小型偵察艦ベアドーIVが一段後衛から観測している。


既に前衛では自軍小型護衛艦べシムIIと小型強襲艦マイラギIIが鉄鋼機とエアグライダーを展開しつつ、西部の同規模の小艦隊と交戦していた。


当然相手も鉄鋼機とエアグライダーを展開している。


爆心地は様々な物質を吸収した中型の、この地では冬蟲(ふゆむし)と称される蟲の巣窟となっており、世界最大規模の希少原石の産地ともなっていた。


「スゥールブの神々は黄昏の後も死にきれないわ」


苦々しく言って、ヒルデIIIはトリグラフォと意識同調を強めた。


両手に構えたハイレイライフルの他に、8本の多関節サブアームが装備したレイライフルが、節足動物が蠢くように標的を探す。


高速飛行しながら、捉えた全ての標的にトリグラフォは熱弾を連射した。


全ての西部の鉄鋼機とエアグライダーを墜とすトリグラフォ。


中には脱出缶を使う者もいたが、落下した爆心地で上空の争いに殺気立った希少種の蟲の大群によって缶に喰い付かれた。


西部小艦隊は電磁爆雷をバラ撒いて撤退を始めたが、トリグラフォはサブアームをしまい、加速して電磁爆雷を避けて艦隊に迫り、全身を電磁界で覆う『ヴァルキリードレス』を展開して艦船のレイシールドを透過して艦の脆弱部に取り付き、ハイレイライフル撃ち込み、次々と沈め、全艦を壊滅させた。


「任務完了」


トリグラフォは自軍機、母艦と観測艦以外の自軍艦を戦慄させながら帰投していった。

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