39話 凪の海
···オリジナルのイポリットIIの活動報酬で、極東の漁村の漁師の仕事を命じられた時は正直困惑した。
「エメ夫っ、網に近付き過ぎだ。巻き込まれんぞっ!」
「了解です!」
フィッシャースーツを着てメットも被って、引き上げ巻き取り装置は使うが原始的な定置網漁で魚を船に回収するのを補助する。
これに関してはボットでもできる仕事だが、塩水作業のメンテや短い定期交換のコストを収入でペイすることは小型漁船では困難らしい。
親方、俺、ほとんど口を聞かない退役軍人らしい先輩の3人だけの船だった。
「エメ夫! 底蟲が混ざってる、噛み付かれるなよ?」
「了解ですっ」
ちらほら小振りな魚類と変わらない大きさの水底に弱体適応した水棲の蟲の類いがいる。
東部の生物環境統制省の見解では水棲種はあと200年でほぼ消滅し、あるいは蟲としての機能を失い単なる水棲昆虫に退化するそうだ。
蟲で当時の地上人類の7割を殺した旧世紀の傲慢な学者達はさぞ満足だろうさ。
引き揚げ作業は終わった。蟲と売れない魚は低温選別機が仕分けてくれる。
仕分け後の魚の内、売れ筋は手作業で生き締めする。他は機械で大雑把に締める。大体加工用だから。
「エメ夫! 港に戻ったらいい店紹介してやるっ」
「いや親方、苦手なんで」
「オイオイ、帝都じゃ教育がなってねぁなぁ! ガハハハッッ」
「はは···」
頭にオリジナルの記憶の断片が少しチラつく。女の、記憶。
(調整、甘いんだよ)
内心呟きながら、俺は陸では金持ちしか口にしない天然魚の締め作業に専念する。
全ての作業が終わり、船はオート操縦で港に戻りだした。
親方は操舵室のスティック無線で漁協の馴染みと雑談をしてる。
俺はメットを上げて首の後ろに吊るし、甲板の保護柵を持って凪いでる鏡のような海を見ていた。
「極東の海は硬いだろ? タロウ・エメラルドシー」
メットを上げた先輩が珍しく話し掛けてきた。中々見ない紙煙草を吸っている。
「どうですかね。ただ、まぁ。今日も綺麗だな、て思いますよ」
凪いだ硬い海を斬るように漁船は港へと帰っていった。