31話 ボル山地攻防戦 1
ランスロを失ったイェン大佐の多目的中型戦艦ウルデェン改は、ザハキア大陸南端の東部連合占領地域モート戦勝域の軍港の1つに戻っていた。
イェンは数名の警護の者と補佐官を連れ軍港の上級士官フロアのラウンジに来ており、窓からぼんやりと自分の船を見ていた。
一連のエアギルドの零号機騒動の余波で軍港は慌ただしくなっており、S型機を失い早々に後方に逃げ帰ってきたイェンの船は最低限度の補修後は中型艦ドックから追い出され、空港運用の邪魔にならない端のレーンに放置される形となっていた。
既に人員の多くは降り、S型機回りの機材も撤収されていた。
(···株と国債と不動産といくつか家のビジネスを売って党員階位を維持し、東方の国土復興事業に専念するか。軍に残ってシャトルで上がり宇宙海賊どもの掃討任務で点数を稼ぎ直すか···ラボの人脈は残したいが···いやまず愛人を何人か整理しよう、金が)
ままならないことを思案しながら故郷の発酵茶であるプオウル茶を飲んでいると、テーブルに置いていたスティック端末に着信の表示が出た。
あっさり工学省に戻ることになったムラタであった。
確認すると、書面通信でS型機班の撤収完了の確認と、イェンの開発への交渉権がS型機及びその対応兵からC型以下に下げられたことが記されていた。
備考でビジネスを考えるならD型以下を申請した方が賢明、とも添えられていた。
イェンは表示を消し、端末を床に投げ付けかけたが、護衛の冷ややかな視線の中、堪えた。
「···おいっ、確かC型のラボで売り込みに来ていたヤツがいたろう? 今、北にいるはずだ。あくまで非公式に、ツテを取れ」
「はっ、直ちに!」
実利と面子の兼ね合いを考慮するにしても負け犬のまま甘んじる等という振る舞いを、彼はよしとはしなかった。
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段々空域の東部の囲みが厳しくなってきたからってことで、停泊していたビレッジベースから2日目の早朝出航することになった。毎度こんな感じだよ。
ただ今回は西部連盟の部隊がベース付近は威嚇してくれていたから、いくらかは余裕があった。
「···オイラは3時間寝る! 戦闘配備になっても起きないぞっ?」
あまり休めてないジェム姐さんはグッタリした顔で宣言し、オレンジイカボットと共にドックを去っていった。
「ま、ジェム子は寝かしとくとして、リーラIVが1機でも手に入ってよかったわぁ。2人にもIIIの方を回せたしね」
現役の汎用鉄鋼機リーラIVの機体に海亀のシンボルマークを付けたツナギ着てるミコは上機嫌だった。
俺とアンゼリカの機体もリーラII改からリーラIII改に格上げされた!
「任せてよ? 俺、1級ライセンスのシュミレーターもバッチシ仕上げたから!」
「ま、ちょっとはマシですね。西部の機体は華奢なのが好みじゃないですけど」
俺とアンゼリカもツナギでドックに来ていた。
ビン、ロニー、ハルバジャンもそれぞれリーラIII改、フェアリーテイルIV改、ゼゥムンIIバーニアン改の調整なんかを手伝いに来てる。
エルマーシュ姫もピンクツナギでイカボット3基を引き連れ、act4に強化したバドリーラの様子を見に来ていた。
妙なもんで、基本怪しいゼリとキャンデと普通に話せてる感じだ。姫的だな、て。
ここで、
「朝御飯だよ!!」
「メカニックの人達、着替えだけでもしてね?!」
「姫、天然のスモモのキッシュがありますよぉ?」
「まぁ!」
モービルワゴンとスタッフとブルーナさんを連れて、コック長のチュンさんと、ボミミもドックに現れ、作業は一時中断になった。
朝一から作業だったから、ラッキ〜。なんか汁物あるかな?
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ボル山地の山陰に東部連合の小艦隊が潜んでいた。
構成は旧型の小型強襲艦マイラギの改修艦1隻、未改修のマイラギ2隻、旧型小型輸送艦ギーム1隻、旧型の小型偵察艦ベアドーII。
型落ち気味ながら、小艦隊としては中々の物量と言えた。
艦隊を率いるマイラギ改のブリッジに、C級培養兵メリーシリーズのラボの管理主任ダーデンがいた。
神経質そうにブリッジをウロつき、艦長イルハンをうんざりさせたいた。
「入電! 偵察部隊です。買収した複数の自警団及び採集業者からの情報提供でリュウグウクラン船団の詳細ルート割り出せましたっ」
「出せ」
自分とブリッジクルーの端末だけでなく正面画面に出してダーデンにも見せろ、という意味で艦長が言い、察した通信士が正面画面に想定ルートを表示させた。
しっかりボル山地を通り北西を目指していた。
「おおっ、無駄足ではなかった!」
一安心した様子のダーデン。
イルハン艦長は端末を操作しオート判断でいくつか提案された案を絞り、組み合わせて補足した配置図を手早く作成し、共有させた。
「再配置展開! ギームは肝だ。再々配置もあると思えっ」
艦隊が山地の中小の蟲達を追い立てながら動き出すとダーデンは艦長に迫り、仰け反らた。
「ダーデン博士、なにか?」
「メリーシリーズはC級ではありますが、戦場では量産性の高いC級がむしろ主力!」
「ええ、まぁ、そういった方針もあるかと」
一般的には非培養の後天簡易強化処置を施したD級兵を乗せたD級脳波感応器搭載機体の物量と平均値の高さで圧倒する、というのが脳波系機体運用の主流であった。
それが安上がりであり、そもそも培養兵士は条約違反兵器で実戦で大量投入するものではなかった。
「これを!」
いきなりスティック端末でメディカルチェック時と思われる豊満なメリーシリーズの裸身を大きく立体表示を見せてくるダーデンに、艦長席から転げ落ちそうになる艦長。ザワつくブリッジクルー達。
「メリーIVは最高傑作です! オーバーコストのS型等はテスト個体に過ぎませんっ。ああ、なんと美しい均整の取れた身体!! 1体当たりのロールコストはドメアIIIより安いのですよっ?」
「そう、ですね···ダーデン博士。想定会敵時まであまり時間はありません。優れた! メリーIV達の最終調整に入られてはどうでしょう?」
「ああ、そうだ! 彼女達の所へゆかなくてはっ」
ダーデンは熱に憂されたようにブリッジを飛び出していった。
「···どちらが培養兵かわかった物ではない」
上級党員の不正を告発した結果とうの昔に出世コースから外れているイルハン艦長は、つくづく退役の機会を逸した。と思い知らされていた。