27話 夢幻のカミラビ 1
リュウグウクランの船団のグラングリフォンベース出航の報を受け、最も近い東部連合の小拠点から中型輸送艦ゼァーノIIの改修艦が離陸した。
ゼァーノIIには東部連合のモガリア系S級脳波感応器カミラビ、が格納されている。
今回は観測担当にベアドーIIIの改修艦が随伴していた。
(···メイティー君のランスロから、私のカミラビになにか情報は伝達されてましたね。でも上手くアクセスできない。戦闘に不用だから制限されたのでしょうか? そう、でしょうね···チッ)
調整槽の中で呼吸機と計測器だけ付けられたアンゼリカVIは目を開けた。
ゼァーノIIの調整室では管理主任のベイソンを始めとした脳波感応器の技術者達が作業していた。
(私は次の私の材料。いつか、私は完成するのですかね?)
「ん? おい、VIが起きてる。まだ早い、眠らせておけ」
「はっ、VIは薬物が効き難いんですよね。これだから別用途からの転用個体は扱い難いんですよ」
助手の1人が機器を操作し、調整槽の催眠液の濃度を上げた。眠くなるアンゼリカVI。
(···メイティー君の話を聞けて良かったです。活動報酬のことを思い出せた。今の、私に···報酬が、あっても、いいでしょう? ミジンコ、みたいな、物、でも···)
アンゼリカVIは深い眠りに落ちていった。
「ベイソン博士、勝てますかね? グリフォンベースで調整する前の時点であれだけサイキックを顕現したランスロを撃破してましたし」
助手は拳闘かなにかの試合の予想をするように聞き、ベイソンは作業の手を止めず応えた。
「我々は軍人ではない、研鑽するだけだ。だが勝っても負けても、競技的な交戦は今回が限度だろう。作戦終了後、後方任務に就けるよう屁理屈を考えておくことだな。軍部は我々を戦闘機のメカニックと誤認している」
「実際そうじゃないですか?」
若い、比較的気楽な中級党員世帯出身の秀才の助手の軽口に多少、眉をひそめた。
「人間が飛躍する。その瞬間に立ち会うことが人体培養技術の核心だ」
「あー···ですね〜」
助手は会話に関心を失ったらしく、自分の作業の為にその場を離れていった。
ベイソンを眠るアンゼリカVIを振り返り、かつて若者であった頃に見た、白兵戦型でもう少し成長した姿であった紫の髪と瞳のアンゼリカIIIを重ねていた。
_________
もう毎度のことだけど、グラングリフォンベースを出航してから大慌てだった。
あっちのS型が今あるらしい東部の拠点が近く、一定の制限での交戦は西部と東部とエアギルド本営で勝手に、有り、てことにされたらしい···こんなんばっか!
こっちの戦力は、グリルポークIIIの回避&航行性能向上改修はギリ間に合ってる。
俺とミコ、ビンの新しい機体への乗り換え、ハルバジャン機とロニー機の改修。随伴するミノスIIに配備する機体の更新も完了。
同じく観測用についてくるブレーメンIIも追い付けなくなるから航行性能は強化改修された。
バドリーラも正式にact3に改修! デカいハイレイランスやレイテンタクルは再現できてないが、普通サイズのハイレイランスと有線爆雷は装備していた。
俺はアンゼリカの騒動でスケジュールがカツカツたったが昨日の深夜、なんだかんだで鉄鋼機2級ライセンス取れた。
砂漠を抜けて国があるエリアに入ってくるとちょい無免許だとややこしいらしい。単純に知識や技術の確認もできた。
あとはミコが「機体のクラスが上がってくるとイカ君乗せてると逆に処理重たいんだわ」と、あれだけあちこち連れ歩いてた青イカボットをあっさりお払い箱にしていた。
哀れな青イカボットはデータ取られてから消耗されがちな姫のピンクボットのスペアに改造された···
そんな感じだが、まぁ色々機体調整が間に合ってない。今はほぼ仕事がない艦整備班にも手伝ってもらい、グリルポークIIのドックはジェムの怒号とゼリとキャンデの奇声の飛び交う状況だ。
ブルーナさんはドックで色んな人(大体ジェムかジェムかジェム)に怒られるから半泣きで厨房で大量に必要になる軽食作りを手伝うことにしたようだ。
今は役職が『主に姫係』になってるもんな···
ま、それはそれとして、
「エルマーシュ姫」
ちょうど片膝をつかせ、開けたコクピットハッチの端に座り、メットを取ったピンクのパイロットスーツで足をブラブラさせていた姫の前に俺は進み出た。
姫はピンクイカボット3体を周囲に浮かせている。
「あちらのパイロットのことは聞いています。1つ、ザリデ君に言っておきます」
「あ、はい」
出鼻を挫かれた感じだ。
ネイティーのことは、なんならアンゼリカにしか言えてないし···
「ピンクのパーソナルカラーは、わたくしの方が80年程早いですからね?」
ニッと笑ってくる姫。
「うッス」
ウチの姫、手強いぞっ?
_________
グラングリフォンベースの領空を出て小一時間後、間が悪く下方中空を飛行種の中型砂蟲オオスナテナガコガネの一筋に連なる渡りにかち合ってしまっていたが、リュウグウクラン船団と件の東部の2隻は互いに会敵した。
双方早い段階でスプライトを散布している。
足の速い仕様の小型輸送艦と汎用小型護衛艦に対し、装甲値とレイシールドの出力の高い仕様の中型輸送艦。
どちらかが手心を加えるまでもなく、そのつもりならばほぼ同じ距離で交戦が始まる相性であった。
「エルマーシュ、バドリーラact3。出ます!」
「アンゼリカVI、夢幻のカミラビっ。出ますわ!!」
双方のS級機は支援機共に後部ハッチから出撃した。
円盤状の装備を4枚背負うカミラビはバッズIV4機と共に、バドリーラはザリデのバーニアユニットのリーラII改とロニーのグライダー機フェアリーテイルIV改と共に展開を始める。
ロニー機が例によって大きく旋回して間合いを取り出す中、ザリデは状況が動く前に回線ワイヤーをバドリーラに繋いだ。
「姫、あっちのS級機、脱出缶もだけど自爆装置もあるかもなんでっ」
「ジュカ氏の方のお陰でバドリーラの感応器が活性化している気がします。やれるだけのことは!」
姫はそれだけ応え、ワイヤーを外しながら離れ、カミラビと互いにハイレイライフルを撃ち合い、熱弾が激しくぶつかり合い、蟲達が仰天し、それが開戦の合図となった。