24話 モガリアの遺産 2
アスマイールは時代掛かった宮殿にいた。気温、湿度、高価であるはずの香の類の匂いまでした。
「なっ?!」
コクピットで脳波感応器をわずか5パーセントの制限で起動してみせたその直後のことである。
人気の無い廊下に立っている。靴底の感触も感じた。
(···これも脳波感応器の作用かっ。D級感応器を使ったフルダイブゲームのジャンキーどもがいるが、なるほどな。この状況で私が前後不覚になる確率は低い、様子を見てやろう)
「ふんっ」
この幻視の映像がおそらく記録されている前提で、虚勢を張り、廊下を歩きだすアスマイール。
と頭に直接、声が響きだした。囁く者達の姿まで見える。対応して宮殿の景色は曖昧になってゆく。
「件のS級機がどちらも完成したらしい···」
「バド氏めっ、無用な真似を!」
「東西の本営が黙っていない」
「程々に開発して、エル教に耽溺していればよい物を···」
「御子が邪魔だな」
「反王家派が東部と露骨に通じだした」
「西部とも均衡を保たねばっ」
「王家はもうダメだ。醜聞が多過ぎる。祭事と産業をバド氏に委ね過ぎた」
「ジュカ氏が立たねば!」
気付くとアスマイールは研究施設にいた。
目の前にいずれも旧式の強化スーツ着て武装浮遊ドローンと中型武装オートボットを連れた特殊部隊員達のすぐ側にいた。アスマイールは慌てたが、彼らの視界にアスマイールは映らないようだった。
「手筈通り脳波遮断室への入室を確認!」
「長女を仕留めればあとはただの子供だっ」
「魔女どもめっ!」
特殊部隊部隊員は研究施設へとなだれ込んだ。手引きした者達諸共皆殺しにしながら遮断室に突入し、機器を取り付けたアスマイールが見覚えがある気がした試験中の女と対峙した。
(愚かなことを)
女は思念で特殊部隊員に語り掛け、襲撃者達は恐怖し、引き金を引き、女を殺害した。
途端、現代で改修される前の、さらにその前の姿の無人のバドリーラが格納庫で起動し、激しい発光と共に片手を襲撃者の方角に掲げ、力場を放った。
「ぎゃああっ??!!!」
「悪魔めぇええ!!!」
「あぱぁゔ??」
念力で為す術なく全滅させられる襲撃者達。
「ひぃっっ」
アスマイールはその光景だけでなく、この幻視が、多少認識の前後はあるようでもバドリーラと呼ばれる鉄鋼機自身の認識と憤怒であると、直感させられ、恐怖した。
この機体は勝手に記憶を読み取った人間達の情報を解析して過去を記録している。
それが、今、現実の自分が搭乗している機体であることは明らかであった。
そこからは、内戦、モガリア朝を見限るジュカ氏、追い込まれてゆくバド氏、バド氏を裏切る技官達、いずこかの有毒の谷に封じられるバドリーラの姿を見せられていった。
幻視は消え、闇に浮かべられるアスマイール。
「はぁはぁ、もうっ、たくさんだ! 歴史の教訓か? ジュカ氏の罪? 冗談ではない、賢明だったのは我らと技官どもだけだっ! ハハハっ」
あくまで虚勢を張るアスマイール。熾烈な兄弟間の跡目争いを勝ち残り当主の座についた彼にとって、当然の反応であった。
しかし、
「ジュカ様ぁあ〜〜っっっ」
「お助けを!」
「おのれジュカ氏めぇえ!!!」
「裏切り者!!」
記録された、ジュカ氏に敗れ貶められ見棄てられた当時の恨みを抱いた達の思念がアスマイールに纏わりつきだした。
「離れろ! 負け犬どもっ、ええいっっ」
殴り蹴り、引き剥がすが、数えきれない死霊達に徐々に抑え込まれてゆくアスマイール。
「うぐぐぐっっ」
闇と死の中から、怪物その物の姿となったバドリーラが大口を開け、アスマイールを死霊達ごと喰らいつきに掛かった。
「やめろぉおおおーーーーっっっ!!!!」
絶叫し、アスマイールは現在のバドリーラのコクピットで目覚めた。失禁していた。
ほとんど時間は経っていないようだったが、異変に気付いたブロッサムティーを名乗ったテストパイロットが、感応器のわずか5パーセントの起動を止めたらしかった。
ゼリとキャンデもコクピットを覗き込んでいた。
「あれまぁっ掃除しなくては、でございますねぇ」
「殿下の遺伝子に反応して、当時のメモリーでも逆流したのですかな? イヒっ」
「大丈夫ですか?」
ブロッサムティーは手を差し伸べたが、暗いフェイスガードの向こうのマスクの顔を見たアスマイールは、暗殺された御子の女の姿と重なって見えた。
あの暗殺部隊を差し向けたのはジュカ氏であった。
「触るなっ!」
テストパイロットの手を払い、ゼリとキャンデを押し退け、アスマイールは転げるようにバドリーラから降り、そのまま取り巻きと共にドックから去り、それから小1時間も経たぬ内に、グラングリフォンベースからも遁走していった。
以後、アスマイールがバドリーラや、後に身分を明らかとしたエルマーシュ姫に関わることはなかったのだった。
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自前の豪奢な小型艦で逃げ去るアスマイール一派とちょうど入れ替わりになる形で、グラングリフォンの発着場の東部連合専用エリアに、長距離航行仕様のライドグライダーに乗った7機の現役汎用機体バッズIVに護衛された、東部連合のほぼ旅客機型の中型人員輸送機が着陸した。
少ない乗員の1人である10代中盤の少女が横付けされたモービルタラップの上に降り立ち、腰に左手を当てた。
全身ピンクの派手めの服を着て髪もピンクであった。サングラスを取る少女。瞳までピンク色をしている。
「このアンゼリカがっ! メイティー君をブチ殺してくれたクッソ野郎だかクッソ女を見定めてあげますわぁーっ!! ま、どんなヤツでも楽勝ですけどねっ! ふふんっ」
「アンゼリカVI。さっさと降りろ」
後ろでつかえていた白衣の中年の男が促すと、ピンクの少女は不満げな顔で振り返った。
「ノリ、悪くありません?」
「降りろ」
「チッ」
舌打ちをしてサングラスを掛け直したピンクの少女、アンゼリカVIはエスカレーター式のモービルタラップの足場にヒールの足で乗り、両手を腰に手を当てた姿勢で降りていった。




