23話 モガリアの遺産 1
入港後の検疫がなんかバタバタしてたような?
そんなことをパイロット組と控えてる待機室で思ってたら、姫、ブルーナさん、オンディーナさん、サティー、ジェム姐さん、でもって屋内用モービルチャリーに乗ったゼリとキャンデの婆さん達が、慌ただしい感じで現れた。
ジェム姐さんと婆さん達は迷惑顔だ。
姫は、なぜか保護スーツを着てメットも被りフェイスガードがいつもよりやたら明度を落としてて、中で謎のアイマスクまで付けてる。ん?
「マズいことになってます! オールドフォックス閥と折り合いの悪い閥と東部の連中にハメられてしまったようですっ」
一番動揺してるブルーナさん。なになに?
「後援者候補だったアスマイール・モガリア・ジュカがこのベースに乗り込んできやがってますね。バドリーラの所有権について勝手なことをあれこれ吹き込まれた気配です。早い内に現在のジュカ氏の不正を各所にリークして潰しておくべきでした···」
だいぶ悪い顔で言うオンディーナさん。
「私はマーシュ・ブロッサムティーというコードネームの脳波感応器のテストパイロットという設定になりました。アイマスクはパイロット適性強化の結果、視力が8,0あって日常生活に支障がある為付けているという設定です」
なんか強そうな姫の設定!
「私達の本籍のエアギルド内のラボ、マリネリス工房に所属ってことになりましたね」
「一応西部のあたしらの火星の閥に話は通したけど、急場の凌ぎだよ」
心底面倒そうなゼリとキャンデ。さらっと今、西部のあたしらの火星の閥、とか言ってたぜ?
「イカボットも隠すんだぞ? ミコのも回収だ!」
イカボット用らしいスキャン対策利いてそうな箱を開けてみせるジェム姐さん。
「な~んか、厄介そうね」
青イカボットを箱に移させながらダルそうなミコ。
とにかく姫に関してあれこれ偽装することになった!
_________
ハルバジャンとオンディーナを連れた艦長の案内で、アスマイールは取り巻きとドックに入るなり不機嫌になった。
「随分凡庸な形状にしてくれたものだな!」
「何分劣化が激しく、移送に相当な交戦も想定されましたので」
諸々の経緯等を大雑把に端折るガーラン艦長。
「モガリア王家の工学遺物の権利は当然、殿下の物であります」
取り巻きのハーバルが喚くが、艦長は受け流した。
「殿下、該当機体は宇宙公社の庇護化にある上、今、この機体を個人で所有なさいますと発掘調査改修移送費が掛かり、またザハキア本部のマリネリスラボと権利交渉することになってしまいますが」
「マリネリス? なんだ?」
ハーバルに問うアスマイール。
「西部連盟の火星閥の息の掛かった脳波感応器研究機関ですっ、人体実験を繰り返してるとかっっ」
「うっ···脅しかっ? 私は屈しないぞ!」
「いえいえ、そのような」
一行は足元に姫とゼリとキャンデが待つバドリーラに近付き、姫達から様子を伺える位置で待機していた正装制服のビンの前を通り掛かった。
「こちらは機体移送の護衛を担当しております、ザハキア本部28番鉄鋼機隊飛行長のビン」
「雑魚は一生敬礼していろっ!」
「イエッサー!!」
挨拶しかけてそのまま敬礼姿勢維持に切り替えるビン。ガーラン艦長は気まずく紹介を断念した。
これに、離れた物陰で様子を見ていたミコが工具をアスマイールに投げ付けようとして、同じく隠れていたザリデとジェムに止められた。
アスマイールはいよいよバドリーラの前に立ち、エルマーシュ姫、ゼリ、キャンデと対峙した。
「これはこれは殿下! 私どもがこのS型工学遺物機体act2! の整備解析を担当しております」
「マリネリスラボのゼリとキャンデにございます。こちらはテストパイロットのマーシュ・ブロッサムティーっ!」
「···ブロッサムティーです。視力は、8,0···」
奇妙な様子の姫とマリネリス研の2人にアスマイール達はややたじろいだ。
「気味の悪いヤツらだ! 小汚い作業場を這いずり回る鼠どもと変わらんなっ」
今度はジェムが工具を投げ付けようとして、ザリデが1人で押さえた。
「しかし、愚かなバド氏の遺産らしき物がこうも形を保って現れるとはな、亡霊め」
バドリーラを見上げ、吐き棄てるように言うアスマイール。
「···」
拳を握り締める姫にザリデとガーランは察した。無人のバドリーラのコクピット内で姫の感情に呼応して機体が起動の兆候を見せていた。
「バド氏の物であるか否かは定かではありませんが、ハハ。S級脳波感応器は安全ではありませんので、発掘の経緯や権利等について別室で確認を」
ガーラン艦長はこれ以上は場が持たないと見て、去るよう誘導を試みたが、
「···ジュカ氏にも話は伝わっている。そのS級脳波感応器その物をエル教と結びつけるバド氏の異様さ、大勢を読めぬ愚かさ。だが、面白い! コクピットを見せてみろ」
「殿下?!」
「ジュカ殿、危険です!」
ハーバルとガーランは慌てた。
「おい、ババア2人とモルモットの女。機体を跪かせ、コクピットを開けろ」
「「ババア···」」
「畏まりました」
姫は、艦長が止める間もなく開けられたコクピットハッチから垂れていたワイヤーの昇降装置に足を掛けて慣れた様子で登り、簡単な操作でバドリーラに片膝をつかせた。
ゼリとキャンデは目配せし、モービルリフトを呼び寄せ、さらにコクピットに上がり易くしてみせる。
「殿下。どうぞこちらに、感応器のリミッターは5パーセントに設定しておりますが、王族の方が搭乗されると未整備のモガリア朝時のデータが浮上するかもしれません。お気を付け下さい」
「ふんっ、私はこれでも蟲のハンティングが趣味なのだ。鉄鋼機1級ライセンスを持っている。そこらの素人と一緒にするな」
「そうですか、失礼しました···」
姫はアスマイールと入れ替わりに低くなったコクピットから身軽に飛び降り、アスマイールは取り巻きを慌てさせ艦長を呆れさせながらバドリーラのコクピットに乗り込んだ。
「お、面白ぇことになってきたなぁ」
ミコとジェムと同じく態度の癖が強い。という理由で、離れているよう言われてキャットウォークで様子を見ていたロニーが酒を飲みながら言った。
「バド氏の亡霊よ、賢明なるジュカ氏と共に来れば、さぞ栄光を得られたことであろうに」
実際、鉄鋼機の扱いに慣れたアスマイールは物の試しに5パーセントの制限で、コクピットを開けたまま脳波感応器を起動してみた。
それは彼がこれまでの人生で一通り行ってきた、常に保険を掛けた火遊びと豪気な旧王族としてのパフォーマンスの一環に過ぎなかった。
内心、この権利交渉で遅れを取らず、西部とエアギルドに貸しを作り、宇宙公社にもツテを作り、いくらか小遣いも稼ぎ、あとは東部の連中に恨まれない程度に情報を横流しすれば十分であったし、艦長の言った通り、個人で東部と拗れているS級脳波感応器を管理する等馬鹿げた話であった。
特段本気ではなかった。
しかし、バドリーラは、ジュカ氏の王族が搭乗したことを認識していたのだった。




