21話 ハルバジャン・ブートキャンプ
ふむ! 一応の安全空域まで出られたようであるのっ。
先刻の東部のS級機のテレパス兵器の影響か、これだけ離れても飛行種の砂蟲達が騒ぎ妙に高い高度を飛んでおり、艦と機体の蟲払いの電磁波を確認して後部ハッチを開けてもらい、着艦した。
私が最後である。スプライト濃度が下げられたので、後はミノスIIとブレーメンIIの監視で十分であろう。
しかし、ゼゥムンIIバーニアンは良い機体だ。ミサイル兵器類は中々効率よく落とせた。艦に張り付いてるの立ち回りもやり易かった。
鉄鋼機は傭兵時代に1級ライセンスを取らされていたが、乗らんでもないくらいであり、イカボットもどうも接し方がよくわからず断っておったが、自信がついてきた気がするのである!
機体から降りると医療部員のサティーがわざわざ直にスーツの数値を取りに来た。
「サティー、わざわざドックに?」
「バドリーラ班の人達が定期メディカルチェックを受けてくれないので、取り立てに来たところです。その、ついでに」
「おお」
「···それから、ザリデ君が元気無いようなので仮眠明けにでもちょっと見てあげてくれませんか?」
「私か? ミコの方がいいだろう」
「ミコさんもバドリーラを拾ってからちょっと休めていないようですし、それにザリデ君、ミコさんが行くと変な感じになりがちですから」
「ふーむ」
年頃であるからなぁ。
「よしっ、やるだけやってみよう!」
「程々で頼みますよ?」
「うむっ」
やはり心が疲れている時は、運動するのが一番であろう!! ぬんっっ。
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ジェム姐さん対策の張り紙を貼り直したこの船の自分の船室で、2時間程仮眠を取り、俺はスティック端末のアラームで起こされた。
ロニーに勧められたカントリーゾォズの曲だが、なんだかチャカチャカして正直よくわからない···
「ふぁ」
大あくびする。船の人員が増えたから、雑用からはほぼ解放されちまった。
かといって、すぐにシュミレーターに入ろう、とか、座学やろうって気にもならない。
「戦争、までいかないが、殺し合い、だなぁ···」
ぼんやり呟く。俺が元々普通の暮らしをしてたらまた違うのかもしれないが、はっきりさせずに先送りにしてた物が急に差し迫ってきた感覚だ。
あるいは、俺みたいな半端なヤツら全般のツケが俺の所にまとめて来てる、みたいな?
「いや、俺だからどうって、自惚れだ」
自分にツッコミを軽く入れ、取り敢えず起きることにした。
ざっと身嗜みを整え、制服に着替えて通路に出た。
ドックに行くのもしんどい気がしたから、庶務の備品管理でも手伝いに行くことにした。と、
「ザリデ・ブルーレイク!」
ピッチピチの訓練着にサングラスをしたハルバジャンが腕を組んでいた。
「え?」
「筋肉の時間だ!」
サングラスを上げ、ハルバジャンはニヤリと笑ってきた。
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トレーニング室に、訓練着に着替えさせられた俺、ロニー、ミコ、ビンさん、姫、ブルーナさんが集まっていた。
教官役は···
「ハルバジャン・アイアンスコーピオンである! 私のブートキャンプへようこそっ!!」
「「「···」」」
全員、仮眠明け。なんなら寝足りない感じ。
「筋肉とはなにか? 鍛えればわかるさっ!」
質問から解答、はっや。
「というワケで全員分のメニューを考えたのである」
わざわざ紙で印刷したメニュー表を普通に配りだすハルバジャン。
「もなに〜?」
「なんの発作よ?」
「眠いんだけどよぉ?」
「本格的なサーキットメニューですね」
「私、運動は···」
「俺、スカッシュくらいでいいんッスけど?」
「マッスルGOっ!!!」
結構なブーイングの中、トレーニングは実行された! 途中、ドック作業に形を付け、仮眠に入りに掛かるらしいジェム姐さんが、話を聞いたのか一瞬トレーニング室のドアを開けたが、ハルバジャンが声を掛ける前にドアは閉められた。
なんで一回来たし···
とにかくギッチリ鍛えるっ。けど、思えばこんな身体を鍛えるのは久し振りで、ブルーナさん以外のパイロット組は段々鍛錬に熱中しだした。
「ふぅ〜、皆さん程々に〜」
眼鏡を曇らせてポリカネードを飲み、ブルーナさんは早々に休憩に入っていた。
俺は、ガンガン鍛えた! はっきり見れる物があるなら、それを見てやるっ。もうミコのお尻だけでここにいないぞっ?
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···休眠カプセルから起こされて、移動には2日も掛かった。
最初は処分されるのだと思っていたけれど、それにしては移動が長過ぎる。
実験だろうか? でもデチューンクローンのボクでなにをするんだろう?? あまりいいことではないと思う。
なにも、期待はしない。そう決めてる。
「降りろ」
管理スタッフに促され、ボクはボクと管理スタッフしかいないホバー車のコンテナ席から降りた。
草と土、それから獣やそのフンのにおいがした。五感シュミレーターでしか知らない物が多く刺激は強かった。
ここは山羊の牧場だった。蟲避けの電磁柱は少なく貧弱で、蟲のあまりいない地域なのかもしれない。
手錠と、首輪まで解除された。
「МD3。貴様はロストしたお前のオリジナル個体の活動報酬として新たな戸籍を得て、ここで労働に従事することを許可された。納税、及び、生殖活動を許可する。貴様のデチューン遺伝子ごときに定期検査の必要はない。貴様はまず名前を決めろ」
僕は唖然とした。活動報酬が、実在したなんて!
「早くしろ。活動報酬の実行は他のオリジナル個体の安定に関わる。貴様の唯一の成果と理解しろ。名前を、決めろ」
「じゃあ···」
頭の中になぜか市販されてるはずの清涼飲料水の名前が浮かんだけど、さすがに修正されるだけだ。
「サード・ウォーターマンでお願いします」
「サードを名乗るか、卑屈だな。ウォーターマンはなんだ?」
「いえ、その、一雨降りそうだな、て」
でまかせだったが、確かに温帯らしいここの空は曇りだしていた。
管理スタッフは鼻で嗤い、スティック端末を操作し、送信し、確認すると、別の安物らしいスティック端末を確認しろと投げ渡し、あとは近くの建屋に行け、とホバー車で去っていった。
それを見送っていると、本当に雨が降り出した。
「ありがとう」
ボクは、きっと何人ものボク達にそう言って、雨を避けて畜舎に自分で戻ってゆく山羊達と、古びた牧場の建屋にゆるゆる歩いていった。