13話 斥候 1
ガーラン・チャモイ艦長は正装の制服でオアシスベースのギルド支部の秘匿回線で通信を繋いでいた。盗撮盗聴等の確認は可能な範囲で同伴したオンディーナが行い、ハルバジャンが特別通信室の出入り口を固めている。
「···寝た子を起こす、とはこのことだね」
ヒロシ・オールドフォックスは粗めの通信で画像で淡々と言った。
オンディーナは唇を噛み、ガーラン艦長は冷や汗をかいた。
「はい。公になる前に下手な閥に知られると最悪暗殺を指示されるでしょう。姫は今日を最後にギルド本部まで船から降りて頂かないつもりです」
その姓の通り老いたオールドフォックスは柔和な笑みを浮かべた。
「今日は散策させ、ここまで運んであげるつもりなんだね。君は本当に人がいい」
「いえ···」
オールドフォックスは若い頃からの癖で、制帽の鍔を触った。
「タイミングを見て、誤情報を流そう。シークレットサービスが姫を移送していると。件のS級機の移送もいくつかブラフを。ただ限度もある上に、コレは内輪向けの偽装だ。同じ疑似脳ベースの機体は特に共振する。姫君の直感の話が真なら結果的に東部連合の連中には居場所は既に知れているだろう」
「はい。かなりジグザグになってしまいますが、東部連合の影響域を避けつつ、局長シンパの拠点を経由してゆきます」
「稀なS級機体が都合よく近くで運用されている情報は無いが、斥候は近々来るだろう。そのオアシスベースでは最低限の人員と資金くらいしか回せないが、準備が済んだらすぐに出航することだ」
「はっ。あの、ここで降りる船員の安全圏への移送と経歴洗浄を頼めるでしょうか」
「賢明な者達だよ。無論だ。機密の為にもね」
「お手数を掛けます」
「ああ。該当機体の初期データは慎重に扱う。タカ派を刺激し過ぎたくはない。あとは···ミコは乗らないだろうが、S級機に乗せるのは控えてやれ。わざわざ地上に帰してもらったことだしな」
「はっ!」
「しかし、巡り合わせだよ。今になってモガリアとは、私が士官学校で散々教訓、と教わった、歴史の話だったよ」
西部連盟出身のヒロシ・オールドフォックスは強い疲労感を感じているようだった。
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ぐぉ〜っっ、バドリーラのコクピット! 開いてるぅ〜っ!
俺はイカボット2機を取っ捕まえて掴まって「行け!」と浮かせてコクピットの中を覗いた。小さくてわからなかったけど、ジェム姐さんが専用のオレンジのイカボットと中で作業してた。
「へぇ~? 固定で複座制なんだ」
「ザリデ! 地上で宇宙みたいなノリで飛ぶなよっ、危ねーんだぞっ?」
宇宙行ったことないが、確かに危ないんで解放されたコクピットのカバーの上に降りた。イカボットには逃げられる。
「オアシスにいる内は触らないのかと思ってた」
「上が金積んで小型艦用ドック貸切にして人払いしたから。でも目立つだろ? 使えるように急いでんだぞ」
「コレ、使うの?」
「最悪の場合! たぶんソロのミコか、姫とロニーかな? ただS級脳波機体なんてオカルトだからさ。オイラも探り探りだぞ?」
姫、やっぱ乗るかもって感じなんだ···
「ボス! ゼゥムンII改の塗装終わりやしたー!」
整備長だから他のメカニックからボス呼びなジェム。
機体コードも変えて、ゼゥムンII改はミコに穴開けられた横っ腹とコクピットを差し変えて、西部連盟っぽい塗装に変えられてた。
ハルバジャンかロニーが乗ることになるらしい。いや、ロニー使い回され過ぎじゃないっ?
「よし、じゃあ次は艦の過積載対策···だからドックでドーナツ食うなってっ、それオイラのココナッツココアだしっ、オッラっおおう??」
工具をぶん投げようとしてオレンジイカボットに触手で止められるジェム姐さん。姐さん用短気抑制ギプスに使えんな、ふふん。
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ブルーナさんが衣料調整室でわたくしの正装装束から平服から寝巻きまで一通り作ってくれたのですが、衣料調整員のボミミさんと一緒になってあれこれ着替えさせられてしまって、お人形さんになった気持ちでした。
「ボミミさん、この色味は正解ね!」
「でしょー? むほほほ」
2人は満足そうに試した衣装を片付けています。
私はだいぶ幼い王族女児の格好で椅子に座らされて、頭にたくさんリボンを付けられていました。
リボンや年齢相応云々はともかく、確かに良い造りでしたが、正直、わたくしの祖父母の代の流行りだったのですが···まぁ、今となってはでしょう。
改めて色々、オンディーナさんやロニーさんに資料を集めてもらいましたが、活発に活動するモガリア王家子孫はタカ派と単なる世襲富裕層ないしその両方だけでした。
もちろん静かに暮らされている方々もいらっしゃいましたが、少なくともこの争いにはもはや巻き込むべきではないでしょう。
···もはや巻き込むべきではない。
どの口がという話です。
「はぁ」
現状、バドリーラを起動できるのは私だけ。程なく、姉妹機達が現れるでしょう。
バド氏の御子はS級脳波感応器の被験者になるのが務め。
しかし兵士として戦うことになるとは。
いや私は判断が遅過ぎたのかもしれません。あの時、あの時代、私がバドリーラを駆って姉妹機共々モガリアのS級器を葬っていれば···
「姫様! 次はこ、こ、婚礼衣装を御召しにごじゃりせんかっ?」
「これは最高傑作ですっ、未来のシミュレーションにっ、是非!!」
また凄いのを持ってきましたね。わたくしも博物館で見た時代のモガリアの婚礼衣装です。
「···着ましょう。しかし私の世代とリボンの過剰使用は考慮して下さい」
「「かしこました〜っっ」」
着せられながら、わたくしが実際、誰かと婚礼することはないのだろうな、と、思っていました。
わたくしは、モガリアの亡霊に過ぎないのだから···