10話 目覚め 2
朝焼けの枯れた大地を俺達はグリルポークIIの窓の明度を調整したブリッジから見下ろしていた。
「やっばっ」
思わず呟く。ヤァデ渓谷。正式名はヤァデ山地東砂岩地帯。風で侵食された地形。砂漠の端で、大昔に蟲が増え過ぎて大規模薬剤散布を行った結果、未だに耐毒スーツ無しじゃ近付けない不毛の地。
「この毒の谷に、我々モガリアの至宝、バドリーラが封じられています」
青ざめた顔の制服の姫。
「バドリーラはS級脳波感応器を搭載した鉄鋼機。この時代にたどり着いてしまった以上。健在であるのなら、あれを回収しなければなりません」
「姫、回収できてしまった場合、ギルド本部に持ち帰るのが筋ですが···やはりここで、破壊してしまうべきでは? 場合によって、姫殿下が蘇生なされたこと自体我々は忘れましょう。前提が変わってしまいます」
ガーラン艦長、言う人だなぁ。
「チャモイ艦長。ありがとう。状態が悪ければ、破壊すべきだと思いますが、そうでなければ···」
「脳波感応器はテレパスとサイコキネシスの増幅する疑似脳です。信仰対象ではないですよ? S級なんて、ただの禁止兵器だから」
途中から敬語を忘れて指摘するミコ。
「わかっています。モガリアもこの兵器を処分するつもりでいたのです。しかし、あの機体には姉妹機が存在します」
ええ? ブリッジにどよめきが広がったっ。
「姉妹機は裏切った技官達と共に東部連合に渡ったはずです。わたくしは目覚めたとき、正直、世界は彼らの物となったと思っておりました。ですがそうはなっていなかった。おそらく未だに、量産化できていないのでしょう。であっても、80年の歳月が軽くはないと、わたくしは考えているのです」
エルマーシュ姫、思ったよりずっと、戦士の思考なんだな、て。
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エアギルドの改修グリルポークIIが谷に入ってから、エアグライダーの使用は控えられていたが代わりに中型サーチドローンが4機が方々に飛ばされ探知が念入りに行われていた。
ステルス機とはいえサーレッハ商会のゼゥムンII改の3機は索敵成立距離に近付くのに苦労していた。
用心の為に耐毒スーツを着たパイロット達は息を殺していたが、グリルポークIIがドローンを引き上げ、広域にスプライトガス散布をすると、すぐに回線ワイヤーで互いの機体を繋いだ。
「こりゃ社長の鼻が利いてたな」
程なく、最初にエアグライダーが出撃し、哨戒後にリーラ改が出撃。最後にバーニアユニットやコンテナを換装した作業機が2機出撃した。
グリルポークIIは砲門を解放して高度を上げ、移動を始めた出撃機達を上から追尾しだした。
サーレッハ商会機は回線ワイヤーを回収し、その後を地上から追った。
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作業機1号機にハルバジャンとジェム。2号機にザリデとエルマーシュ姫が搭乗。リーラ改とエアグライダーにはそれぞれミコとロニーが搭乗していた。
「位置情報は知らせたんだから、発掘まではこっちでやりますよ? いや、俺は下っ端だけど」
「いえ、わたくしが行かないと発掘は困難です」
「ブルーナさん、心配してましたよ?」
「···あの方は少女のような方ですね。期待に応えられるわたくしでありたいです」
「姫、おっとな〜」
「ふふふ」
果たして一行は一見なにも無い切り立つ岩の壁面の岩場に着いた。
2号機が壁面に進み出たところで、
「ガガッ···ガッ···敵襲、ぜっ?!」
ガスで乱れた通信がエアグライダーのロニーから入ると、一行は一転臨戦体制に入った。
ミコのリーラ改がいち早く岩場の一角に停戦信号弾を撃ったが、接近するサーレッハ商会のゼゥムンII改3機が姿を表し、作業機狙いでクラスター弾を大雑把に連射してきた。
即応し、盾のレイシールドで作業機を庇い、ミコ機はゼゥムンII改に中空から突進を始めた。
「そこに工学遺物かっ? よこせっっ!」
相手はレイキャノンの熱弾を3機で掃射するが、リーラ改は踊るように回避する。
3機が困惑していると上空からエアグライダーからナパーム弾を撃たれ、慌てて下がるゼゥムンII改達。
脚部等に引火した041番機以外は慌てて消火剤散布をしたが、その隙に1機はミコ機にレイライフルを正確に2連射され、1撃目でレイシールドが破損し、再展開前に2撃目の熱弾を通され、動力系を抜かれて起爆した。
「作業機にクラスターとか撃つからっ!」
ミコがコクピット内で吠え、エアグライダーの旋回運動といきなりの交錯にグリルポークIIが手間取っている隙の2機掛かりの機銃主体のカウンターへの対処を始め、乱戦となった。
「姫! 急ぎましょうぞっ」
「カーキャラバンが山賊の真似だぞっ!」
ジェムの激怒はともかく、回線ワイヤーを通した1号機のハルバジャンに促され、2号機はコクピットを開き耐毒スーツを着たザリデと姫が降りた。
1号機はコンテナを解放して小さな電磁爆雷を十数発放ってシールドと機銃を構え防御姿勢を取る。
ザリデはスーツ用の回線ワイヤーを手首から出して姫の肩に取り付けた。
「大丈夫?」
「···はい。やります」
2人は近付くと階段のように見えないでもない段を登り、示された岩壁の底に軽く積まれた小石をザリデが除けると、拙いイカの画と、旧モガリア文字が記されていた。
『我々は互いに言葉を見失ったのだ』
そのエル教の一節を指で触れ、微笑み、立ち上がり、エルマーシュ姫は壁面に両手をついた。
「ただいま、バドリーラ」
イイィィィンンンッッッ!!!!
岩壁の奥の空洞の暗がりの鉄鋼機の脳波感応器のその場の全員に共振現象を起こし、続けて発光現象と力場が発生し、岩壁が砕け、砕けた岩と2号と無人の1号機が浮遊する中、右手に姫とザリデを乗せた7頭身規格機体が、多数の小さなイカ型のオートボットと共に空洞の外へと進み出てきた。
「イカっ?!」
「メンテ用のオートボットが自から量産していたのでしょう」
ザリデが仰天する中、発光現象と力場がゆっくりと収まると、
「なんだそのオカルト機体はぁーっ!」
もう1機がリーラ改とレイキャリバーで揉み合いになる中、041番機のゼゥムンII改パイロットが激昂しバドリーラに突進を始めた。
ゼゥムンII改のレイキャノンの熱弾も機銃掃射も、姫達を狙ったクラスター弾も全て力場と発光現象の小規模展開で捻じ曲げ、逸らして防ぐバドリーラ。
041番機パイロットはほぼ錯乱して、レイキャリバーを手に突進の構えを見せた。
立て直した1号機が機銃でレイキャリバー落としても、自爆スィッチを押して突進する041番機。
ザリデは咄嗟に姫を庇ってバドリーラの指の陰に隠れる体勢を取ったが、姫は冷静だった。
(怖がらせてしまった。止めて)
バドリーラは姫の思念に応え、力場とレイシールドで041号番機を覆って浮かせ、コクピットを開け、機体が自爆する前にレイシールドに空けた穴からパイロットを引き出して穴を閉じ、機体だけ自爆させた。
ミコ機もレイキャリバーで動力部を避けコクピット刺し、最後のゼゥムンII改を無起爆で仕留めた。
041番機パイロットは暴れたが、バドリーラはパイロットに、実際には彼を虐待して薬で死んだ母が幼い彼を優しく抱擁して温かい家庭に帰る幻想を見せて感涙させ落ち着かせ、そのまま眠らせた。
「姫っ、なにしたんだ??」
「記憶は改竄するので問題無いです」
「こわっ、えー? もっかい埋めようかっ?」
「やめて下さい···」
姫を起こしつつ、電子音を鳴らし飛び交うイカ型オートボットに囲まれ、ザリデの動揺は収まらなかった。