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とてもよく晴れた朝。

城の前には、十数台の馬車が旅支度を整え、出発の時を静かに待っていた。


「オクタヴィア、この日が来ることは覚悟していましたが・・・それでも、あなたがしばらく側にいないと思うと、やはり寂しいものですね」


「ザカライア様・・・私も、同じ気持ちです」


「オーギュスタン殿下のご結婚式には、必ず参列いたします。そのときに・・・・」


「はい。お待ちしております」


ザカライアはそっとオクタヴィアの手を取り、手の甲に優しく口づけを落とす。


「そろそろ時間ですね。我が家の騎士たちがお守りいたします。どうか、安心してご帰国を」


馬車の周囲には、騎乗した50名を超える騎士たちがずらりと控えていた。


「何から何まで、本当にありがとうございます・・それでは、また」


「ええ、またお会いしましょう」


ザカライアが馬車の入り口まで丁寧にエスコートし、オクタヴィアは一礼して乗り込む。

そのとき、馬車の方へ全力で駆けてくる声が響いた。


「待って〜っ!! お姫様〜!!」


「ハロルド様!?」


「ああ、間に合った!これ、持っていって!今度うちで扱う予定の商品なんだけど、ぜひ使ってみてほしくて!・・・えーっと、できれば今度、感想も聞かせてね!」


ハロルドが窓から差し出したのは、うっすら色のついた液体が入った、美しいガラス瓶のセットだった。


「・・・これは?」


不思議そうに首を傾げるオクタヴィアに、ハロルドが誇らしげに言う。


「黄色い方がザカライアが使ってる香水。緑の方は、お姫様をイメージして調香したやつ!これで、離れてる間もお互いの香りがそばにいるって思えるでしょ!?」


「まぁ!・・・」


「ハロルド、お前・・・」


ザカライアは呆れ半分、少し照れくさそうにハロルドを見る。


「ハロルド様、素敵な贈り物をありがとうございます。大切に使わせていただきますね」


オクタヴィアが嬉しそうに微笑むと、ハロルドは顔を真っ赤にして頷いた。


「オクタヴィア、お気をつけて・・・」


「ザカライア様も。事件の処理でお忙しいとは思いますが、どうかご自愛ください」


そして、馬車がゆっくりと動き出す。

見送る人々を、オクタヴィアは何度も振り返りながら、デューク王国へと旅立っていった。




それから数ヶ月後。

春の訪れとともに、デューク王国ではオーギュスタン王太子の結婚式が盛大に執り行われた。


式の舞台は、王宮に隣接する古の聖堂。大理石の床に陽光が差し込み、色とりどりのステンドグラスが幻想的な光を落とす中、国内外の賓客が列席する中で、デューク王国は祝福の空気に包まれていた。


オクタヴィアも、式の準備から当日まで、兄の傍らで妹としての務めを果たしていたが、心の奥ではある人との再会を数えきれないほど思い描いていた。


そして・・・


ゆったりと開かれた聖堂の扉から、漆黒の礼装に身を包んだ男が姿を現す。

相変わらず、そこにいる、すべての者の目を釘づけにしている。

オクタヴィアを見つけると、静かに頷き、嬉しそうに真っすぐに歩み寄ってくるのは、他でもないザカライアだった。


オクタヴィアの胸が高鳴る。

二人の視線が交差し、ほんの一瞬の間に、ふたりの時間が再び動き出した。


「お久しぶりです、オクタヴィア。今日はまた・・・一段と美しい装いですね」


「ザカライア様・・・ようこそおいでくださいました。お招きできて、本当に嬉しいです」


オーギュスタンとメイベルの結婚式は、華やかな祝福に包まれて進み、やがて祝宴の喧騒からふたりはそっと庭園へと抜け出した。


夜の帳がゆるやかに降り、中庭は柔らかなランタンの光に照らされていた。春の花々が咲き誇り、風に乗ってかすかに甘い香りを運んでくる。


「・・・思っていたより、長い数ヶ月でした。あなたの姿を、何度夢で見たか分かりません」


「私も、です」


ザカライアはまっすぐにオクタヴィアを見つめ、そっとその手を取る。

ふたりの距離が近づくと、オクタヴィアが毎晩手に取っていたザカライアの香水の香りがふんわりと広がった。清らかで力強く、どこか切なさを秘めた香り。


ザカライアもまた、オクタヴィアの甘い香りに包まれながら、オクタヴィアのいない夜を思い出していた。

静けさの中、ふと胸をよぎる寂しさ。そんな夜、彼のそばにあったのは、甘く優しい彼女の香りだった。


「オクタヴィア、あの香水をつけてくれているのですね・・・?」


「はい、ザカライア様も・・・・」


「・・・眠る前に、あなたの香りに包まれるのが日課になっていました」


「ふふ・・・私と同じですね」


ふたりは微笑み合い、しばらく言葉を交わさずに見つめ合った。

やがてザカライアはポケットから箱を取り出し、オクタヴィアの前に跪く。


「オーギュスタン殿下に先を越されましたが・・・次は、オクタヴィア。あなたの番です」


「・・え?」


「オクタヴィア。愛しています。そろそろ、ファルマン帝国に戻ってきてくれますか?」


オーギュスタンは手に持った指輪を、そっとオクタヴィアの前に差し出した。

大粒のイエローダイヤを中心に、パライバトルマリンが花のように取り囲んだ、美しい指輪だった。

オクタヴィアの瞳が潤む。


「・・・はい。私も・・・私も、早くあなたの隣に行きたいとずっと思っていました・・・」


ザカライアが微笑む。

ふたりの間に、静かな幸福が満ちていた。




ファルマン帝国では、国一番、いや、世界一の美男と謳われた公爵が、隣国の可憐な王女と結婚したという話題で、長らく新聞が賑わせていた。

やがてそれは、イザベル皇妃が元気な王子を出産したという明るい記事に差し替えられ、国中の関心はそちらへと移っていった。


アービング公爵は、国の重鎮として多忙な日々を送っていたが、息子と娘に恵まれ「子どもと長く離れていたくないから」との理由で外交官の職を辞している。


ザカルド商会もますます繁栄し、遠く東方の大国にまで事業を拡大していた。

なかでも、二本セットの香水“Dear Distance ― ディア・ディスタンス ―”は、「離れていても、心は寄り添っている」というコンセプトのもと、恋人や夫婦たちの象徴として爆発的な人気を博している。




アービング公爵邸では・・・


「それでは、オクタヴィア、ビビアン、ライル・・・行ってくるよ」


「お父様、蝶々さんが“デューク王国は三日間ずっと雨”って言ってたわ。天気が悪いみたいだから、気をつけてね」


「ビビアン、父上は雨なんか平気だよ!それより、昨日、鹿が来てさ、デューク王国に行く途中の三叉路の右側の道は、土砂崩れで通れないって言ってたよ!」


「・・・・そうか。二人とも、有益な情報をありがとう。気をつけて行ってくるよ」


ザカライアはしゃがみこみ、娘と息子に目線を合わせて、優しく頭を撫でた。

子どもたちは大好きな父に触れられて、嬉しそうに声をあげて笑っている。


「ザカライア様、お父様とお母様、それにお兄様たちによろしくお伝えください」


「ああ、もちろん伝えるよ。赤ん坊が生まれたら、皆でおじい様とおばあ様のところに行こう」


ザカライアはふっくらしたお腹をなでているオクタヴィアを優しい眼差しで見上げる。


「お父様、約束よ!私、オーギュスタン叔父様にチェスでずっと負けっぱなしなの!たくさん練習してるもの!次こそは勝つんだからっ!」


「僕も!僕も!!おじい様とおばあ様に、剣を握れるようになったところを見せたい!」


「それは、楽しみだな」


ザカライアは立ち上がると、オクタヴィアに軽くキスを落とした。

オクタヴィアは、にっこりと微笑みネオンブルーの瞳を優しく輝かせた。


「・・・ああ、その表情をされると、離れられなくなるな」


「ふふ、ザカライア様ったら」


そのとき、玄関の先から元気な声が飛んできた。


「ザカライアーーーっ!もう出発するぞ!」


「・・・ああ、ハロルド、今行く!」


「ハロルド叔父様、今日も元気ね。昨日「新商品をデューク王国に売り込んでくる!」って張り切ってたのよ。お父様、帰ってきたらそのお話も聞かせてね!」


ザカライアの愛しい子どもたちは顔を見合わせて、くすくすと笑っている。



オクタヴィアと子どもたちに見送られながら、ザカライアは幸せそうな表情で邸をあとにした。


オクタヴィアとザカライアのお話はこれでおしまいです。拙い物語に貴重なお時間を割いてお読みいただき、心より感謝します。

また別の話を投稿しますので立ち寄ってくれると嬉しいです。ありがとうございました。

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