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オクタヴィアは、ミネルバの部屋から動かずに待っていた。
蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにした男は、すでにファルマン帝国の騎士に引き渡した。
そろそろ、オルガが私が死んだか、確認するためにこの部屋に来るだろう。
ここからが、本当のオルガとの対決になるだろう。
オクタヴィアは、ミネルバのソファーに座ってオルガを待っていた。
廊下から、鼻歌が聞こえてくる。
やがて、扉が開かれ、オルガがご機嫌で入ってくる。
オルガは、ソファに上品に腰かけたオクタヴィアの姿を見ると、舌打ちした。
「・・・あら、まだ生きてたのね」
にこりと笑い、当然のように向かいのソファへ腰を下ろす。
「残念に思ったかしら?」
「そうねぇ・・・思ったかも」
「・・私も残念だわ。オルガとの再会がこんな形になるなんて・・」
「ふふ、相変わらず“いい子ちゃん”ね」
オルガは楽しそうに笑っている。
「お茶でも飲む?」
「・・・結構よ」
「じゃあ、私だけもらうわね」
オルガは勝手知ったる様子で、テーブル上の茶器に手を伸ばす。
お茶を注ぎながら、何気ない口調で問いかけた。
「それで、どうして生きてるの?」
まるで天気を聞くように、さらりと言う。
「たまたまよ・・・」
「たまたまねぇ・・・。まあ、そうでしょうね。あなたが戦えるとは思えないもの・・・ところで、あの男二人はどこに行ったのかしら?・・そんなに興味はないけど」
オルガはくすくす笑いながら、紅茶に口をつける。
自分が差し向けた男たちがどうなろうと、知ったことはないといった口ぶりだ。
オクタヴィアは、あえてオルガのその質問には答えなかった。
「・・・オルガ。今ならまだ自分の罪を認めて悔い改めれば・・・情状酌量の余地はあるわ」
「別に興味ないわよ、そんなの」
「そう・・・残念だわ」
「それで?いつもビクビクしてる弱っちい王女はどうやって、私を止めようとしてるのかしら?部屋の外にあんたの侍女もいなくなってたし、今一人なんでしょ?」
「・・・・」
「ふふ、何もできないまま殺されるのかしら。仕方ないわね昔のよしみだし。最期の言葉ぐらいは聞いてあげる。・・・どうぞ?」
「・・オルガ、私を殺してもあなたは何も手に入らないわ。よく考えてみて」
「・・それが最期の言葉? ほんと、最後まで“いい子ちゃん”ね」
オルガは紅茶を飲み干すと、じっとオクタヴィアを見つめた。
オクタヴィアもその視線を逸らさない。
その時、
{アッチ、オワッタゾ、セイアツシタ}
足元から、甲高い小さな声が聞こえてくる。たぶん、蟻だろう。
{オマエノ、ナカマ、コッチ、クル}
オクタヴィアは、視線をオルガから外さずにそっと息を吐いた。
(ザカライア様がこっちに向かってきてくれているのね・・・)
「オルガ。あなたの仲間が全員捕まったわ。もう逃げ場はない・・・」
オルガの目が、一瞬揺れる。
「・・・何、それ。はったり?」
「信じないなら、ここから逃げてみればいいわ」
「・・・あんた、いつからそんな口がきけるようになったのよ」
オルガは立ち上がると、ゆっくりと机を挟んでオクタヴィアに近づく。
「私がここまで落ちぶれたのは・・・全部、あんたのせいよ。勝手に私を“かわいそうな子”に仕立て上げて、上から目線で哀れんで・・!そんなもの、欲しかったわけじゃない。王女様の同情なんて、私の何にもならなかった!私はお金さえあれば、少しは満たされる気がした。だから・・あんたみたいに恵まれてる人間から、少しくらい盗んでも、いいって思ったのよ。それなのに、あんたはいつも綺麗な服を着て、幸せそうな顔で、あんな生活を当たり前のようにして・・・まるで“見せびらかしてる”みたいだった。ねぇ、私を追い出して、せいせいした?」
「・・・そんなこと思ったこともないわ・・・・オルガとあなたのお父様には他国で幸せになってほしいと・・・」
「・・うるさいッ!」
オルガはいつの間にか手に短剣を握っている。
その短剣を振りかざした手を、オクタヴィアは動じずに見据える。
その瞬間、背後の扉が開き、ザカライアとファルマンの騎士たちが一斉に部屋へなだれ込んだ。
「オクタヴィア!!!無事ですか!」
オルガは背後を振り返り、騎士たちとザカライアの姿を確認すると、怒りと絶望の入り混じった表情でオクタヴィアを睨みつけた。
「国家転覆および王族暗殺未遂の罪で、身柄を拘束する!」
数人の騎士がオルガの身柄を素早く拘束する。
「・・・本当にあんたは・・・最後までムカつく王女様ね・・・・・」
オクタヴィアを鋭い視線で睨んだまま、そう呟いたオルガにオクタヴィアは目を伏せた。




