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「お前が、私の子だと!?」
(・・・やはりか・・・)
ふと思い出した記憶にサイラスの声が震える。
「ああ。私はあなたの血を引く者・・・けれど、あなたが決して認めなかった子だ」
シーザスの目には、怒りの色が浮かんでいた。
「母は、あなたに身ごもったことを打ち明けた。だがあなたは一言で拒絶し、すぐに追い出した・・・」
「・・・私を欺いて近づいてきた。挙句には盗みまで働いたのだ」
「ええ、そうですね。どうしようもない女だったという点には、同意しましょう。・・・ですが、正統な王族を守るために、あなたは私が生まれる前に捨てた。だから私は王子ではなく、その辺の平民・・・いや、平民以下として育った」
剣をゆっくりと振り下ろすような口調で、シーザスは続ける。
「その後、貧民街で母に捨てられ、私は物乞いとして生き延びた。泥水をすすり、泥棒と呼ばれ、誰からも愛されずに育った。・・・それもこれも、あなたが見て見ぬふりをしたせいだ」
シーザスは拳を握りしめ、立ち尽くす。
「私があなたの子でなければ、王子でなければ・・・・せめて、普通の平民だったら、どんなにか楽だったか」
サイラスは、刺されてうずくまるバーバラを見つめながら、恐怖と動揺のあまり、思わず謝罪の言葉を漏らした。
「・・・すまなかった」
だが、その謝罪はあまりにも軽く、あまりにも遅すぎた。
シーザスは、ただ静かに首を振った。
「・・・違う。そんな謝罪はいりません・・・正義が必要なのです。あなたにはこの場で死んでもらい、私が新しい王として、この国を導いていく!」
その言葉とともに、シーザスはサイラスに剣を振り下ろす。
その瞬間、音楽室の扉が激しく開かれた。
「サイラス王っ!!」
駆け込んできたのは、ザカライアたちだった。
「アービング公爵が、なぜここに!」
メイソンが叫び、ザカライアに向けて剣を振るう。
ザカライアはそれを受け止め、巧みにいなしながら、サイラスの前へと躍り出た。
「サイラス王、後ろへ!」
ザカライアはメイソンの剣を受けながら、王に指示を飛ばす。
すぐにハロルドとデービットが続き、サイラス王の前に立ちはだかる。
「国家転覆を企てた罪、重く受け止めろ!」
ザカライアは声を張り上げ、後方の騎士たちにも響くよう叫ぶ。
それを合図に、反乱軍の兵が一斉に襲いかかってきた。
三人は数十人の兵に囲まれながらも、応戦している。
金属と金属がぶつかり合い、甲高い音が音楽室を震わせた。
ザカライアの剣は、メイソンの一撃を紙一重で受け止め、火花を散らす。
「サイラス王、今すぐ退避を!」
サムエルが現れ、サイラス王の腕を取り、部屋の隅へと誘導する。
その背後ではデービットが盾を構え、迫り来る敵兵を押し返していた。
「くそっ・・なぜ貴様がここに現れる・・・!」
メイソンが怒声を上げ、剣を振り抜く。
ザカライアはそれを受け止め、力を込めて横に薙ぎ払う。
両者の剣が激しくぶつかる。
一方、シーザスは剣を下ろしたまま立ち尽くし、サイラスを見据えていた。
ザカライアの介入によって殺意の刃は止まったが、瞳の奥の怒りはなおも消えていない。
シーザスは、サムエルに促されるまま動き、逃げるサイラス王を視界にとらえた。
「待てっ、サイラス王!」
シーザスは叫びながら、再びサイラスに狙いを定める。
そこへ、ハロルドが飛び込み、シーザスの剣を受け止めた。
「!!」
「なあ、お前みたいな“偽善者”が、この国を守る資格があると思ってるのか?」
ハロルドはシーザスに問いかける。
「俺も孤児だったが、お前みたいに腹の底が真っ黒になったりはしなかったぞ」
その言葉に、シーザスの表情がわずかに歪む。
「なんだと・・?貴様ごときと一緒にするな!俺は王家の血を引く者だ!」
怒りに任せた鋭い突きが、ハロルドを襲う。
ハロルドは一瞬バランスを崩すが、すぐに体勢を立て直し、逆にシーザスに剣を振り下ろす。
「だから聞いてるんだよ!お前のような“偽善者”が、この国を守るに値するのかって!王の子の名を騙ってるが、やってることは私怨の復讐じゃないか。結局、自分が美味しい立場に立ちたいだけだろ!」
シーザスも負けじと剣をかわし、再び攻撃を仕掛ける。
シーザスとハロルドはお互い一歩も引かず打ち合う。
突如、開け放たれた廊下から、切羽詰まった声が飛び込んでくる。
「メイソン様! 敵兵が現れました! 城門へ向けて、包囲されつつあります!」
反乱軍の兵士が、明らかに動揺していた。
「くそっ!お前の差し金か!」
メイソンは剣をふるいながらザカライアに怒鳴る。
ザカライアは口元をつり上げながら、メイソンの剣を軽々とはじく。
「お前の企み、最初からお見通しだ。これはお前たち反乱軍への“粛清”だ」
その言葉と同時に、外の窓にファルマン帝国軍の旗が次々と翻る。
多数の兵が四方から迫り、反乱軍の退路を断っていた。
「貴様・・・!最初から時間稼ぎだったのか・・・!」
メイソンの顔に、初めて焦りの色が浮かぶ。
「君の計画は確かに綿密だった。だが、一つだけ甘かった」
ザカライアは一歩前に出て、鋭く言い放つ。
「お前たちは私の大切な宝に手を出した・・・しっかり償ってもらうぞ!」
その瞬間、城内の至るところで戦の火蓋が切られた。
金属音と怒号が重なり、かつて静寂に包まれていた王城は、まるで別の世界に変わったかのようだった。
窓の外には、城門を破って突入する帝国軍の姿。ファルマン帝国の紋章を掲げた騎馬兵が一斉に駆け込み、反乱軍を蹴散らしていく。
屋内では、ザカライアの騎士たちが地下から現れ、反乱軍の兵士を一人、また一人と制圧していく。
「くっっ・・・引けッ!! 一度態勢を立て直すぞ!」
メイソンが叫ぶ。しかし、兵たちはすでに四方を囲まれ、逃げ場などなかった。
動揺が広がり、武器を捨てる者、怯えて後退する者も出てくる。
「・・・終わりだ、メイソン」
ザカライアの声は静かだったが、確かな断罪の響きを帯びていた。
メイソンは剣を構えたまま後退しながら、窓の外に広がる王国軍の包囲網を目の当たりにしていた。
「くそっ・・・この国に関係のない貴様が・・・! こしゃくな真似を・・」
怒声と共に再び斬りかかろうとした瞬間、ザカライアの剣がメイソンの手元を的確に打ち据えた。
鈍い金属音とともに、メイソンの剣が床に弾き飛ばされる。
「・・・ッ!」
そのまま後ろへ倒れ込んだメイソンに、ザカライアは、ただ冷ややかに見下ろし、言い放つ。
「関係なくはない。さっきも言っただろう、当事者だ。お前が先にファルマン帝国に手をかけ、そして私の婚約者を傷つけた。こうなるのは当然の報いだろう?」
崩れ落ちるように座り込んだメイソンは、拳を握りしめたまま黙り込んだ。
一方、部屋の中央では、シーザスが最後の抵抗を見せていた。
怒りに燃えるその眼差しを、真正面から受け止めるのは、ハロルドだった。
「貴様・・・どけ!」
「どかないよ。何でここまで来て俺がどくと思うんだよ?」
ハロルドは剣を構え、口元に皮肉な笑みを浮かべた。
「状況見てみなよ。お前だってわかるだろ?もうおしまいだって」
「黙れっ!!」
シーザスが怒りに任せて飛びかかってきた。
その瞬間、
ハロルドの剣が閃いた。
金属の鈍い音が響く。打ち合いの末、ハロルドは一瞬の隙を突き、シーザスの剣を弾き飛ばした。
そのまま胸元に刃を突きつける。
「・・・お前の負けだよ、シーザス」
シーザスはその場に膝をつき、動けなかった。
憎しみも、怒りも、すべてが脱け殻のように消えていた。
「殺せ・・・」
かすれた声でそう呟いたが、ハロルドは首を振る。
「嫌だね。それじゃ、お前の言ってた“正義”と同じになる」
その言葉に、シーザスの肩がわずかに震えた。




