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轟音が城内に響き渡った。
棺の安置された広間の床が爆裂し、濛々と煙が吹き上がる。
参列者たちは悲鳴を上げ、逃げ惑った。
「始まった!」
混乱の中、ザカライア、ハロルド、サムエルは逃げまどう群衆をかき分けながら、ルカルドの王族たちのもとへと駆けていく。
「ハロルド、威力は抑えたとはいえ、派手な音だったな」
「一発目はね。爆薬の半分は無効化してあるから、被害は最小限のはずだよ」
「次は、音だけの見せかけだ」
その言葉通り、ほどなくして二発目の爆発音が轟いた。天井がきしむ音とともに、さらなる混乱が巻き起こる。
その混乱の中、オルガは計画通り、サイラス国王、バーバラ王妃、そしてミネルバを音楽室へと誘導していた。
「オルガ、来てくれて助かったわ!あっちは無事に片付いたの?」
ミネルバが小声で尋ねる。
「ええ」
オルガは簡潔に答えながら、彼らを音楽室へと導いていく。
本来、静謐であるべき空間。だが今、その部屋には、何か得体の知れない空気が立ちこめていた。
オルガは一礼し、退室しようとする。
「しばらくこちらでお休みください。外はまだ騒然としておりますので」
バーバラが小さく頷いて椅子に腰を下ろし、サイラスとミネルバもそれに続く。オルガは「退路を確認してきます」と言い残し、部屋を出ていった。
その直後だった。
護衛として控えていた騎士たちが、突如としてサイラス王に剣を向けたのだ。
「な、なんだお前たちは!!」
サイラスは怒声を上げるが、剣の刃先は揺るがない。
事態の異常さに、王と王妃は顔を青ざめさせた。
そんな中、騎士たちの間から、二人の男が王の前に進み出る。
「・・久しぶりですね、サイラス国王」
「シーザス?・・・・」
サイラスがその名を口にした瞬間、場の空気が一層張り詰めた。
だが、シーザスは何も答えず、ただじっとサイラスを見つめている。
代わりに、シーザスの隣に立つ男が一歩前に出て口を開いた。
「ようやくお目にかかれました。ずっと、あなたに会いたかった」
そう言って頭を下げたのは、もう一人の男だった。
「私は、ジョハン・ダーレン子爵の次男、メイソン・ダーレンと申します」
「ダーレン子爵・・・?」
「覚えていないようですね。あなたが十五年前に潰した子爵家の生き残りです」
「私が・・?」
「ええ。父も母も兄も、あなたの命で処刑されました。無実だったにもかかわらず」
「・・・十五年前・・・」
サイラスの目に、一瞬、過去の記憶がよぎる。
「思い出しましたか?あなたはノートリアス盗賊団の事件を、誤って我が家のせいにした。そしてこう言った『家族全員を処刑すれば、間違いを指摘する者もいない。この件は終わりだ』と」
サイラスは、ますます顔色が悪くなる。
後ろにいる、バーバラもミネルバも蒼い顔で震えている。
「残念でしたね。私は、その「いないはず」の生き残りです」
メイソンは淡々と、しかし怒りをにじませて語る。
「私は病弱で、生まれてすぐ遠縁の家に預けられていた。王都で家族と暮らすことは叶いませんでしたが、家族は何度も私に会いに来てくれました・・・けれど、処刑の報せを聞いた私は、急いで駆けつけましたが、間に合わなかった」
メイソンの表情が苦悶に歪む。
「それからずっと調べました。そして知ったんです、あなたが自らの過ちを、なかったことにしようとしていたことを・・・」
メソンが一歩前に出て、声を低く落とした。
「・・・今日は、その間違いに終止符を打ちに来ました。あなたの命をもって、我が家族への謝罪とさせていただきます」
にやりと笑うメイソン。
そして、振り返りざまにシーザスに言った。
「・・ああ、シーザス。君の話の前に先に喋ってしまってすまない。つい我慢できなかったものでね」
そう言って、笑いながらシーザスの肩を叩く。
肩を叩かれたシーザスは無言でその手を受け、ゆっくりと口を開いた。
「・・義弟の死は、悲しかったですか?」
シーザスの問いに、サイラスは動きを止めた。
「・・義弟?・・・・」
「ジゼルは私が殺しました。あんな奴に、未来のルカルドを任せるわけにはいかなかった」
そのとき、バーバラ王妃が怒りを露わにしながらシーザスに詰め寄った。
「貴様かっ!ジゼルを手にかけたのはっっ!!」
「・・・今は、サイラス王と話をしています。関係のないあなたは黙っていてください」
その瞬間、シーザスの剣が閃いた。
バーバラの脇腹から、鮮血があふれ落ちる。
「バーバラ!!!!」
「キャアアアアッ!!」
ミネルバが悲鳴を上げる。
サイラスがバーバラに駆け寄ろうとするが、メイソンがその前に立ちはだかる。
「・・おっと。まだ話は終わっていませんよ」
剣先がサイラスの喉元に突きつけられる。
「王妃はまだ死んでいません。・・今は、あなたと私たちの話が先です」
シーザスはポケットから、ひとつの金色の指輪を取り出す。
「これが、何かおわかりですか?」
「・・・お父様の指輪に、似ている?」
ミネルバが小さくつぶやく。
「その通り。王が今はめている指輪の“本物”が、これです」
サイラスは言葉を失い、目を見開く。
「・・・あなたが侍女に手を出した結果、生まれた子ども・・・それが私です」
「!!・・な・・・なんですって・・・」
バーバラは、血を押さえながら震える声で叫んだ。
サイラスの失政と、血の罪。そのすべてが、今この音楽室で、暴かれようとしていた。




