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結局ハロルドは、ザカライアが「失礼」と言って席を立ったときに戻ってきた。
「ザカライア様!時間がかかってしまい申し訳ありません!ちょっと体調を崩してしまって!」
そう言って、ハハハと乾いた笑いを浮かべながら、何度もザカライアに頭を下げる。
ザカライアは彼を一瞥しただけで何も言わず、無言のまま出口へ向かった。
迎えの馬車に乗り込み、動き出してしばらくしてから口を開く。
「で、どうだった?」
「まぁまぁの収穫かな」
「そっちは?」
「シーザスに関しては、最近も城に姿を見せているようだが、目立った情報は得られなかった。ただ、葬儀当日の予定はわかった。あとで書面にして渡す」
「さすがザカライア!全部記憶してきたんだね!」
「ああ」
「俺の方はね、まず、ルカルド王国の騎士の数が足りていないこと。それから・・オルガっていう女。あいつが占い師として王女の側近になってて、王女が心酔してるらしいってこと。そして、逃走経路になりそうな場所も、多分だけど掴めたよ」
「なるほど、それであの態度だったのか・・・・ハロルドはずいぶん動いてたんだな」
「うーん・・どっちかって言うと、そこにいた連中が勝手に喋ってただけさ。俺はほとんど突っ立ってただけ。でも、なかなかいい情報だったよね!・・・あれ?・・・そう言えばザカライア、サイラス王には会えた?」
「いや、会えなかった。というか、シーザスがサイラス王の息子だという時点で、下手にこちらから接触しない方がいい気がする・・・。葬儀の日は我々だけでなんとかするしかないな」
ザカライアは窓の外に目をやった。
馬車の車輪が石畳を打つ音だけが、しばらく車内に響いた。
「しかし・・・警備の手薄さも想像以上だな。国の内情も荒れてるらしいし、こうなると傭兵に流れる騎士も多そうだ」
「たしかに、そんなことも言ってたな・・・結局、今は何も起きなかったとしても、いずれ似たようなことは起きたかもしれないね・・・」
「・・・とりあえず、ある程度、実際に見聞きできてよかったな」
「そうだね。帰ったらみんな集めて作戦会議だね!」
「お帰りなさいませ!ザカライア様!」
エントランスで、オクタヴィアが帰宅したザカライアとハロルドを出迎える。
「オクタヴィア。ただいま戻りました。私の留守中、何か変わったことは?」
「ええ、特に変わったことはありませんでした」
「そうか、それは良かった」
ザカライアはそっとオクタヴィアの瞳を見つめ、その目に曇りがないことを確認してから小さく頷いた。
「こちらは、多少収穫がありました。あとで全員を集めて共有しましょう」
「はい、ザカライア様、わかりました!」
ザカライアとハロルド二人は情報をまとめるため、ザカライアの部屋に篭った。
オクタヴィアは自分の部屋に戻り、窓から街並みを見ていた。
(いよいよ、私もオルガと対峙するときが来るわね・・・どのような作戦でも、やり遂げなくては・・)
そこへ、一羽のカナリアが窓辺に舞い降り、オクタヴィアの手に止まる。透き通った声で、カナリアが言葉を紡いだ。
{チョウロウカラ、デンゴン}
「大トカゲさんから?」
珍しいと首を傾げるオクタヴィア。カナリアは続ける。
{デュークオウコクニ、トウゾクダン、ハイッタ}
「え・・・」
オクタヴィアの心臓がドクンと脈打つ。
{カズワオオクナイ、キタバカリ}
「で・・・では、お父様はそのことにまだ気づいてない?・・・」
オクタヴィアの心臓が早鐘を打ちはじめる。
{マダ、シラナイ}
「っっ!大変だわ!手紙を書かないと・・・!!」
{イゼン、ヌスミニハイッタ、ミンカニ、ハイリコンデル}
「以前盗み・・・あっ!なぜ、盗賊団が市民の小物ばかり盗むと思っていたけれど・・・あれは、市民に紛れて隠れる場所を探していのかしら・・・・・」
{メジルシニ、スルタメ、ヌスンダモノノ、ナマエデ、イエヲ、ナカマニ、クベツサセテル}
「まあ・・・・盗んだ物の品名を屋号にして、侵入できる家の情報を仲間と共有していたのね・・・今盗賊団が入り込んでいる家がわかれば教えて・・・・お父様にそれも知らせなくては・・・・」
カナリアは、何軒か名前をあげる。
オクタヴィアは紙に話している内容を素早く書きつける。
{イマハ、ワレワレガ、ミハッテル}
「ありがとう・・・父に手紙を書いたわ。急いで届けてもらえる?あと、お願いがあるの。私がいなくても・・もちろん、危険がない程度で構わないから、父や兄を手伝ってくれるかしら。大トカゲさんに、そう伝えて・・・・」
{ワカッタ}
手紙が書き終わり、カナリアの足に巻こうとしたとき、赤い鳥が素早くカナリアの隣に舞い降りてきた。
「ハヤブサさん・・来てくれたのね!これで早く父に手紙を届けられるわ。お願いね・・・」
ハヤブサの足に手紙を結び、ハヤブサとカナリアの頭を優しく撫でる。ハヤブサは羽を広げあっという間に飛び立ち見えなくなった。
カナリアはオクタヴィアからの伝言を伝えるため、長老の大トカゲの元へと帰って行く。
「動物たちが、父や兄と一緒に国を守ってくれるなら安心だけど・・・お父様、どうかデューク王国をお願いします!!」
オクタヴィアは、デューク王国に続く空に向かい手を組んで祈った。
「では、ジゼル殿下の葬儀の日に決行する、我々の作戦を説明する」
作戦会議の場。テーブルを囲むのは、ザカライア、ハロルド、オクタヴィア、デービット。背後にはナージャとサムエルが控えていた。
「まず、当日の出席者だが、王族として参加するのは私とオクタヴィア」
ザカライアは、王宮の見取り図を示しながら話を続ける。
「付き人として、オクタヴィアにはナージャとデービット。私にはハロルドとサムエルがつく」
一同は、無言で頷いた。
「オクタヴィアが一人になった時、オルガが何らかの行動に出る可能性が高い。だが、ここで重要なのは、オルガ自身には大きな戦力がないという点だ。シーザスたちの主力は、王族の制圧に集中するはず」
ザカライアはオクタヴィアをまっすぐに見た。その視線は真剣で、どこか痛々しさを帯びていた。
本当は、こんな危険な役目を彼女に任せたくはなかった。どうにか参加を避けさせる方法を探していた。だが、ノートリアス盗賊団がついにデューク王国にまで手を伸ばしはじめた今、オクタヴィア自身が強く願い出たのだ。
「だが・・ここでオルガを捉えてしまうと、後々、作戦に支障をきたしてしまうので、オクタヴィアには、オルガとの時間稼ぎをして、逃げ切ってもらいたい・・・その間に、こちらは主戦力のシーザスらを迎え撃つ。オクタヴィア、くれぐれも無理はしないように」
オクタヴィアはきりっとした目で頷いた。
「わかっています。私も、ただ守られているだけではいられません。自国の為にも必ず役目を果たします!」
その決意に、場の空気が少し引き締まった。
その後、数時間にわたりザカライアから作戦の内容が語られた、ひとつひとつ頭に叩き込みながら各自自分のやるべきことを頭に叩き込んだ。




