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やがて、馬車は城の裏手に到着した。
ザカライアに手を取られながら、オクタヴィアは馬車を降りる。
ハロルドも業者席から降り、壁の向こうを指さした。
「あそこの穴からコウモリが入ったよ」
ハロルドが先に進もうとした瞬間、ザカライアが制した。
「待て。先にオクタヴィアが聞いた話を聞いてくれ」
さすがにハロルドもシーザスが王族だったとは考えなかったようで、目をまるくしていた。
爆薬の事も話した。ハロルドの顔が厳しくなる。
「なるほどね・・・相手も結構考えてるね・・・・爆薬・・・・爆薬をわからないように無効化・・・・」
ハロルドは黙って何か考えていたが、ふと思い出したようにパッと顔を明るくした。
「あっ!昔、城の報告書で見た方法がある!使えるかも!」
「準備は必要か?」
「霧吹きと刷毛だけ。近くの商会にあるから、取ってくる!」
ハロルドは馬車から馬を外し、素早く駆け出した。
ほどなくして戻ってくると、袋を掲げた。
「お待たせ~!準備できたよ」
「ハロルド、ありがとう。では行くか・・・」
三人は穴を通り、城の敷地内へ入り、人気を避けそっと進む。
コウモリたちは入口のあたりでオクタヴィアを待っていた。声をかけると、彼らは細い道へ飛び込んでいく。
そこは暗い長い下り坂だった。
「暗いわ・・・」
カチッ。ハロルドがランプを灯す。
「これ、商会で借りてきた!」
さすがハロルド、とオクタヴィアは感心した。
「コウモリ見える?」
ランプをかざすと前がほんのりオレンジ色に照らされる。
オクタヴィアは目を凝らしてみるがコウモリの姿は見当たらない。
そうしていると、コウモリの声が奥から聞こえる。
{コッチ、コッチ}
「コウモリさん、ありがとう!」
オクタヴィアはコウモリの声がする方へまっすぐ進む。
{ココ、ミテ}
ハロルドがランプを掲げると、コウモリの姿が見える。
その下に目線を下げると、木箱が高く積み上げられている。
「これは!こんなに量が・・・」
爆薬のその量に、ザカライアも息を呑んだ。
{モウヒトツ、アル}
さらに奥にも、木箱の山が。
ザカライアは苦笑する。
「ハロルド、この量の火薬、本当に無効化できるのか?」
「まぁ、ちょっと時間はかかるけど・・・。爆発は半分ぐらいの量で起こせば怪しまれることなく、小さな爆発で済む」
ハロルドは地面にランプを置き、袖をまくる。
持ってきた袋を広げて中身を出す。
「・・・それじゃあ・・・やりますか!」
ザカライアも袖をまくりながらハロルドと慎重に、火薬の箱へと近づき、一番上の箱のふたを少し開けて中身を確認する。
ハロルドは覗き込みながらじっとその箱の中身を観察する。
「・・・うん、予想通り黒色火薬だね。まず第一段階。蓋の隙間から、霧吹きで少量でいいから湿った空気を吹き込む。直接箱や中身を濡らせば異変に気づかれる。だから、箱全体にじわじわと湿気を回す」
一番上の箱のふたを開けて、1回軽く霧吹きを吹きかけて蓋を閉じる。
「そんな少量の水分で大丈夫なのですか?」
オクタヴィアはこの少量の水分で爆発が止まるのか不安になって聞いてみる。
「うん。こんなもんで大丈夫だと文献に書いてあった。少し湿らしてしばらく置けば、表面に白い結晶が浮き出てくる。その結晶が爆発に必要な酸素を供給する重要な成分なんだ。この結晶を撫でるようにそっと払えば、火薬の力を確実に削ぐことができるんだ。このやり方なら手間はかかるけど、見た目にはほとんど変化がないし、安全だ」
「そうなんですね!さすがハロルド様!!私もお手伝いいたします。それと、コウモリさん!人の気配を感じたら教えてくださいね」
こうして三人は、大量の爆薬を前に慎重な作業を開始した。
しばらく黙々と作業に没頭していると、やがて最後の箱になった。
「んん〜〜!・・・・まあ、こんなもんか!」
最後の箱のふたを静かに閉じる。
ハロルドが伸びながら言う。
「やっと終わりました〜〜〜」
オクタヴィアも、疲れた顔で額の汗を拭う。
「相手は、この爆発って言う初動がないと、うまく一連の行動が実行できないから、一応、半分は爆発させる、それなら、こっちの動きに怪しまれずに当日予定通り行動を起こすだろうからね」
ハロルドが笑いながら爆薬を見る。
ザカライアは自分のハンカチを取り出し、そっとオクタヴィアの額や首元をぬぐってやった。
オクタヴィアは一瞬ぽかんとし、それから顔を真っ赤にして、慌てて後ずさる。
「あ、あ、あの、自分で拭きますからっ!」
必死で手を振るオクタヴィアを、ハロルドは腕を組みながら、にやにやと見ていた。