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「そう。テントウさんありがとう」
開け放たれた窓から、昨日オルガにつけた八星テントウが戻ってきた。
今朝のオルガの動向について、オクタヴィアに報告する。
やはり、オルガと先生は共謀していた。そして、その背後にはジゼルの件も絡んでいるという。
八星テントウは、報告が終わると飛び去っていった。
入れ替わるように、ファルマン帝国で行方不明になっていたヤモリが、オクタヴィアの部屋に姿を現した。
「まあ! ヤモリさん。どこに行っていたのかと心配していたわ。まさか、ルカルド王国にいたなんて・・無事でよかった。でも、今までこの国のどこに?・・・」
ヤモリはスルスルとオクタヴィアの腕をよじ登り、じっと彼女を見つめた。
{シロ、ミテタ}
「お城を?」
{タクサン、チカ、アル}
「たくさんの地下・・地下を探検してたのかしら?」
{アト、オウジョ、オモシロイ}
「ミネルバ王女のことね?『面白い』って・・・それはどういう意味かしら・・・」
{シヨウニンニ、ダマサレテル}
「ミネルバ王女が使用人に騙されてる?・・・もしかして、それってオルガなの・・・?」
ヤモリの話によると、ルカルド王国に逃げ込んできたノートリアス盗賊団の一人について行った末、この城に行きつき“楽しく”生活していたらしい。
このヤモリはファルマン帝国の固有種のはずだから・・・
(後でザカライア様に確認して、もしそうなら、連れて帰らなくちゃ)
そう心の中でメモを取ったとき後ろから呼びかけられる。
「オクタヴィア」
「ザカライア様」
「何かわかりましたか?」
「はい、色々と・・・。ところで、ザカライア様もスパイの兵士のことは、わかりましたか?」
「はい、情報をありがとうございました。確かに、該当する者がおりました。泳がせて様子を見ていますが、金で一時期雇われた程度の者のようで、ほとんど問題はなさそうです。時期が来たら捕縛しますので、こちらは、さほど問題はありません」
「そうですか、それはよかったです」
「じゃあ、昼ご飯でもみんなで食べながら話しましょうか?」
「はい」
宿泊先の宿では、貸切の個室が用意されていた。
そこに、ザカライア、ハロルド、オクタヴィア、そして副騎士団長のデービットが顔を揃えている。
ナージャは侍女としてお茶の準備をしていた。
「まず、私の得た情報を皆さまにお伝えします。情報源は明かせませんが、内容は信頼できるものです」
ナージャが一人ひとりに丁寧にお茶を注ぎ、ザカライアの執事、サムエルが料理を運ぶ。
重要な話であるため、宿のスタッフもすべて締め出されていた。
他のスパイが紛れている可能性を考慮し、個室の入口には騎士を4名配備してある。
「街外れの学校に潜む、先生、シーザス、そしてオルガ。この三人が首謀者です。彼らの目的は・・・ルカルド王国の政権転覆、そして・・・私です」
「オクタヴィア・・・」
ザカライアが、そっと彼女の手を握った。
「・・近く行われるジゼル殿下の葬儀。その場を狙っているようです。王族を、何らかの方法で・・・排除しようとしているのです」
「謀反か・・・」
ハロルドが低く呟いた。
「私を狙う理由は、どうやら個人的な恨みのようです。しかし、それが発端となって、いずれは私の祖国・デューク王国にまで手を伸ばすつもりのようです。・・・ルカルド王が代替わりしたタイミングで、彼らは本格的に動き出すかもしれません」
「・・つまり、ルカルドの王族の血を根絶やしにしようとしている可能性がある、ということですか・・・」
副団長デービットが眉をひそめながら呟く。
「はい。ジゼル殿下の葬儀の場は王族が揃う場でもあります。間違いなくそこで何らかの行動を起こすのは間違いないでしょう」
「それで、敵はどのような手段を用いるつもりなのですか?」
ザカライアはオクタヴィアの目を静かに見つめ、柔らかく問いかけた。
「シーザスは、何か計画を進めているようです。そして・・オルガ。彼女は侍女としてすでに王宮へ潜入し、内部から混乱させようとしているのかもしれません」
「アービング公爵様・・・ルカルド王国へこの件を正式にお伝えしては?このままでは、取り返しのつかない事態になりかねません」
デービットが不安げな面持ちで、ザカライアへと顔を向ける。
「そうだな・・・もはや、他国の内情のこと・・・本来は手を引くのが筋かもしれない・・・・」
ザカライアの声には静かながらも確かな決意が宿っていた。
「だが・・・仮に彼らがルカルド王国の政権を奪取した場合、次に狙うのはデューク王国・・・そして、最終的にはファルマン帝国に牙を剥くかもしれない。ならば今、我々が芽を摘むことは、我が国にとっても賢明な選択ではないだろうか」
オクタヴィアは静かにうなずき、視線を窓の向こうへと向けた。
厚い雲が空を覆い、まるでこの先に待つ嵐を予兆しているかのようだった。
「我々に残された時間は、そう多くはありません。ジゼル殿下の葬儀は一週間以内と予測される・・・」
ザカライアは腕を組み、思案深げに言った。
「その葬儀には、王族だけでなく有力貴族たちも多く参列するだろう。もし何かが起きれば、国の屋台骨を揺るがす事態になる」
「ええ。それだけに、敵にとっては格好の機会です。混乱に乗じて王を討ち、政変を起こす・・・それが彼らの狙い」
オクタヴィアの声には、静かながらも確かな怒りがにじんでいた。
「何か策を考えないとな・・・」
ハロルドが椅子を引き寄せながら言った。
「ただし、我々が正面から介入すれば、内政干渉だと受け取られる恐れもあります」
デービットが考えながら言う。
「敵の手口を押さえ、決定的な証拠をつかむ。その上で、ルカルド王国側に正式な警告として提示する。それが最善の策だろう」
「・・・ならば、私が動きます」
オクタヴィアが立ち上がる。
「オルガの動きを探るのは、私の役目です。彼女を知る者として、オルガの行動の裏も読めるはずです」
「オクタヴィア、それは危険だ」
ザカライアがすぐに声をあげた。
「承知の上です。でも、私だけにしか出来ないことがあります」
オクタヴィアの瞳はまっすぐで、迷いはなかった。
ザカライアは、本当はオクタヴィアにこの場にいてほしくはなかった。
だが、確かに彼女にしかできないことがあるのは事実・・・・。
「・・・わかった・・・ハロルド、デービット、そしてナージャ。オクタヴィアのサポートを頼む」
「もちろんです、公爵様!」
デービットが誰よりも早く答えた。
「お姫様、どうやら今回も一緒に行動みたいだね!」
ハロルドは「よろしく!」と笑いながら手を差し出す。それをぴしゃりと叩くザカライアを横目に、ナージャも静かにうなずき、オクタヴィアと目を合わせた。




