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一方、オクタヴィアは、ナージャに命じてハロルドに来てもらうと、すぐに部屋で作戦の相談を始めた。
「ハロルド様、明日、オルガが“先生”という人物と会う約束をしているそうです」
「先生?・・何者なんだ、そいつは?」
「八星テントウさんが教えてくれました。『街の外れにいる偉い人』だと」
ハロルドは顎に手を当て、考え込む。
「街の外れ・・先生か・・・あそこには確か、平民向けの学校みたいなものがあったな。怪しい取引の噂も少し前にあった。もしかすると、そこかもしれない」
「・・・オルガは誰かと手を組んでるのかしら・・・」
「そうだな。だが、尾行すると気づかれるかもしれない。どうする?」
「動物・・・いえ、小さな虫たちに頼めば、目立たず様子を探れると思います」
「確かに、今考えうる中で一番それが効率がいいか・・ところで、スパイについては何かわかった?」
「ああ、それは、髭を生やした男性で、兵の中に紛れているとか。でも、それだけじゃ特定は難しいですよね・・・」
「厳しいかもな。でも、兵士の中にスパイがいるってだけでも手がかりにはなる。あとでザカライアに伝えておくよ」
「あの時、ハロルド様をお止めしたのに、こんな情報しか掴めず、本当にお力になれず・・・」
「いいよ。さっきも言ったけど、スパイの存在が分かっただけでもデカいよ・・・それにしても、お姫様」
ハロルドは、優しい目でオクタヴィアを見る。
「今日のあんたは、立派だった。怖かったはずなのに、よくやったな」
「・・・正直、まだ怖いです。けれど、それ以上に・・ザカライア様の力になりたいんです」
ハロルドは、ふっと笑ってオクタヴィアの頭をなでようとした。
「おいっ!」
後ろから声がして、二人で振り返るとそこにはザカライアが立っていた。
「ザカライア様!おかえりなさいませ!」
オクタビアは嬉しそうに立ち上がりザカライアのもとに小走りで駆け寄る。
目の前にきたオクタヴィアをぎゅっと抱き寄せて、目はハロルドをじっと見ている。
「オクタヴィア、ただいま戻りました。何も変わりはなったですか?」
ハロルドは、ザカライアの目に恐怖を覚えながら、宙に浮いたままの手に気がつき、慌ててポケットに入れる。
「・・実は・・何もなかったわけではなく・・・ハロルド様、私、上手に説明できないかもしれません。代わりに説明をお願いできますか・・・?」
ザカライアの腕が思ったより強く、オクタヴィアはそこから自力で抜けられないので、そのままザカライアに抱きついたまま首を回しハロルドにお願いする。
「うん、もちろん。・・・・ザカライア、その目やめてくれない?お姫様の頭をなでようと思ったのには、理由があるんだから・・」
「もちろん、その理由は聞くぞ。で、何があった?」
ザカライアはそのまま器用にオクタヴィアを胸に囲ったままソファーまで移動して並んで座る。
正面に座るハロルドに、目線で話の続きを促す。
「昼に街に出た時にさ・・・・・」
ハロルドは目の前にいる嫉妬むき出し男へ昼の出来事を説明し始めた。
ルカルド帝国の王宮では、バーバラ王妃が自室でサイラス王を待っていた。
扉がノックされ、サイラスが静かに入ってくる。
蝋燭の灯りだけが揺れる室内。バーバラは、深いため息とともに口を開いた。
「・・・あなた、私に隠していたわね」
「何の話だ?」
「シーザスよ。アービング公爵がその名を出した時の、あなたの顔を私は見逃さなかった。知っているのでしょう?」
サイラス王は一瞬、返答に詰まるが口を開く。
「どこの誰だかはわからないが、以前ジゼルが連れてきた男がそんな名前だったように思っただけだ。私は直接、その男を知らない」
「なぜジゼルと一緒にいたの?」
「さあ・・だか、あの場でジゼルとともにいた男だと説明すれば、こちらに捜査権が移ってしまう。また一から調査がやり直しになれば、さらに時間がかかり犯人にも逃げられてしまうかもしれない・・・・・」
「あなた、何か隠しているの?私たちの息子は亡くなったのよ?大切な跡取りの息子よ!そのシーザスという男があの子を殺したのならば、ファルマン帝国がその男を探し出す前に、こちらが探し出して、あの子の無念を晴らさないと!!」
「ああ、そうだな・・・・そうだ・・・無念を晴らさないと・・・。とりあえず、今はファルマンを泳がせて犯人を見つけ出したら、先回りをして・・」
サイラスは疲れた顔をしてバーバラを見る。
バーバラは、ジゼルを殺された怒りで、復讐心に火がついている。
(・・・シーザス・・・その名は・・・・)
サイラスは、拳が震えるバーバラを見ながら、自分の頭の中の奥深くに眠る記憶が、顔を出すのを感じ、憎々しげな表情になった。




