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(・・・私は、オルガが怖いのではなくて、私とあの子に関わって亡くなってしまったあのネズミのような事がまた起こってしまうのが、怖いんだわ・・・)
オルガの顔を見た瞬間、あふれた恐怖の正体を思い出そうとする。
確かに、オルガの父の死は、心に刺さった。
かつて、搬入のたびににこやかに手を振ってくれた彼の姿が、記憶の底から浮かび上がる。
王は、幼いオルガひとりを追放するのは酷だと、父親ごと追放した。
それが結果的に心労となって彼を追い詰めたのかもしれない。
「姫様、今よろしいでしょうか?」
扉の外から控えめな声がかけられる。
返事をしなければ、眠っていると判断したナージャはこの場を離れるだろう。
しかし、オクタヴィアはこの国に来た目的を思い出す。
ザカライアの役に立ちたいのだ。
直接的には、オルガはジゼル殿下の件には関係ないかもしれない。
だが、オクタヴィアの動向を知っていたということは、何者かがその情報を流していたということ。遠征隊の中にスパイがいる可能性が高い。
だから、早めにザカライアの危険を取り払わなくてはならないのだ。
そのために、オクタヴィアは急ぎ行動をしなければならなかった。
くよくよしている暇なんてない。
そう考えて、オクタヴィアはナージャに答える。
「起きているわ。入って」
「失礼いたします」
「ナージャ、どうかした?」
「あ、はい、姫様が休んでいるのでどうしようかとも思ったのですが・・・」
ナージャがスカートを指差す
「このテントウ虫は、先程の姫様が放った子ですか?」
ナージャのスカートにじっと止まっていた八星テントウは、羽を振るわせると、ふわりとオクタヴィアのスカートへ飛び移ってきた。
「ええ、私の部屋の窓が閉まっていたから、ナージャの所にいったのね。テントウさんごめんなさいね。それで、どうだった?」
スカートから指先に移動してきたテントウ虫に話しかけるオクタヴィア。
{マチ、フンスイ、キタ、パンヤノウエ、イル}
「噴水の北、パン屋の上・・・そこがオルガの家ね」
{アシタ、センセイ、アウ、ヤクソク}
「せんせい?」
{エライヒト}
「偉い・・・」
ナージャがふと口を開く。
「“先生”って、お医者様や学校の先生のことでは?」
「先生・・・。その先生はどこにいるの?わかる?」
{マチノハズレ}
「街の外れの先生?・・・テントウさん、他になにか聞いてきた?」
{オコッテタ}
「そう・・・・ところで、ザカライア様のスパイのことは、何かわかったかしら?」
{イル、ヒゲ、オトコ、ヘイシノナカ}
「・・・それだけだと、該当する人が、かなりいそうね・・・」
八星テントウは、もう話がないのか、羽を広げて飛び立つ準備をしてる。
オクタヴィアは、バルコニーに近づき窓を開けた。
赤い羽根を震わせながら、風に乗り飛んでいく八星テントウを見送ると、ハロルドに時間をもらえないか聞いてくるように、ナージャに指示する。
(私は、こちらに集中しなくちゃ。ザカライア様のお力になれるかもしれない・・・まずは、“オルガ”と“先生”の動向を探るため、ハロルド様に相談しなければ!)
決意を新たに、オクタヴィアはルカルドの町並みを見下ろした。
同時刻。
ザカライアは無事にルカルド帝国のサイラス王との謁見を終えていた。
棺に眠るジゼルを前に、バーバラ王妃が縋り泣き崩れている。
サイラス王も沈痛な面持ちでジゼルを見つめ、深く憔悴していた。
ただ一人、第三王女ミネルバだけが、冷ややかに両親の様子を見つめていた。
「・・・アービング公爵。ジゼルを連れ帰ってくれたこと、礼を言おう・・・・・」
「いいえ」
形式的な感謝。だが、その眼は厳しく、怒りを含んでいた。
「・・・だが、犯人はまだ捕まっていないと聞いたが・・・」
「はい、現在、調査中です」
「ファルマン帝国ともあろう国が、“分かりません”では済まされんな。リンゼン公爵はどうした!その家が関与しているのではないか!?」
「確証はありません。まだ足取りも掴めていません」
「・・・それでは話にならん!早く犯人を見つけ、ここへ引きずり出せ!」
「・・では、サイラス国王に伺います。“シーザス”という人物をご存じですか?」
国王の眉が、一瞬だけぴくりと動く。
「・・・知らぬな」
嘘だ、とザカライアは確信した。
すると、ミネルバが口を開いた。
「あら?お父様、シーザスって、この前お兄様が連れてきた、痩せて背の高い人じゃない?」
「っ!あの男ではない!あれはただの商人だ!黙っていろ!」
怒鳴り声をあげる国王。
「でも、お兄様が・・・」
「ミネルバ!もういい、下がれ!」
「いやよ!せっかくザカライア様が来てくださってるのに~」
「衛兵!ミネルバを部屋へ連れて行け!」
このやり取りを見たザカライアはすかさず話に割って入る。
「お待ちください。久しぶりにせっかくミネルバ様にもお会いできたので、お茶をする時間ぐらいいただけませんでしょうか?」
ミネルバは、兄が亡くなっているこんな状況だというのに、ザカライアの言葉にぱっと笑顔を浮かべ嬉しそうに頷いている。
「アービング公爵・・・それは残念だが、王太子のこんな状況だ。遠慮してくれ」
サイラス王が遮る。
「ああ、そうでした。これは無作法でした・・・」
ザカライアがチラリとミネルバに視線を送り、微笑む。ミネルバは、頬を染め、うっとりした目を返してくる。ミネルバは、そのまま侍女とともにその場を後にした。
(・・これで、後ほどあの厄介な王女から連絡が来るだろう。シーザスの情報は確実に持っている。うまく話を引き出すか・・・)
「では、サイラス王。引き続き捜査を進めてまいります。進展があり次第、ご報告いたします」
立ち上がるザカライアたち。
そのとき。
「お待ちなさい!」
泣きはらして目を赤くしたバーバラ王妃が、震える声で叫んだ。
「ジゼルを手にかけたのは、シーザスという男なのですか!?」
「バーバラ、その話はまた後で・・・」
止めに入るサイラス王を振り払い、バーバラはザカライアの前に立ちはだかる。
「どうなのですか!?」
「・・・調査の結果、可能性は高いと考えております」
「シーザス・・・」
その名を憎しみに満ちた声で吐き捨てるバーバラ。
ザカライアは、その目を見つめ続けた。
バーバラはくるりと踵を返し、サイラス王の元へ戻る。
「サイラス」
「あ・・ああ」
「お話があります。後ほど、私の部屋に来てください」
サイラス王はバーバラの気迫に押され、黙って頷いた。
王妃はそれ以上何も言わず、まるで決意を秘めた足取りで謁見の間を後にする。
その様子を見ていたザカライアは、王妃の背中にただならぬ覚悟を感じ取っていた。
「・・・それでは陛下、失礼いたします」
そう言ってザカライアたちもその場を去った。




