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「では、お姫様、うちの商会のご案内は、こんなところなんだけど・・・そろそろ、お腹空いたよね?」


「はい、お腹が空いてきました!」


「じゃあ、昼食を食べに行こう。お店は近いから歩いて行こう!」


ハロルドの案内で街を歩くオクタヴィアは、周囲の店を興味津々に見渡し、笑顔を浮かべていた。ナージャは護衛がいるとはいえ、街中では何が起こるかわからないと、オクタヴィアのすぐそばを離れず警戒を続けていた。


やがて到着したのは、緑のツタが巻き付いた外壁に、色とりどりの花が咲く可愛らしい建物だった。

入口には「レストラン緑の扉」と手書きの看板が掲げられている。


「まあ、なんて可愛らしいお店なの!ナージャ見て、あの手すり!緑のツタと一緒に小さなピンクの花が巻き付いていて、まるで絵本の世界みたい!」


「このお店は、特に若い女の子に人気があるお店なんだけど、お姫様は卵料理は好き?」


「はい!卵料理は大好きです!」


オクタヴィアは、店先の装飾や花々に視線をおくり、笑顔ではしゃいでいる。


(うーん・・・これは確かに、ザカライアじゃなくても惚れるよな。さっきライアーに釘刺しておいて正解だったわ)


ハロルドがそんなことを考えていたとき、ふと裏口から一人の娘が現れた。


(店の従業員か・・)


赤髪の娘は疲れた様子で椅子に腰かけようとしたが、オクタヴィアたちの話し声に気づいてふと視線を向ける。その顔を見た瞬間、ハロルドの中で何かが引っかかった。

娘はハッと目を見開き、次の瞬間、早足でこちらに向かってくる。


「あら、うるさい奴がいると思ったら・・・オクタヴィア様じゃない?」


その声に、オクタヴィアの肩がびくりと震える。

ゆっくりと振り向き、女の姿を見たオクタヴィアの目が見開かれた。


ハロルドは咄嗟にオクタヴィアの隣へと移動し、ナージャも一歩前に出てオクタヴィアを庇う。


「こんなところで、そんな格好してるってことは・・そこの金持ちそうな男と結婚でもしたわけ?」


その女の言葉は一つひとつが嘲笑に満ちていた。オクタヴィアを見下すような、意地悪な声だった。


「あら、昔の友人に挨拶も返さないなんて。王女様のくせに、礼儀も知らないのね?」


「・・・・」


オクタヴィアは女から目を逸らさずにいたが、何も言葉が出てこない。いや、言葉にできないほどに動揺しているようだった。


「お姫様?」


ハロルドが小声で呼びかけると、オクタヴィアはハッとしたように彼を見上げた。その瞳は怯えたように揺れている。

ハロルドはこの女は良くない相手だと即座に察し、オクタヴィアの肩に手を置いて立ち去る合図を送る。

だが、女は言葉を止めようとしなかった。


「ふん、また人に守られていい気になって・・・あたし、あんたのせいで朝から晩まで働き詰めの生活よ?挨拶も謝罪もなしって、どこまで偉そうなのよ!」


ついに、女は怒鳴り始める。


「オルガ・・・」


震える声でその名を呟く。

あの思い出したくもない、オクタヴィアの悲しい記憶が鮮明に蘇る。


「あんたのせいでね、お父さんは心労で亡くなったのよ。私は、お父さんに誓ったの。絶対に、あんたを許さないって!あんたは王女様ってだけで気楽に生きて、私は、たかが盗みぐらいで・・・今じゃ、この有様よ!」


オルガは、もつれて傷んだ髪をわざとらしく手に取り、オクタヴィアに見せつけるように持ち上げた。


「ねえ、私さ・・あんたがこの国に来るかもしれないって、ある人から聞いてたの。だから、もしかしたら会えるんじゃないかって、半信半疑だったけど・・・ほんとに会えたわね!」


「おい!その話は誰から聞いたんだ!!」


ハロルドが、オルガの言葉を遮るように怒鳴る。


「誰だっていいでしょ!?あんたには関係ない!話に割り込まないでよ!!」


「関係なくはないっ!誰に聞いたんだと聞いてる!」


珍しく、ハロルドが声を荒げる。

彼はオルガの腕を掴もうとしたが、一瞬早く身を翻したオルガは、その手をすり抜けた。


「オクタヴィア様、あんたとは、ゆっくり話したいわ。どうせあんたの居場所なんて、すぐに分かる。首を洗って待ってなさい!」


吐き捨てるように言うと、店で働いていたはずのオルガはエプロンを放り捨て、店とは反対方向の街道へと駆け出していった。


ハロルドもすぐに追おうと身を翻す。だが、オクタヴィアが袖を掴んだ。


「ま・・待って・・ハロルド様・・」


「お姫様、今は優しさを出す場面じゃないんだ!あの女が言っていた情報源は危険だ。急いで突き止めなければ!」


実際、オクタヴィアがルカルド王国に来ると決まったのは前日。事前にその情報を知っていたこと自体が不自然だった。

どう考えても、ファルマン遠征隊の中にスパイがいる。となれば、ザカライアに早急に知らせるべき事態だ。


「ち・・違うのです・・・オルガに、八星テントウさんをつけました・・すぐに、オルガの住居がわかるでしょう・・・」


「お姫様・・」


「オルガは・・・オルガは私にとって、怖い相手であるのは確かです・・ですが、ザカライア様に危険が及ぶことだけは避けたいのです・・・」


「・・あの女の会話を聞いて、虫を放ったの?」


ハロルドがオクタヴィアをまじまじと見つめる。


「はい。八星テントウさんがそこにいたので、オルガを追って情報を探るようお願いしました」


「そっか・・さっきは怒鳴ってごめん」


「いえ、私のほうこそ、オルガに反論もできず、ご心配をおかけしました」


「・・・今日は、外食やめて、露店でなにか買って宿でたべようか?」


「そうですね。そうしてもいいですか?」


外で食べる気力も失っていたオクタヴィアは、ハロルドの提案に静かに頷いた。

宿へ戻る道すがら、騎士たちがぴたりとオクタヴィアの傍を守るように歩く。

部屋に戻ると、オクタヴィアはナージャに「少し休むわ」と告げ、静かに扉を閉めた。



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