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その日、ファルマン帝国に衝撃が走った。
ルカルド王国の王太子ジゼルが、リンゼン公爵邸で遺体となって発見されたのだ。
肝心な公爵夫妻は行方不明。娘のリリアも、別の場所で死亡が確認された。
筆頭公爵家をめぐる殺人と失踪劇は、国中の関心を集め、噂は瞬く間に広がった。
やがて、ザカライアがルカルド王国へ出発する日が迫ってくる。
「ダメです」
「お願いします!ザカライア様!私も一緒にルカルド王国へ連れて行ってください!きっとお役に立ちます!」
「・・・オクタヴィア、あなたはデューク王国の王女です。こちらが勝手に連れて行くわけにはいかない」
「では、父の許しがあればよいのですね?」
「そうですね・・・国王陛下の許しがあれば、同行も可能でしょう」
(出発は明日だ。いまから、赦しを得るのでは間に合わないだろう・・・)
ザカライアはそう高をくくって、つい気軽に答えてしまった。
「わかりました・・・」
(わかってくれたか・・よかった。これで余計な危険には・・・・・)
そう考えて安心したのも束の間、オクタヴィアはすっとテーブルの紙に何かを書きつけると、それを手に窓へ向かった。
窓を開けて腕を伸ばすと、どこからか赤い影が風を切って飛んでくる。
ファルマン帝国で最速を誇る鷹、レッドハヤブサ。
レッドハヤブサは、欄干に音もなく降り立った。
(しまった!)
ザカライアが慌てて手を伸ばした瞬間、オクタヴィアは手紙を器用に鳥の足に結びつけた。
レッドハヤブサは彼女を一瞥し、すぐさま羽ばたいて空へと舞い上がる。
翼を広げ、風を捉え一直線にデューク王国の空へ。
「数時間ほど、お時間をいただけますか?」
オクタヴィアは振り返り、にこりと微笑んだ。
「すぐに父から許可をもらいますので」
ザカライアは深々とため息をつくと、思わず空を仰いだ。
(まったく・・オクタヴィアは、ほんとに油断がならない・・・・)
心の中で白旗を揚げながら、彼はゆるく首を横に振った。
結局、オクタヴィアはザカライアたちと一緒に、ルカルド王国へ向けて出発することになった。
あのあと、レッドハヤブサは、きっちり三時間後に戻ってきた。
足には、国王直筆の手紙。
「同行を許す。ただし、アービング公爵の指示には絶対に従うように」
そんな内容だった。
ザカライアは、自分の“うっかり発言”を千回ぐらい呪ったが、最終的には、
(まあ、オクタヴィアと旅ができるなら、いいか・・・)
と、都合よく考えることにした。
そしてザカライアは、オクタヴィアに専属の護衛(?)として、またもやハロルドをつけることにした。
「・・あのさぁ、なんで俺までルカルドに行かないといけなんだ?」
出発前の馬車の前。
不満げにぶつぶつと文句を垂れているハロルドを見つけたオクタヴィアは、にこにこと彼の元へ近づいていった。
「ハロルド様!今回もよろしくお願いいたしますね!」
オクタヴィアは嬉しそうにハロルドに挨拶をしている。
「お姫様・・・いや、オクタヴィア様か?・・・ああ!もうめんどくさいからお姫様でもいい?」
「はい、ハロルド様の好きなようにお呼びください」
和やかな(?)やり取りをしていると、そこへザカライアが現れた。
無言のまま、さりげなくオクタヴィアとハロルドの間に入ってくる。
(近いよ・・・)と、ハロルドは軽く眉をひそめる。
「・・なに?ザカライア・・」
「ハロルド、今回は絶対に失敗するんじゃないぞ」
「いやいや、前回も失敗してないからね!・・・・」
「いや、オクタヴィアを壁にぶつけただろ?」
「・・・おい、あれは不可抗力!お姫様を守るための反射的な動きであって・・」
「言い訳か?」
「・・・・」
ハロルドの目がもう死んでいる。
「ごちゃごちゃ言ってないで、早く支度をしろ!まもなく出発する」
「・・はい、はい、わかりましたよ!・・まあ、最近ルカルドの支店にも顔出してなかったし。仕事がてらってことで・・・」
小声でつぶやいたつもりだったが、どうやらザカライアには聞こえていたらしい。
「あぁ、オクタヴィアが安全であれば、もちろん仕事してもいいぞ!大いに働いてくれ」
「・・・も〜〜〜っ!俺は護衛じゃないし!ただの商人なんだからねっ!!!」
ハロルドはふんっと鼻を鳴らし、ザカライアの背中に向かって子どもじみた変顔をしてみせた。




